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またさらに間諜の報告によると、元リュシドール子爵領領都より北方のギャルヴァンの町は、この一年ほど奇妙な安定状態になっているという。
町を攻奪した伯爵領軍が駐留所を占拠し、統治を続ける。
一方で最初に三千超の軍に蹴散らかされた元からの子爵領兵の大半は町の西端に逃げ延び、農家の集落に籠もって抵抗の構えを続けていた。その後ずっと、約三百名の伯爵領兵と百名余りの子爵領兵の対峙が続いている格好だ。
とは言えここでも、この地域の特殊事情が影響する。
伯爵領軍が抵抗する子爵領軍残兵を駆逐するのはそう難しくもないのだが、それに時間を割いている間にも町には魔獣の接近が続くのだ。この点では、敵兵といえども対策する人員は貴重になる。
両軍とも相手の動きを牽制しながら、同時に魔獣から町を護る働きを余儀なくされる。結果、子爵領兵は農民集落を中心に町の西側四分の一程度を、伯爵領軍は残りを、事実上の傘下に収めて魔獣征伐を行いながら互いの隙を窺う、という格好で当面の安定を見ることになった。
それぞれの地域の住民や魔狩人たちも、その下で落ち着きを見ることになる。侵攻してきた伯爵領軍に我慢ならない町民も少数西側へ移住しそれぞれの生活を再開、兵たちや魔狩人たちは魔獣からその地を護るという活動が主になった。
両軍とも互いの存在を公に認めることはしないが、どちらが欠けても町を護るのが困難になる。ということで言わば暗黙の了解の元、危うい安定を一年近く続けているというのだ。
「いろいろ面倒な問題があるのですね」
そうした現状を確認し。
元リュシドール子爵領軍小隊長のエテュアン、ルドワイヤン伯爵家副家宰のジョフロワに時おりデフォルジュという領軍司令官も交えて、オリアーヌとランベールは相談と実験を進めた。
季節は冬に入ろうとしている。この伯爵領領都でも山から吹き下ろす北風が人々を震え上がらせる。さらに北に位置する元リュシドール子爵領領都なら、そろそろ雪が降り始めているかもしれない。
そんな日々が過ぎ、ルドワイヤン伯爵との面会希望が通って、姉弟は応接室で老齢の貴族と対座した。
「やはり、このままミニョレー伯爵領軍の我が領不法占拠を傍観できないと思うのです。冬の間はあちらも大人しくするでしょうが、雪が解け次第また壁建築の続行など、事実上の統治安定を推進すると思われます」
「それはそうであろうな」
「雪解け後に、かの砦を攻めたいと思います。つきましては、最近戻ってきた兵を加えて約六十名となった元リュシドール子爵領軍の兵を連れ出す許可をいただければ、と。またできましたら、伯爵領軍の兵をお借りしたく」
「子爵領軍の兵はもちろん、好きにして構わぬ。しかし存じているだろうが、我が軍からあまり大きな兵を動かすのは難しい」
「承知しています。その上で、できましたら四十名ほどお借りできないでしょうか。さらに希望できるようでしたら、風の加護の者をできるだけ多く」
「はあ?」
オリアーヌの返答の前半を聞いて、威厳のある伯爵の顔がぽかんと弛緩した。
聞きまちがいではないか、と細かく首を振る。
「今、四十名と申したか? 桁を二つ程度まちがっておらぬか」
「はい、確かに四十と申し上げました。すべて合わせて百名程度を率いたいと希望します」
「相手は砦に籠もる三千にもなろうという兵力だぞ。とても正気の沙汰とは思えぬ。自棄を起こしたか、何か突拍子のない妄想につかれたか」
「どちらでもございません。こちらの軍司令官デフォルジュ殿やエテュアンとも相談、検討を重ねた上で申し上げております。伯爵閣下にお時間がありましたら、その目でご確認いただきたく」
「何と……」
翌日、伯爵は軍の演習場に現れた。
オリアーヌはこのところ慣例の乗馬服姿で弟を連れ、エテュアンとジョフロア、軍司令官のデフォルジュも集まっている。
傍らに控えているのは、元リュシドール子爵領軍の六十名だ。オリアーヌの出した希望ではこれに友軍を加えて百名ということだが、こうして見ても軍と呼ぶにはおこがましい、せいぜい局所的な活動を行う一~二小隊という編成にしか見えない。
訝しげな表情の伯爵を前に、オリアーヌはデフォルジュに問いかけた。
