18
ついに旅程は、五日目になった。
道は少しずつ広くなり、出現する魔獣も小型のものばかりになっている。当然と言えば当然で、もうトゥーヴロンで日帰りの狩りに入る森の浅い場所と大差のないところに来ているのだ。
昼食で全員にスープを振る舞い、その後アルムは鍋と残った乾燥物を茂みの中に捨てた。領都にはできるだけ身軽に入りたいと言う。
その代わり全員に協力させて、周辺で茸とアヒイの追加採取をする。
「まだ半日、何が出るか分からないからね」
「油断せず備えをするのは、大事だぜ」
ヤニクも納得して、皆不満を漏らすこともなく動いていた。
ここからは背負子をやめて、元に戻した車にアルムが乗り、グウェナエルが引く形にする。採取物を入れた袋を、アルムは身の周りに抱える。
「じゃあ、最後まで気を緩めずに行こうよ」
「おお」
隊形はほぼ最初の頃のものに戻るが、ヤニクはこの方が安心できると言って、グウェナエルの後ろを維持することになった。
この後領都までは一本道で、特に際立って危険な場所などもないという。
ただやはり、小型魔獣の襲来は続く。それでも進むにつれ、目に見えてその数は減ってきた。
辺りを見回し、フラヴィが首を傾げた。
「不思議なほど魔獣の気配が少なくなったねえ。トゥーヴロンの近くより少ないぐらいじゃないか」
「俺もこんなの初めての感覚だぜ。あれじゃないか、最近こっちで龍が活動するから、他の魔獣は居つかなくなってきたっていう」
「ああ、そうかもしれないねえ」
「そろそろ、たぶん一時ほどで森の端に出るだろうぜ」
フラヴィとヤニクがやりとりをする横で、ジョスランは飛び出してきた兎魔獣を斬り飛ばした。
一匹を屠った、その後の森の中は異様に静けさが落ちてきている。
少し離れて聞こえていた鳥の声まで止み、不思議に思って上を見ると、小さな翼をはためかせた群れが森の奥向けて一斉に飛んでいく。
「何だ、何かあったか?」
「あ、あれ――」
ジョスランの問いかけと同時に、フラヴィが横手遠くの方を指さした。
木々が続くかなり先、緑の上ににょっきり突き出したものがある。
「え、ありゃ――」
「龍か?」
噂に聞くような、いかにも厳つい巨大な魔獣の頭部だ。
かなりの高さがある木の上に頭を突き出しているのだから、あの岩鎧蜥蜴よりも遥かに体高があるということになる。
それがゆっくり、森の奥目指して進んでいるようだ。
一同は思わず身を低め、その動きを目で追った。
ジョスランは声も低めて、案内人に問いかけた。
「例のあれか? 領主邸で買われているのが、一日一回餌をとりに出されるっていう」
「たぶんな。俺もそんな習慣になってからこっちに来ていねえんで知らねえが、他にあんな大きさのがいるとは思えねえぜ」
「だな。まだかなり離れているが、こっちに来るってことはないだろうな」
「何とも言えねえが。領主邸で手懐けられてるってのが本当なら、やたらと人を襲うようなことはさせない、この街道に近寄らないように言い聞かせてるんじゃないか」
「そう願いたいもんだな」
「もし餌にするつもりで目をつけられたら、どうしたって敵わねえし逃げられようもねえぜ。あれは空を飛ぶらしいし、まちがいなく岩鎧蜥蜴よりももっと表皮は硬い。いくらグウェナエルが腕を上げてるって言っても、剣が効くはずもねえ」
「だろうな」
幸いなことに、こちらの心配をよそに龍はそのまま奥への進行を続けていくようだ。
かなりその後ろ姿が見えるようになって、一同は先へと足を急がせた。
しばらく進んだところで、「伏せろ」とヤニクが低く叫んだ。
身を屈めながら見ると、空中高く飛行する龍らしき影が遠くに見えていた。森の外、領都の方へ向かうようだ。
