消えた英雄
「十五年前——“魔王災害”の時だ」
部屋の空気が凍りつく。
リナが息を呑んだ。
「魔王災害って……あの?」
「ああ」
ガイルが低く答える。
「王都が半壊した、史上最悪の災害だ」
ナナシは眉をひそめた。
聞いたことがない。
だが。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥がざわついた。
まるで。
“知っている”みたいに。
「当時、多くの街が消えた」
バルドが静かに言う。
「現れた魔物は、今までの常識を超えていた」
「そして——」
そこで言葉が止まる。
バルドの視線が、黒い結晶へ落ちた。
「奴らの体内から、これが見つかった」
部屋が静まり返る。
セラが険しい顔になる。
「つまり、この変異種は……」
「魔王災害と繋がってる可能性がある」
ガイルが舌打ちした。
「冗談じゃねえぞ……」
リナの顔も青い。
だが。
ナナシだけは別のことを考えていた。
(魔王災害……)
その言葉が、頭に引っかかる。
すると。
また、記憶の断片が浮かぶ。
——崩れる城壁。
——黒い軍勢。
——血の匂い。
——遠ざかる声。
——銀色の髪。
「ッ……!」
ナナシが頭を押さえる。
「またか?」
ガイルが眉をひそめた。
「……なんでもない」
そう答えるしかなかった。
言えるわけがない。
知らないはずの記憶が、
頭の中に流れ込んでくるなんて。
(なんなんだ、これ……)
異世界に来たのは、つい最近のはずだ。
なのに。
まるで、自分がそこにいたみたいだった。
その時だった。
「……お前、その強さをどこで身につけた」
不意に、バルドが口を開く。
鋭い視線。
まっすぐナナシへ向けられている。
「覚えてない」
短く答える。
だが。
バルドは目を逸らさなかった。
数秒の沈黙。
そして。
小さく息を吐く。
「……嫌な偶然だな」
「何がです?」
セラが聞き返す。
バルドは黒い結晶を見つめたまま言った。
「十五年前の英雄も、黒髪だった」
部屋から音が消える。
ガイルの顔色が変わった。
「まさか……」
「知ってるのか?」
リナが戸惑った声を出す。
ガイルはゆっくり頷く。
「噂だけだ」
「魔王災害を終わらせた、“英雄”の話はな」
ナナシの胸が、妙にざわつく。
嫌な予感がした。
だが。
その正体だけは、まだ分からなかった。




