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店の南側にしばらく進んでから路地に入り、迂回して北に向かう。街の北門を出ると、すぐに魔の森の入口が見えてくる。
ヤニクが、車の中のアルム向けに簡単に説明した。
「昨日も言ったように、この初日の道行きはそれほど南からの街道と変わらねえぜ。魔獣もそれほど強くないし、まあそいつらの出没がずっと多いってだけだ」
「厄介なのは小鬼猿が大群で来た場合と、たまに大牙狼が出るかもしれないってことだったね」
「そうだ。猿が数十匹の群れで一斉にかかってきたら、ふつうはこの人数じゃ相手しきれねえぜ。小母ちゃんが毒茸で機先を制するって聞いたが、それが頼りだな」
「分かったよ」
森に入ってしばらく進むと早速フラヴィが警告を発し、右手の木の陰から足太兎が飛びかかってきた。
そちら側を歩いていたジョスランが、苦もなく剣で切り捨てる。
案内人の説明通り、そうした襲撃が引きも切らず続く。
ヤニクが前方、フラヴィとアルムが右左を警戒し、気配を察知する。身構えたジョスランとグウェナエルが、敵の出現と同時に始末する。
この程度は問題なく対処できるので、アルムの粉類の消費は抑えておくことにする。ただし兎や猿が同時に二匹現れるなどしたときは、その鼻先にアヒイをぶつけて剣士たちを援護した。
午近くなったところでヤニクが休憩に適した場所を示し、昼食をとることにした。
直前に切り捨てた兎魔獣を一匹グウェナエルに抱えさせてきたものを、アルムが手早く解体し切り分ける。他のみんなで薪を集め、フラヴィが火を点ける。
車に載せて運んできた万能鍋で肉を焼き、アルムが用意していたソースをかける。
遠出の途中でとる食事とは思えない、と一同は大喜びで肉を口に運んだ。
「このソースだけで、まるで料理屋の飯みたいになったぜ」
「だねえ。最近の『魔肉飯店』名物焼肉の味だあ」
「ふつう狩りの途中で獲物を捌いて食うのは手間がかかって面倒なもんだが、小母ちゃんだとあっという間だものなあ」
「ああ」
「ほら、この野草も軽く焼いて、ソースをつけて食うんだよ。ただ大食い小僧の腹は大丈夫だろうけど、他の者は食べ過ぎないようにね」
「あたりきだ。午後の歩きを考えたら腹凭れしないように抑えるのは、魔狩人の常識だぜ」
「だよねえ」
ジョスランとヤニクの水魔法で鍋などを洗い、少し休んで行軍を再開した。
ここに来る途中では街道を外れた森の中などに魔狩人らしい姿が垣間見えたりしたが、この先はそうした人影も少なくなるはずだ。つまり日帰りができなくなるので、これ以上奥へ進むのは特殊な事情を持つ者だけになる。
ジョスランたち三人は特定の魔獣を狩る依頼を十人ほどで受けて、もう少し奥まで一泊で入ったことがあるだけだった。
変わらず兎や猿の魔獣などがぱらぱら単独で現れ、即座に打ち倒しながら行程を進める。
かなり日が傾き出した頃、先頭のヤニクが足を止めた。
「ん? 何かでかいやつが来るぜ」
「でかい? 何だ」
「分からん」
ジョスランの問い返しに首を振り、案内人は前方に目を凝らす。
間もなく、どどど、と地を震わせるような足音が響いてきた。
「巌固猪だ! 俺の手には負えん、任せた」
「おお」
ヤニクは素速くグウェナエルの陰に回り、大男はすぐに大剣を手に握った。
すぐ後ろの車で、アルムが身を乗り出す。
どどどど、と毛むくじゃらの四つ足巨体が、見る見る突進してくる。
「あたいが火を撃つかい?」
「いや、あたしがやる」
フラヴィの声にアルムが応え。
直後、獣の顔面に緑の粉が弾けた。
ブヒヒヒヒィィ---!
牙の生えた口に咆哮が上がり、突進の足が乱れる。
見るや、グウェナエルが駆け出した。
やや速度を緩めながらも前進を続ける巨体にたちまち肉薄、すぐ鼻先で跳躍する。続けて振り下ろした大剣に、全体重を乗せる。
ガシーーン、と金属的な轟音が響き、猪の頭から血が噴き出した。
どう、と巨体が横向きに転がった。
「やったな」
「いつ見てもあの馬鹿力は、食らう方にとっちゃ勘弁してもらいたいもんだろうねえ」
言葉を交わす若夫婦を、弟分が振り返った。
大剣の血を払い、魔獣の死骸に刃を向けて。
「どうするこいつ? 道の真ん中に転がしておけないよな」
「素材と肉は売れるけど、持って帰れないよねえ」
「肉は少しとって、夕食に使おうかね」
グウェナエルに代わってヤニクが押さえていた車から、よっこらしょ、とアルムが降りた。
「息は止まっているんだね?」
「ああ」
「じゃあ、いけるね。もうこれは、食材だ」
グウェナエルに確認して、数歩近づく。
それでも、獲物から数歩離れた地点で立ち止まり。
次の瞬間、大きな死骸が両断された。
「おお!」とヤニクが唸った。
「話には聞いていたが、小母ちゃんの特技っての、凄いもんだぜ」
「あんたたち、大きめの草の葉を集めとくれ」
「おう」
指示を受けて、ジョスランは横手の草地に入っていった。他の三人も、後に続く。
幸い近くに、丈の低い草だが葉の大きさが直径一ガター程度になるホートーの自生が見つかった。
そのまま切断が続き、集めたホートーの葉の上に分けられた肉塊が載せられた。
「この塊が、いちばん味がいいだろうさ。残りはそっちに捨てていくことになるかね」
「ああ。森の中に撒いておけば、魔獣が食ってくれる」
「街道まで魔獣を寄せない効果にも、少しはなるだろうぜ」
ジョスランの言葉にヤニクも頷き、四人で手分けして葉に載せた肉塊を運んでいった。
道の上に残った血の痕は、グウェナエルが足で躙り消す。
そうして一同は元の進行を戻した。
先頭に戻ったヤニクが、直後の大男を苦笑で振り返った。
「しかしたいしたもんだぜ、あの猪を一撃だなんてよ」
「突進の足が鈍っていたからな」
「いつもはあたいの火で足止めするんだけどさあ。やっぱり小母ちゃんのアヒイの方が効き目があるねえ」
「だな。どの魔獣でも嫌がってのた打ち出すもんな」
「アヒイの手柄さね」
「だよなあ。俺だってあれはまともに食らいたくねえぜ」
笑い合って、そろそろ疲れが出てきて不思議のない時間帯だが、五人は変わらない足どりを進めた。
予定通りの進行ができて、ヤニクの教える宿泊に適した岩と草の混じる平地に出た。
手分けをして薪を拾い、少し離れた小川から鍋に水を汲んでくる。
焚火に鍋を載せ、アルムが猪肉のスープを作った。野草と乾燥したナガムギを入れ、これ一杯で一食の栄養が摂れるように考えられている。
これも四人は、旨い旨いと大喜びで平らげた。
「森の中で熱いスープが飲めるなど、めったにないぜ」
「ちゃんとこうしたのに合う香辛料も用意してるんだものねえ。さすが小母ちゃん」
「ほらスープはまだあるからね。たんとお上がり」
大食のグウェナエルがいることもあり、間もなく鍋は空になった。




