第九話 贋作と大商会 ④
フランは小さく頷き杖を構える。
腕の良い魔術師であれば、発動前に魔術を感知する御業が可能。
しかし、更にその上を行く者はそれすらも凌駕する。
「支踏、支場ヲ成ス……ついでにこれも黒暗纏イテ、光ヲ吸イ込ミ捻ジ曲ゲヨ」
「お見事。俺程度じゃあ、もはや揺らぎも感じられないな」
「行きましょう」
宙に浮かぶ魔力の塊を踏み締め、屋根へ天窓へ。不用心にも鍵の掛けられていない窓、軋みの音すら許さない様に細心の注意を払いながら開放。
商人達の英雄、もしくは盗賊になるべく、狭い枠へと体を捻じ込む。
「さてと、侵入には成功。あとは“奴”を探すか、贋作に関する何かがあれば万事解決だな」
「ですね。北方人の白い肌に、金髪のおかっぱでしたっけ?」
「こう言っちゃあ悪いが、想像するだけで胡散臭いな」
適度に緊張が解れた所で、変わらず慎重を胸に期しながら探索を開始する。
一見する分には大量の在庫を保管する為の倉庫。時間のせいか職員、作業員などの姿は殆ど無いが、残る数名の行動にも怪しい部分は見受けられない。
それはもう、掛けていた疑いが馬鹿馬鹿しくなってしまうくらいには……。
「――トゥリオさんアレ!色白肌……帽子で隠れてますが確かに金髪ですよ」
「間違いねぇ“奴”だな。この幸運は、黄金の竜のお陰か?」
「かも知れませんね。追い駆けましょう!」
二人が捉えた金髪の男は、何の変哲も無い壁の前へと歩み寄る。
男が辺りを見渡し、残っていた職員の一人に何かの合図を送ると、その人物は何やら小部屋へと大急ぎで駆けて行く。
それから数分と経たずに戻って来た先程の人物は、鍵状の金属を手に男の元へと戻る。一言二言の会話、受け取った鍵状のそれを、壁の隙間に挿し込む。
「隠し扉ですね」
「あぁ、ここに隠してますと言ってる様なもんだぜ。フラン行くぞ!」
慎重ながらも大胆に。身を潜めていた物陰から飛び出し、閉じかけた扉へと滑り込む。
背中の間近に迫る二人だが、男の早足は止まらず距離を離し続ける。
「気づかれて……ないな」
男は進み続ける。
下方に傾斜の付いた暗く長い通路を進んで暫くすると、先に光が現れる。その正体は広間を照らす照明、広大な空間には多くの作業員と無数の工作機械。
雑然と放られた木箱を覗けばそこには、見覚えのある意匠を模った指輪や首飾り。
「トゥリオさん間違いありませんね」
「そうだな。例の石はあるか?」
「はいここに」
受け取った魔映石を辺りにかざし始めるトゥリオ。
指示から作成、地上への搬出作業、その様子を細かく鮮明に映し、石を介してロメオへ伝える。
「こんなモンだろう」
「そうですね……会話の方は一文逃さず書き留めましたよ」
「じゃあ撤退するか」
再び暗い通路へと歩き出す二人。依然として周囲からその姿は見えていない筈だが、確かに二人の足取りを目で追う人物が一人。
「――浄闇散リテ禊祓」
フランとトゥリオの姿が暴かれる。
一瞬の間も開けず、剣を杖を構える二人だが、既に袋のネズミ。魔術師達が彼等を取り囲む。
(強制解除の魔術ですか……やられましたね)
逃亡の術を必死に探るが、取り囲む魔術師達は既に術の発動準備は万端だ。身動ぎ一つでも見せれば総攻撃は免れないだろう。
「まったく……誰の差し金か分かりませんがワタクシ達の“コレ”を見られたからには生きて返す訳にか行かないでして、えぇ」
訂正、身動ぎ一つ無くとも、現状でここを生きて脱出するのは不可能な様だ。
しかしそんな運命を跳ね除けようと、お互いに視線で合図を送り合う二人だが、相手に隙など一片たりとも見つからない。
万事休すと、構えた獲物を地面に下ろそうとしたその時だった。