「まず確認しておきたいのですが。こちらが百名程度で侵攻した場合、敵は全軍三千名で一度に迎え撃つということはまずないでしょうね。せいぜい尖兵は、数百程度というところでしょうか」
「でしょうな。多くても千名を超えるとは考えられません」
「加えてこちらが小さく固まっているとしたら、その数倍の規模で攻撃のための正式な陣形をとったり周囲から囲み込みに入るよりも、一気に蹴散らしにかかるということになりませんか」
「その可能性が高いでしょう。おそらくはまず弓矢でやり合った後、数に任せて歩兵が殺到することになると思われる」
「数百名の兵が一斉に殺到するとして、まず先頭は数十名、走る速さの加減でもっと少数になるかもしれません」
頷いて、オリアーヌは伯爵に向き直った。
足元に置いた二つの大きな布袋のうち、一つの口を緩めて見せる。
「そうした数十名でしたら、これで一気に戦闘不能にすることができます」
「何だね、それは」
「以前にお話しした、ミニョレー伯爵領領主邸に侵入したときにも使いました、アヒイの粉です」
「ああ。警護の兵を全滅させたという話だったな」
「はい。これを顔に浴びて目や鼻に入ったら、まずふつうに立っていることは叶いません。突進してくる兵がこれを防ぐほど目を覆う防備をしていることも考えられません」
「なるほどな」
「せっかくですので、実験してお目にかけます。今はアヒイの代わりにこちらを使うことにします」
「もう一つの袋のかね。そちらは?」
「オガクズです。木を加工する際に出る屑を、今回はさらに臼で挽いて小麦粉ほどの細かさにしました」
「ほう」
エテュアンの指示で、兵たちが移動する。
こちらから二十ガター程度先の平地に、横二十名ほどの並びを三列重ねるという隊列をとった。
他に、三名の兵がオリアーヌの横に待機する。
「行きます」
オガクズ袋の口を開いて、オリアーヌが宣言した。
たちまち、兵たちの前方空中に茶色の球形が出現する。横に間隔をとりながら、立て続けに三個。
それに向けて、傍らに待機していた兵が手を伸ばした。強くはないが風が発せられたようで、オガクズの球形がたちまち撒き広げられ、兵たちの頭上に舞い落ちる。
「わあ!」
「ペッペッペ!」
「ゲホゴホ――」
そのつもりで準備していた兵たちはすぐに目や口を手で覆うが、それでも咳込んで隊列が乱れ出した。約六十名すべてが等しく、粉の散布に塗れたようだ。
「ご覧の通りです」
「なるほどな。追加の兵に風の加護の者をと希望したのは、このためか」
「はい。わたしが粉を出現させ、数名の加護の風で後押しすれば、数十名の敵を動けなくできると思われます」
「確かに、あの人数が一瞬で全滅か」
「これならば、数百名の一度の殺到を前から順に始末できると思われます」
伯爵の感懐に、司令官が頷き返した。
いつもは冷静な軍人が、珍しくその貌に興奮の色を浮かべている。
「先だってオリアーヌ様にこれを見せていただいて、目を疑いました。確かにこの方法なら、ほぼ味方に被害を出すことなく数百名の敵を屠ることができると思われます。こちらの兵はこうして戦闘不能になっている敵兵に止めを刺すか、何ならのたうち回る者たちを押しのける程度で進軍を続けることができましょう。数千対数千の乱戦になってはこうした方法を採れませんが、こちらが百名程度の小さな固まりになっていてそこへ敵軍が殺到してくるという状況であればこそ、有効と思われます」
「ううむ。百名程度であればこそ活かせる戦法というわけか」
「御意にございます」
「しかし今の試みは、先頭が数十名程度の場合と言ったな。もっと大勢で一気に囲い込むような攻め方をされても、この方法は有用なのか」
「粉の出現は横向きに続けざまにできますので、かなりの人数でも対処可能です」オリアーヌが答える。「なお例えば敵兵が半円状に囲んで先ほどの距離まで攻め寄ってきた場合、さらに被害を大きくできる方法もあります」
「他の手立てもあるのか」
「ご覧ください」
会話していた首脳陣には少し離れてもらい、オリアーヌはさっきの三名の兵に加えてさらに三名を集団から呼び寄せた。元からの者と新しい者を自分のすぐ前に交互の横並びに配置する。
そうしてから無人の更地に向かい、先ほども使用した布袋の口を開いて、
「行きます」
宣告とともに、左真横二十ガターほど先の空中に茶色の球形が出現する。




