12
夜は衣類を下に敷いて草の上で休むことになる。
焚火を守りながらの見張りは、五人交替で行うことになった。
依頼人が見張りに参加するのは珍しいが、アルムは事もなげに言う。
「あたしは体力的に楽をしているからね。明日からますます魔獣相手がきつくなるんだろ、あんたたちにはできるだけ睡眠をとってもらいたいよ」
「俺たちはこんなの、慣れてるよ」
「それでもさ」
夜中にはジョスランの番とアルムの番にそれぞれ一匹兎魔獣が寄ってきたが、他の者を起こすことなく始末できたことになった。
二日目。森の中はまだ暗いが木々の奥に明るみが射す頃合いに、朝食をとって出発する。
「今日の行程では、茶眩山猫が出てくるかもしれねえ。それと昼過ぎに通る予定の岩地には小鬼猿が群れを作っていることがあるから、注意だぜ」
「山猫かあ」
ジョスランたちにとっては父親の死亡原因になった魔獣で、いい気がしない。
大牙狼ほど大きくないが体長は人間を超え、森の中でも素速く動き回る難敵だ。
聞いて、フラヴィがいつになく顔を引き締めていた。
「これまで以上に気配に気をつけなきゃ、だね」
「そういうことだぜ」
ヤニクも、真剣な表情で先頭を歩く。
この日は曇りがちの天候で森の中は薄暗く、いっそう気を引き締めて歩くことになった。
皆ほとんど無言で、堅土の道にがらがらと車輪の音だけが続く。
相変わらずいきなり横手から飛び出してくる兎魔獣は、ジョスランとグウェナエルが斬り捨てた。
三時あまりも歩いたかと思われる頃。アルムが声を発した。
「左、何かいるよ」
「む、でかいぜ、これは」
ヤニクも足を止め、木々の間に目を凝らした。
耳を澄ますと、ざり、と土を踏む音、ばき、と木の枝を折る音が聞こえてくる。
目をすぼめ、ヤニクが後ろに下がった。
「いけねえ、ありゃ大牙狼だ」
「大きいね、けっこう」
アルムも車の中で、袋の口を開く。
まだ距離のある木の間に、茶色の巨体が覗いた。最初は横向きだったものが、こちらを餌と認識してかはっきり向き直る。
すぐに木々の間を縫い、こちらに向けて疾走が始まった。
弓を持ち上げかけ、フラヴィが呻いた。
「くそ、木が邪魔して火も弓も使えないよ」
「任せな」
適度に近づいたところで、魔獣の鼻先にアヒイが炸裂した。
ギャウウーーッと叫び顔を逸らしながら、それでも勢いのまま巨体が殺到してくる。
「避けろ!」
叫んで、グウェナエルは車の持ち手をヤニクに譲り、大剣を抜いた。
街道に飛び出してくる魔獣に、剣を振るう。ガシ、と鈍い音を立てて頭を掠めたが、少し向きを変えただけで茶色の狼魔獣は走り抜け、道の逆端に立ち止まった。
向き直りながら盛んに首を振るのは、アヒイの粉を払っているのだろう。グウウウーーッと唸り、大剣を構える大男を睨んでくる。
剣が当たったはずの頭に、血も見えない。やはり頑丈な表皮を持つようだ。
一度身を低めるや、すぐ魔獣は跳躍した。肩に噛みつこうとする向きを、グウェナエルは剣を振るって側頭を殴りながら躱す。
位置を変え、再び飛びかかろうと狼は四肢を屈める。
グウェナエルは剣を構え直す。
再び跳躍――と動き出しかけ。突然魔獣は身を震わせて横倒しになった。牙の覗く口から、白い泡が吹き出す。
徐々に、巨体から力が失われていく。
「な――」
「ようやく、効いたようだねえ」
呆然と立つ大男に、アルムが声をかけた。
緊張を続けていた一同の視線が、そちらに集まる。
ぽかんと口を開けて、フラヴィがようやく声にした。
「効いたって、小母ちゃん――」
「さっき飛び出してきたとき、口に毒茸を放り込んだんだけどね。この図体で、効き目が回るのに時間がかかるんだねえ」
「そういうことか」
「やっぱりこういう大きいのは、小僧に時間を稼いでもらわなくちゃならないね」
「ああ」
頷いて、グウェナエルは狼魔獣の側頭に剣を当てた。
突いても、もう何の動きもない。
「息絶えたようだ」
「いや、冷や汗かいたぜえ。よくこんな大物、仕留められたもんだ」
「小母ちゃんとグウェナエルが連携して、やっとか」
ジョスランも弟分に並んで覗き込み、大きく息をついた。
恐る恐るの恰好で、フラヴィもその横から覗く。
相談の上、その大きな死骸はジョスランとグウェナエルで抱え上げ、道横の草むらに転がした。
戻ると、アルムがヤニクに尋ねかけていた。
「茶眩山猫ってのは、今の狼よりも動きが素速いのかい」
「そうだな、動きだけなら速いと思うぜ。大きさは一回り小さい感じか」
「その分、毒茸の効きが早いといいんだけどね」
「出遭ったときには、そう願いたいもんだぜ」
再び歩き始めても、小柄な案内人はぶつぶつと愚痴を口にしていた。
ジョスランを振り返って、顔をしかめる。
「こんな大きな狼魔獣、めったに出遭うもんじゃないぜ。大牙狼はどちらかというと夜行性なのに、魔の森の中では昼夜関係なく動き回るってのは知られちゃいるが。それでも頻繁に出くわすもんじゃねえ。この一行の運が悪いのか、それだけ魔獣の動きに変化が出てきているのか」
「運はよく分からねえが、動きに変化だとすると、他にも予想外のものが出てくるかもしれねえわけか」
「そうじゃないようにと、祈りたいところだぜ」
いっそう周囲に注意を払いながら、足を速める。
途中昼食休憩をとり、また歩行を再開した。
徐々に街道は幅が狭くなり、勾配も急になってくるようだ。
何箇所か、両側の大木が枝をかざし、かなりの暗がりを作るようになった。いかにも森の奥に入ってきたという実感だ。
「この後、坂を下ってまた少し上ったところが、小鬼猿の群れ――」
「し、静かに」
ヤニクの言いかけを、アルムが遮った。
難しい顔で耳を澄ましている、その表情をフラヴィも揃える。
「何か、小さいけど大勢の気配――」
「それも、両側ともだね」
「いけねえ、こりゃ――」
ヤニクが呻いた。
次の瞬間、ガサガサと何か動く音が大きくなってきた。
「小鬼猿の群れだ! いつもはもっと先なのに、いきなり来られて回避もできねえぜ」
「来た!」
たちまち、小さめの足音が速まった。こちらに狙いを定めたということのようだ。
ジョスランが剣を抜いて右を向く。
グウェナエルは左に向けて大剣を構える。
キイイイイイーーー
キイイイイイーーー
木の陰に、毛むくじゃらの猿が数匹前後して姿を覗かせた。
途端、左手の三匹の顔にアヒイが弾けた。
続けて、右の二匹に。間に合わず飛びかかってきた先頭を、ジョスランの剣が斬り捨てた。
辛味の粉が効いた数匹を、二人の剣が屠っていく。
「まだ来てるよ!」
「おう!」
アルムの呼びかけに、ジョスランは怒鳴り返した。