「食事を終わって帰るところか」
「おそらく、そうだと思うぜ。あれだけ離れているし、もうこっちへ来ることはないと思うが、見つからないに越したことはねえ」
「そうだな」
これもまた、影が後ろ姿に変わるまで、一行は息を潜めていた。
やがて黒い影は小さな点になっていく。
あの方向が、領都なのだろう。
ほっと息をつき、歩行を再開する。
本当に龍のお陰か、まったく魔獣が出没することはなくなっていた。
さくさくと、進行は進む。
しばらくして、目の前が開けた。森の端に着いたようだ、
木々に遮られていた前方の展望が開け、かなり先に石の壁が横に続いているのが見えた。
その領都らしい外観まで、千ガター程度も草原の中に道が伸びている。緑の草々が、かなり傾いてきた陽に赤く染められ出していた。
両側は丈の低い草が広がるが、あちこち激しく踏み荒らされたような跡が見える。魔獣と魔狩人や兵士との戦闘が頻繁に起きているのか。
終点が見えて、五人は安堵の息をついていた。
「やっと森を抜けたぜえ。もう安心、魔獣を警戒する必要もねえ」
「この草の丈なら、もし魔獣が現れてもすぐに分かるねえ」
「そういうことだ」
「どうなるかと思ったが、着いたんだなあ」
「本当に、何度ももう御陀仏かと思ったぜ」
「それでも、無事着いた。みんなの協力の賜物だ」
足どり軽く、広くなった街道を進む。
石の壁が近づき、道の果てに門が設えられているのが見えてきた。
もちろんそこで、街に入る前に身分などを確認されるはずだ。
ガラガラと、車の音が軽く響く。
門の両脇に立つ兵士らしき姿が見えてきたところで、アルムが声を出した。
「あの門に着いたら、あんたたちはそのまま引き返しておくれ。森の中を抜けるのがきついようなら、迂回するでもいい。街道がそこで分かれているのは、森を迂回する方に通じているんだろう?」
「そうだが――いや小母ちゃん、何か気忙しい話だぜ。俺たちが領都に入ったら拙いのか?」
「すぐどうということはないかもしれないけどね、いつどんな成り行きになるか分からないんだよ。あんたたちを巻き添えにしたくないのさ」
「なんだい、そりゃ」
「詳しいことは、言わないよ」
不満顔で言い募るヤニクに、アルムはそれ以上は口を閉ざしている。
口をすぼめて、フラヴィは夫の顔を見た。
「考えてみるとさ、ここで引き返すってのは予定通りだけど、森の中を戻るのは小母さん抜きじゃ無理っぽいよね」
「ああ。当初の予想よりかなり凶暴な魔獣が増えていたってことになるからな。かなり始末したことになるが、まだまだ残っているはずだ」
「てことは本当に、帰りは森を迂回した方がいいかあ」
「ああ。まあ俺たちはこの後急ぐ用事があるわけでもないしな」
「みんな、世話になったね。特に小僧には苦労させたけど、ありがとうね。今度こそここでお別れ、仲間と一緒に帰るんだよ」
「ああ」
ガラガラと、車の音が響く。
門と、見張りの兵士の姿が近づく。
兵士は何やら、奥と連絡を取り合っているようだ。
三十ガターほどの距離に近づいたところで、止まれ、と声をかけられた。
「トゥーヴロンから森を抜けてきたんだな?」
「そうだ」
「名前を聞かせろ」
「俺はジョスラン、三人は魔狩人の仲間だ。この女性を護衛して、ここまで来た」
「そうか」
声をかけた兵士は、やや後ろに頷きかけた。
それを合図に、大きな木の扉がゆっくり開かれる。
ぎぎぎ、と軋みながら、開ききった。その直後。
門の陰から大勢の兵士が走り出してきた。
「お前ら、そこを動くな!」
「な――何だ?」
たちまち二十名ほどの兵士が横並びになって、剣や槍、矢を番えた弓を突きつけてきたのだ。




