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「領都で不穏な行動をしようとしている疑いで、取り調べる。武器を捨てて、縄を受けよ」
兵の上官らしい男が、声を張り上げた。
見ると並んだ兵士たちは皆、顔の下半分、口と鼻を布で覆っている。
車の中でアルムが腰を浮かせかけると、その首横に小刀が当てられた。
「動くんじゃないぜ、小母ちゃん」
「やっぱりあんたかい、こちらの情報を領兵に伝えたのは」
「領民の務めってやつでね。怪しい者が領都に入ろうとしてるってのは、報せる義務があるってもんさ」
「ヤニク、お前!」
熱り立ち一歩寄ろうとするジョスランに、ヤニクは小刀を持ち上げて見せた。
「ジョスランも動くなよ。領兵さんたちは怪しいやつらを調べようってだけだ。すぐ命をとろうとは言わねえ」
「お前――」
「小母ちゃん分かってるだろうな、能力だか魔法だか使おうとしたら、首を切る。いくら茸を飛ばすのが速くても、効き目が回る前に小刀を使えるぜ」
「用意周到なのは分かったよ。あの兵士たちの布、前もって茸対策が伝わっているわけだ」
「ああ。だから、大人しくお縄につくしかないぜ」
「分かったよ。しかしあんたは理解してるだろう。怪しい行為をしそうなのはあたしだけで、この三人は目的も知らされずに依頼で動いているだけさ。領兵の上の人に言って、三人は解放してくれないかい」
「たぶん無理だろうよ。一度調べてみないと無関係かどうかは納得しねえさ」
「困ったもんだねえ」
兵士に要求されて、三人は所持していた武器を足元に置いた。
寄ってきた兵士二人が、三人を順に後ろ手縛りにしていく。
ヤニクが小刀を当てているアルムにも最後に寄ってきて、両手を縛り上げた。
「この袋、取り上げておくといい。近くに置いてなけりゃ、危ない使い方はできないぜ」
ヤニクから説明されて、粉類の入った袋を取り上げる。車の中に残るアルムの持ち物は、杖だけになった。
「小隊長さん、この小母ちゃんは一人で歩かせると遅くてまどろっこしい。このまま車に乗せていった方が面倒がないぜ」
「そうか、それならお前が車を引いてこい」
「へいへい」
四人それぞれに一人ずつ兵士が横につき、歩かされた。
ますます赤くなってきた夕陽に照らされる門を潜り、領都に入る。
そのまますぐ横手に進み、ほとんど城の様相の領主邸に連れられていくらしい。
城は三階建て建築のようで石垣に囲まれ、中央部に尖塔が突き出して見えている。
石垣の切れた部分にまた門があり、そこに入る。正面の本館らしい建物には入らず迂回して中庭を越え、離れのような建築物に近づいた。
「もう遅いので、取り調べは明朝から行う。お前たちはここで一晩大人しくしていろ」
そのまま建物の一階に入ると、どうも留置所の類いらしい。板敷き廊下の両側に三つずつ、木の格子で仕切られた牢が並んでいた。他に収監されている先客はいない。
いちばん右奥の一部屋にジョスランとグウェナエル、その斜め前の部屋にフラヴィとアルムが入れられ、縄は解いて入口に錠がかけられる。
兵士たちとヤニクはそのまま出ていって、建物の入口近くに見張り一人が残っていた。その入口入ったばかりの片隅に、三人の武器や粉類の袋、木の車など押収物が積み上げられた。
牢の一部屋ずつは両側に木の板だけの寝台が一つずつ置かれ、間に人一人が通れる程度の広さだ。奥の薄汚れたカーテンの向こうは、便所らしい。他には何一つ物はない。
「何とも豪勢なおもてなしだねえ」
「あちらこちら汚いったらありゃしないよ」
斜め向かいで女二人がひそめ声を交わすのを聞きながら、ジョスランとグウェナエルはやれやれと汚れた寝台に腰を下ろした。
杖を奪われて立つのも不自由そうなアルムはもちろん、フラヴィもそれぞれ腰かけたようだ。
「あんたたちには悪いことをしたねえ。あたしの巻き添え食ってしまって」
「こちらこそ、申し訳ない。信用置けると保証したヤニクに、こんな裏切りを食うなんて」
斜めからの呼びかけに、ジョスランは苦々しく声を返した。
フラヴィとグウェナエルも同じ思いらしく、ふてくされた顔になっている。
「まあしかしそこは、ヤニクの言う通りでもあるさ。領民として領地や領都に害なしそうなのを通報するのは、当然の行為だよ」
「まだ何をしたってわけでもないのを、犯罪者扱いってのはおかしいだろう。それでなくても、魔狩人の仲間として動くことにしていた者を裏切るってのは、仁義に反する」
「よく分からないけど、魔狩人どうしの中ではそういうことになるのかい」
「そうだよ、裏切り者だ、あいつは。それにあの様子、領民の務めなんて言ってるけど、密告して礼金目当てに決まってるよ」
腕組み足組みで、フラヴィは口を尖らせている。
ジョスランの隣で、グウェナエルも苦い顔の口を引き締めている。
ふと気がついて、ジョスランは向かいに問いかけた。
「そう言えば小母ちゃんは、前からヤニクのことを疑っていたのか」
「まあ頻繁に領都に来ているって言うんだ。こっちに拠点があるなり情報交換をする相手がいるなりしても、不思議ないと思ったさ。さっきの様子じゃ、出発前に知った情報をこっちに伝書鳩なんかで伝えたんだろうね。森の中を移動中は、そんなこともできなかったろうから」
「疑わしいと思って、それでも一緒に来たのか」
「案内人は必要だからね。その程度の疑いなら、誰を雇っても同じだろうし。本人の言う通り狩りの腕前が今ひとつなら、森を抜ける途中で妙なことをするはずがない。へたすりゃ自分が出てこれなくなるんだからね。何かあるなら森を抜けてからだと思っていたよ」
「それにしちゃ、領都近くまで来ても何か対策をうつでもない、大人しく捕まったもんだな」
「捕まってもすぐに拷問されたり、処刑されたりするはずもないからね。まずは取り調べということになるに決まってる。そのまま親切に領主邸に案内してくれるなら、断る必要もないさね」
「つまり小母ちゃん、それ――」
「さあさ、今夜は大人しくここで休ませてもらうとしようよ」
「お、おう」
入口近くに座る見張り兵は、この程度のお喋りを禁止するつもりはないようでちらちら横目を送りながら黙っている。もしかすると自由に喋らせておいて、その内容を上司に報告することになっているのかもしれない。
その辺りを承知の上でアルムは、今の話なら聞かせて構わない、それ以上はやめる、と判断しているようだ。
そうとって、ジョスランもそこで会話を切ることにした。
その夜は、食事を与えられることもなく就寝した。
翌朝にはさすがに、食事が運ばれた。硬いパンと薄いスープだけの朝食を、四人はもそもそと口に入れた。
取り調べはいつから始まるんだ、とジョスランが見張りに訊くと、分からんしばらく待て、という返事だった。
小さな窓から射す朝陽の様子では、まあ確かにまだ役人が仕事を始める時刻でもないようだ。
所在なく無言で腰かけていると、苛立たしさだけが募ってくる。
ジョスランが斜め向かいを見ると、いつもは話し好きの妻が今は声出しを堪えている苦い顔になっていた。
その向かいで、アルムが「どうしようかね」と小さく呟いた。




