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前年の秋の終わり、オリアーヌは弟のランベールを連れて、ルドワイヤン伯爵領の領都に入った。
ミニョレー伯爵領領主邸で弟を奪還し、五日ほど南行して領境の町に着く。そこの魔狩人協会で金を引き出し、同道した三人に護衛料を支払った。
さらに南隣の伯爵領を五日かけて縦断し、ルドワイヤン伯爵領に入る。
ルドワイヤン伯爵はオリアーヌたちの祖父の従兄の子に当たり、以前からリュシドール子爵家の後見のような立場になっていた。姉弟が今後どうするか、まずこの伯爵に面会を願って話を聞こうと思うのだ。
領都に入ってまず二日ほど宿に泊まり、三人の護衛に街の噂を聞き回ってもらった。
それによると伯爵は、前リュシドール子爵の遺児たちの行方を捜しているとのこと。旧子爵領をミニョレー伯爵が我が物にしていることを面白く思うはずもなく、何とか自分の身内に近い者での領有を戻したいと企図しているらしい。
そうした話の信憑性をある程度確かめ、オリアーヌは伯爵を訪ねることにした。三人の護衛とはここで別れることになる。
「前リュシドール子爵の長男ランベールと、長女オリアーヌです。伯爵閣下にお目にかかれないでしょうか」
宿で髪と身体は洗ったが服装は粗末なままなので信用されるか危ぶまれたが、門番に名乗るととりあえず領主邸の中に入れてはもらえた。
在宅していた伯爵が一目見て、本物と認めてもらえた。
伯爵と会うのは七年前の両親の葬儀以来でお互い顔の記憶もおぼろげなのだが、弟の髪の色と姉の脚の障害でまちがいないと認められたらしい。
応接室に招かれ子爵領の話題などをいくつか交わして、さらに確信を深められたようだ。
「さすれば君たちを、当家で保護することにさせてもらいたい。まず私から謝罪する。当家の家臣であったアデラールが、君たちを辛い目に遭わせたことになる。その責任ある者として長らく実態に気づかず、この事態に到ってしまった」
「家臣――そうだったのですか」
魔獣の襲来を受けて死亡した暫定子爵のアデラールは父の従弟に当たるが、親戚になるこの伯爵家に仕えていた。血筋的に最も近いということで親戚一同の了解を得て、暫定子爵としてリュシドール子爵家に送り込まれたという経緯だという。
夫婦共に外面はいい性格だったため、その後長らく子爵家の実態は知られずにいたということになる。
姉弟にとっては謝られて済む経験でなかったが、アデラール自身が死亡している現在、誰を恨んでも仕方ないという思いだ。
オリアーヌからは、この間の事情を一通り話す。自身の加護の実際や、ミニョレー伯爵領で弟を奪還した顛末など、ほぼ包み隠さず打ち明けることにした。
老齢の伯爵は、信じがたい話を目を丸くして聞いていた。
「何と、そのような。とんでもない話としか思いようもないが、実際こうして二人がここにいるというからには、事実だということなのだろうな」
「はい」
「して二人は、これからどうする心積もりか。私としては、先ほど述べた責任もある。何とかリュシドール子爵家の再興に助力したいと思うのだが」
「はい……私個人は貴族の身分にそれほど未練ないのですが……それでもやはり、この弟が受けるべきものを理不尽に奪われたきりというのは、口惜しく思います」
「うむ、さにあらん」
伯爵の説明によると、中央政府でリュシドール子爵家の存続については保留状態だという。
アデラールの長子オーバンが生存していたが、親戚筋と王室で確認したところ、この子がランベールと入れ替えようとされていた事実は明らかになった。王室やある程度の貴族たちに顔見せをされていたがそれらはすべて否定され、子爵家の後継者は行方不明という扱いになっている。
ルドワイヤン伯爵が後見となり他の親戚筋の了解を得て王室に報告すれば、ランベールの子爵位後継は承認されそうだ。親戚たちにとっても王室にとっても、この落着が最も望ましい。
ただ家の再興と領地の件は、別問題だ。
現状元のリュシドール子爵領は、ミニョレー伯爵が領有している。親戚筋も王室も他の領地や他国との諸問題を抱えて、この領地奪還に大きな兵力を割くのは難しい。
当面姉弟は子爵家継承の手続きだけをして、ルドワイヤン伯爵家の食客として滞在し、時機を窺うのがよいのではないか。
幸い、元のリュシドール子爵領軍の小隊長だったエテュアンという者と領兵数十名を、ルドワイヤン伯爵家で保護している。以前子爵家で家宰をしていた人物の行方が分かっている。
