インターフォンの記憶
8月の半ばに、アパートに引っ越した。
先行契約のため、内見せずに選んだ物件。どのようなものかとドキドキしながら現地へ向かう。
外観は、まあ、想像通り。
家賃の値段的に期待はしていなかったが、期待以上でも、期待以下でもないという感じである。
しかし、アパート内に入った瞬間。
ちょっと嫌な匂いがした。
生ゴミの匂いではない。なんか、生き物くさい。
都会では珍しく、ペットの飼育が許されているため、その匂いなのかもしれない。
まあ、許容範囲である。
部屋に入る。
うん、まあ、想像通り。
ワンルームだから狭いが、でも一人暮らしには困ることのない広さである。
『ピンポーン』
ちょうど、チャイムが鳴った。
ガス開栓の立ち会いだろうと思い、すぐに出る。
「はーい。」
ドアを開けると、ガス開栓とは無縁そうな、美しい女性がいた。
「お休みのところすみません!私、・・・こういう者です!」
女性は名刺を差し出してきた。
〈お金に困る人を応援し隊 代表 目堂里美〉
「目堂さん・・・ですか。」
「はい。このように申し上げるのは、大変失礼だと思うのですが、あなた、生活に大変お困りですよね?」
「いえ・・・私は別にお金に困ってはいないですが。」
「恥ずかしがる必要はございません。そんなあなたが、胸を張って生活出来るようになる薬を、私ご用意しました!」
「ですから、私は別にお金に困っていなくて。なんなら、今引っ越してきたばかりなので。人違いではないですか。」
目堂さんは、キョトンとした顔をしていた。
「すみません。私としたことが、とんだ勘違いを。大変、失礼致しました。すみませんでした・・・。」
謝る目堂さんからは、なんかいい香りがしてきた。金木犀だろうか。
ドアを閉めたあと、ちょっと考える。
正直に話さず、あのまま関わりを持ったほうが得だったのではないか、と。今まで会った誰よりも美しい方だった。
『ピンポーン』
また、チャイムが。
目堂さんかもしれないと思い、急いで開ける。
「はい!」
「ガスの開栓です!」
日に焼けた、おじさんだった。
まあ、勝手に落ち込むなんて失礼な話だろう。
「はい、お願いします。」
ガスの開栓だって、大変大事だ。
ガスが無くてはキッチンで料理が出来ないし、お風呂のお湯すら沸かせない。
「困りました。」
開栓のおじさんが、頭をかいていた。
「困りましたって、何が。」
「ガスの開栓はしたのですが、お湯が出ません。」
「それは困ります。」
「ええ。ガスはこの通り出ています。」
おじさんはコンロの火をつけた。確かに、青い火が点いている。
「なので、これは給湯器の問題かと。」
「そう言われても、困りますよ。どうにかならないものですか?」
「すみません。それは専門外なもので。管理会社に相談していただいてもらっても、よろしいですか・・・。」
まあ、おじさんのせいではないのは確かだ。
管理会社に連絡すると、給湯器を交換してくれることになった。それは良かったが、お湯が出るかぐらい管理会社が確認しておいてほしいと思った。
前に住んでいた人は、いったいどうやってお風呂に入っていたのだろうか。
ふと、ドアのポストの中に何かが入っていることに気がつく。
開けてみると、ピンク色の封筒がいっぱい。
『READ EMERGENCY』と書かれている。
前に住んでいた人宛だ。
「困ったなあ。」
封筒を持って部屋に戻ろうとした時、玄関の壁で、小さなモニターが光っているのが見えた。
ボタンを押して見てみると、過去のインターフォンの画像が残っていた。
「うわ、前住んでいた人のも残っているよ。」
インターフォンに残された画像には、先ほどのおじさんと、それ以外に、スーツを着た男性が写っている。10人くらい。みな腕を組んで、こちらを睨んでいた。