轟音、煙と共に吹き飛ぶ通路周辺。同時に辺りの魔力が大きく揺らぐ。
「輝々鏡壁・万物ヲ反射セン!」
響く少女の声を合図に、屈強な男達が姿を現し、魔術師達を瞬く間に制圧。立ち込めた煙が落ち着いた頃、もう一人“悲し気な”顔を浮かべる男が一人――
「チロ・サンツィオ……お前さん、何故こんな事を?」
深く静かな怒りが篭ったロメオの声が静まり返った空間に渡る。
「何故?何故と言われましてもワタクシ、いえ我々商人は利益の為なら何でもするのが当たり前でして、えぇ」
「……何でもねぇ……親父さん喜ぶと思うか?」
サンツィオの表情が怒りに染まる。
口調は荒ぶり、放つ言葉は罵倒の嵐。
「喜ぶも何も!存続させる為には!……これしか無いんだよ」
瞳に狂気が宿っている。
怒りか悲しみか、それとも全てを暴かれた憎しみからか……髪を掻き乱し、慟哭を上げロメオの元に走り出す。
「ワタクシ、ワタクシ……僕にはコレしか出来なかった!お前はそれを!」
走り出したサンツィオの手には短剣が握られている。しかしロメオは彼を見つめ、微塵たりとも動きをしない。
目の前で起ころうとする惨劇、フランの目に映る世界はゆっくりと時間が流れ始める。
「サンツィオのボウズ、お前は商人にとって大切な何かを忘れちまってるな!」
「――まったく、それを私で試すのは勘弁してくださいよ!雪華着氷ニテ凍テツケ!」
華を広げた氷の蕾はサンツィオの足元を凍てつかせる。主を失い空を舞った刃が、悲し気な顔を翳める。
一目散に将を助けるべく駆け寄る部下達をフランの声、まるで彼の足元を凍てつかせた氷の様な冷たい声がその足を止めさせる。
「分かるかボウズ。信頼して信頼される、信用して信用されるのが商人だ」
ロメオの魂が込められた言葉、その一つを聞く度に色白の肌へ皺を寄せている。
唸り、呻き声ばかりを返していたサンツィオは次第に、打ち明け始める。
商会の経営不振、危機感と父親からの継承と言うプレッシャーが彼を追い詰めていた。出来得る限りの事に力を尽くしたそうだ。
しかしそれでも一行に好転の兆しは見えず、危機感は恐怖へと変わっていた。
「人生ってのは山あり谷あり、人を相手にする商人なら想像を絶する壁にぶち当たるもんさ」
「アンタはそれでも成功してるじゃないか!」
「俺達だって順風満帆って訳じゃねぇさ。つい最近だって、核だったメンバーが争いに巻き込まれて死んじまったんだ……」
目の前に差し出されたロメオの手をサンツィオはただ見つめる。握れず、振り払えず。
「俺にも困難はあった。しかしそこで諦めて、道を外してしまえば今まで付いて来てくれた奴、今を築いてくれた人々を裏切ってしまう」
「でも僕は……取り返しのつかない事を……」
「大丈夫、大丈夫だ。周りを見てみろ、お前の仲間が、俺達が居る……なぁそうだろ?」
豪快な笑顔をサンツィオの部下へ向ける。
彼等の答えは決まっている様だ。
「会長、ご英断を!」
大粒の涙を拭い、帽子をかぶり直す。彼の答えも決まったのだろう。
「解除」
氷の華が散る。
踏み出したサンツィオが放つ声は澄み渡っていた。
「直ぐに回収の手配を!ワタクシは西部に向かいます。よろしく頼みましたよ、えぇ」
「よぉし、お前等もボサッとするなよ?車を全車動かせ!翼獣の手配もだ!」
皆が慌ただしく動き始める。
地上へ戻れば、西へ東へ飛び立つ翼獣の姿。先に見える安泰にフラン達は胸を撫で下ろす。
「セシィ、助かりましたよ」
「何のこれしき!師匠を助けるのも弟子の役目だからね!」
「いやぁ、飛空艇の為に命が脅かされるとは思わなかったぜ!」
「では、これを期にものぐさぶりを直してみてはどうですか?」
「ソイツは無理な相談だな……」