彼らを改めて家臣とし、伯爵領の一部の貸与を受ければ、ささやかながら子爵家の体裁を作ることもできる。
「ずいぶん、申し訳ないほどご助力いただけるというお話なのですね」
「うむ。腹を割らせてもらうとな、リュシドール子爵家の再興と領地の奪還の正否は、我々にとってそれほど切実な問題なのだ」
特にルドワイヤン伯爵領は、領都同士こそ離れているが、領地はリュシドール子爵領と一部で接している位置どりだ。その隣接の地が信用の置けないミニョレー伯爵家の領有として続いていると、気が安まらない。
言ってしまえば従来のリュシドール子爵領は、何をしでかすか分からないミニョレー伯爵家と魔獣の蔓延る魔の森、それらと南方の諸領の間に置かれた緩衝の役割を担ってきたのだ。
なるほど、とオリアーヌは頷く。
「現状のまま無駄な時を費やしていくと、ミニョレー伯爵の暴挙を黙認することになりそのまま事実上の領有が定着してしまう恐れがある。とにかくもリュシドール子爵家の正統な後継を立て、領地の返還を要求し続けることには大きな意味がある」
「そういうことになるのですか」
そういう説明で、オリアーヌとランベールは伯爵家に逗留する運びとなった。二人にとって生まれて初めてと思えるほどに、まともな貴族子女としての扱いを受ける。とりあえずそれぞれに個室が用意され、衣服が与えられ、世話する侍女がつけられる。
貧乏性のオリアーヌとしては、将来この費用を返却するのが大変だ、などと思ってしまう。伯爵からは子どもがそんなことを気にするな、と言われたが。
ずっと伯爵が傍について相談に乗るわけにもいかないので、副家宰という肩書きのジョフロワと紹介された若い男がその役目でつくことになった。
二人が身なりなどを調えた後、元リュシドール子爵領軍の小隊長だったエテュアンという男に引き合わされた。幼い頃の長女と嫡男を遠目にだけ見たことがあるという小隊長は、感激の面持ちでその場に平伏した。
お二人がご無事で何よりという感嘆と、領地をみすみす奪われて申し訳ないという謝辞とが、何度もくり返される。
そうした口上を止めてオリアーヌは、今後について検討しましょう、と切り出す。
「もし領地の奪還に向けて兵を興すということになったら、皆は協力してくれますか」
「もちろんでございます。このエテュアンと配下の兵、現在は四十二名という情けない数ですが、先頭に立って敵地に攻め入ります」
今にも立ち上がり軍備を始めそうな勢いだが、オリアーヌはそれを宥め制した。
まず領地の現状を知りたいと訊ねると、当然のようにエテュアンは旧領都に間諜の者を送り調べているという。
ミニョレー伯爵領軍の三千名がそのまま駐留している。かの龍は伯爵領領都に戻ったらしい。領軍はこれまでなかった南向けの砦を築き、街を囲む石壁の建築を進めている。
同席していたジョフロワが頷いた。
「以前の子爵領は南に友好的な領が多く、砦や壁の必要はなかったですからね。もっぱら北からの魔獣襲来に備えることに専念していたわけで」
「そういうことです。現状あの砦と石壁に対して、攻め入るとしたら相手の数倍の兵力が必要になると思われます」
「それだけの兵力を集めるのは現状では不可能ということですね。またもし仮にその規模で砦に攻め入ったとしたら、領都の中にまで被害が広がるということもあり得ますか」
「十分考えられましょう。正面からでなく別ルートで街に入ってゲリラ戦をしかけるなどの策なら、さらに大きな被害が見込まれます」
「非戦闘員である領民にまで被害を及ぼすのは、望むところではありませんね」
小隊長の説明を聞いて、オリアーヌは顔をしかめた。
さらにややこしい問題がある、とジョフロワが説明した。
二つの領が争って兵を減らすことを、ルドワイヤン伯爵領など他領や王室は望まない、ということらしい。
二領の争いだけを考えれば、戦闘の末伯爵領の兵や隊長格の者まで数を減らしてしまうのが賢明と思われる。
しかしミニョレー伯爵領の特異な位置づけを考慮すると、それは得策ではない。かの魔の森を抱える伯爵領から魔獣を抑える兵力を削ぐのは、国にとって大問題なのだ。もし抑えきれず魔獣が大移動を始めたとしたら、まずリュシドール子爵領、それからさらに南の領を経て王領まで被害が広がる恐れが出てくる。
魔獣の動きを押さえるという約定で、国から補助金も得ている領だ。もし子爵領が勝利したとしてもその後はそうした点を国から再確認の上、捕虜返還の交渉でリュシドール子爵領に賠償を払わせるというのが無難な収まりと言えるだろう。




