欠けた記憶
鍛冶場には、重い沈黙が流れていた。
ナナシは椅子に腰を下ろしたまま、手の中のネックレスを見つめる。
黒銀の鎖。
その中央には、
紫色の結晶が埋め込まれていた。
微かに脈打つような光。
見ているだけで、
胸の奥がざわつく。
ドレンはそんなナナシを静かに見つめていた。
「そいつは、“記憶を繋ぎ止める”ための魔道具だ」
低い声が響く。
「昔、お前が俺に作らせた」
「ずっと身につけてたもんだ」
ナナシはネックレスを握る。
微かに温かい。
まるで。
誰かの想いが残っているみたいだった。
「完全に記憶を守ることはできねぇ」
「だが、失った記憶の欠片を繋ぎ止めることはできる」
「だからお前は、それに賭けた」
ドレンは遠くを見るような目をする。
「……魔王との決戦に向かう前、お前はそれを俺に預けた」
鍛冶場の火が揺れる。
「『もし戻ってきた時、俺が俺じゃなかったら返してくれ』……そう言ってな」
ナナシは黙る。
その言葉が、
妙に胸へ刺さった。
まるで。
自分自身が、本当にそう思っていたみたいに。
「……俺は、何をしたんだ」
小さく漏れた声。
ドレンはしばらく黙っていた。
やがて。
重く息を吐く。
「世界を救おうとした」
短い言葉だった。
だが。
その重さだけは、嫌というほど伝わってくる。
ドレンは黒い仮面へ視線を向けた。
「その仮面も、お前が置いてったもんだ」
ナナシは仮面を見る。
黒く、無機質な仮面。
初めて見るはずなのに。
妙に手に馴染む気がした。
「最初は、顔を隠すためだった」
ドレンが静かに言う。
「英雄だ救世主だって、周りが勝手に騒ぎ始めたからな」
「だが、途中から違った」
鍛冶場の空気が重くなる。
「お前、自分の顔を見るのを嫌がるようになった」
ナナシの背筋に、冷たいものが走る。
「……どういう意味だ」
ドレンは少し迷った。
だが。
静かに続ける。
「力を使うたび、お前は変わっていった」
「感情が薄くなってたんだよ」
「笑わなくなった」
「痛みも、恐怖も、全部麻痺していくみてぇだった」
ナナシは黙る。
否定できなかった。
戦っている時の自分を思い出す。
異常なほど冷静だった。
まるで。
“人間じゃない何か”みたいに。
「だからお前は言ってた」
ドレンの声が低くなる。
『このままじゃ、俺じゃなくなる』
鍛冶場に、火の爆ぜる音だけが響く。
ナナシは仮面を見つめたまま、小さく呟く。
「……創造」
その名前は覚えている。
神から与えられた、自分の力。
だが。
ドレンの話す“創造”は、
ナナシの知るものとは少し違って聞こえた。
ドレンの目が細くなる。
「お前、自分の力の代償を覚えてねぇのか」
ナナシは顔を上げた。
鍛冶場の火が揺れる。
ドレンは低く続ける。
「魔法なんてもんじゃねぇ」
「お前の力は、“結果”そのものを書き換えてた」
「火を出すんじゃねぇ」
「“燃える結果”を作る」
「身体を強化するんじゃねぇ」
「“最強の動き”を作り出す」
ナナシは息を呑む。
セラの言葉と、繋がった。
“結果だけが起きている”。
ドレンは鍛冶場の火を見つめたまま続ける。
「だが、その力は世界を書き換える」
「だから、お前自身も削れていく」
「記憶も、感情も……少しずつな」
ナナシは黙ったまま、ネックレスを握る。
創造の力は知っていた。
だが。
その先に何が待っていたのかだけが、
綺麗に抜け落ちていた。
胸の奥が、重く痛んだ。




