仮面
夜のレイヴンは、昼とは別の顔を見せていた。
石畳の通りには橙色の灯りが並び、
酒場からは賑やかな笑い声が漏れている。
ナナシはドレンの後ろを歩いていた。
「どこ行くんだ」
「湿っぽい話ばっかしてると、
こっちまで気が滅入る」
ドレンはぶっきらぼうに返す。
「少し付き合え」
二人が入ったのは、
冒険者御用達の酒場だった。
扉を開けた瞬間。
熱気と喧騒が押し寄せる。
酒の匂い。
笑い声。
酔った冒険者たち。
だが。
店の空気が、一瞬だけ止まった。
「……ドレンさん?」
カウンターの店主が目を丸くする。
「珍しいな……酒場来るのいつぶりだ?」
「しかも連れいるぞ」
冒険者たちがざわつく。
ドレンは面倒臭そうに眉をひそめた。
「うるせぇ」
「今日は飲みに来ただけだ」
そう言いながら、
空いていたカウンター席へ座る。
ナナシも隣へ腰を下ろした。
その時だった。
今度は別のざわめきが起こる。
「……誰、あの人」
「見ない顔ね」
「すごい綺麗な顔……」
女冒険者たちの視線が、
ナナシへ集まっていた。
ナナシは少しだけ視線を向ける。
女性に見られるのは、
別に嫌な気分じゃなかった。
その様子を見て、
ドレンが鼻で笑う。
「……昔と変わってねぇな、お前」
「何がだ」
「その顔で無自覚なとこだよ」
ナナシは眉をひそめる。
「知らねぇよ」
ドレンは小さく笑った。
どこか、
懐かしむような笑みだった。
店主が酒を二つ置く。
「おごりだ、ドレンさん」
「気味悪ぃな」
「アンタが誰かと飲んでる方が気味悪いっての」
周囲から笑いが起きた。
ドレンは舌打ちしながら酒を煽る。
ナナシもグラスを手に取った。
口に含む。
少し苦い。
だが、不思議と嫌じゃなかった。
酒場の喧騒を聞きながら、
静かに飲む。
そんな時間が、
妙に落ち着く。
「……お前、昔はここでよく騒いでたな」
ドレンが呟く。
「俺が?」
「ああ」
「女連中に囲まれて、
くだらねぇ話して笑ってた」
ナナシは少し意外そうな顔をした。
「……そんなタイプには思えねぇけど」
「創造の代償が出る前はな」
ドレンの声が少し低くなる。
「お前、昔はもっとうるさかった」
「よく笑って、
誰より人の中心にいた」
ナナシは黙る。
想像できなかった。
今の自分とは、
まるで別人みたいだった。
二杯目の酒を飲み終えた頃には、
少しだけ身体の力が抜けていた。
不思議と、
口元が緩む。
それを見て、
ドレンが目を細めた。
「……久々に見たな、その顔」
「ん?」
「いや」
ドレンは小さく笑う。
「少しだけ、
昔のお前に戻ったみてぇだった」
ナナシは意味が分からず、
眉をひそめた。
だが。
その言葉は、
妙に胸へ残った。
その時だった。
ドレンが懐から、
黒い仮面を取り出す。
「……まだ持ってたんだな、それ」
ナナシは仮面を見る。
さっき触れた時よりも、
妙に手に馴染む感覚があった。
「最後の頃のお前、
ずっとそれ付けてた」
ドレンが低く言う。
「そいつには魔力認識阻害の術式が入ってる」
「顔を隠すだけじゃねぇ」
「気配や印象をぼかす魔道具だ」
ナナシは静かに仮面を受け取る。
そして。
ゆっくり顔へ付けた。
視界が少し暗くなる。
だが。
妙に落ち着いた。
まるで、
ずっと前からそうしていたみたいに。
その時だった。
酒場の扉が勢いよく開く。
「ナナシーー!!」
聞き慣れた声。
リナだった。
その後ろには、
ガイルとセラの姿もある。
「こんなとこいたのかよ」
ガイルが椅子へ腰掛ける。
「おっさん、酒場で飲んでるとか珍しすぎだろ」
「うるせぇ」
ドレンが睨む。
リナは仮面姿のナナシを見て、
少し驚いた顔をした。
「えっ……その仮面……」
「似合ってるじゃねぇか」
ガイルは軽く笑う。
だが。
セラだけは違った。
彼女はじっと、
仮面越しのナナシを見つめている。
その瞳が、
わずかに揺れた。
そして。
小さく呟く。
「……その仮面」
ナナシが視線を向ける。
セラは少しだけ迷うように目を伏せた。
だが。
静かに続ける。
「……どこで、それを?」




