24話 金、金、金! 探索者として誇らしくないの?
「ふーん、一撃目で斃せなかったんで追撃しようとしたら逃げられた、か」
「そうなんです。まさかボスが一目散に逃げるとは思ってなくて、追いかけっこしてたら思った以上に時間が過ぎてました……」
「なるほどなぁ。まぁ切岸さんはよくやったよ」
野槌に限らず、蛇みたいな形をした魔物は打撃に耐性があるからな。
ステータス差があっても、当たり所が悪ければ一撃くらいは耐えられても不自然ではない。
耐えられたら逃げられることもあるだろう。
で、逃げられたら時間がかかる、と。
流れとしては納得できる。
あえて厳しく言うのであれば”それほど機敏ではない野槌を相手に先制攻撃をしておきながら、一撃でちゃんと仕留められる場所を外したこと”を未熟な箇所として指摘する程度だろうか。
今回は無計画に逃げられただけで済んだが、魔物によっては罠がある場所に誘引したり、増援を呼ぶ場合もあるからな。
一対一なら負けなくとも、複数の魔物に囲まれたら危ないし、なにより罠が怖い。
なので、斃せるときに斃せなかったのは間違いなくマイナスだ。
でも、彼女は【鍛冶師】であって、魔物との戦闘を想定して鍛えてきたわけではないのだから、戦闘における未熟さを責めるのはお門違いでもある。
俺が彼女を責めるときがあるとすれば、それは戦闘に関するあれこれではなく、彼女が造ったりメンテナンスした装備品に異常があったときだけだ。
というか、元々時間制限なんてしてないんだから、野槌の討伐に予想以上の時間を掛けたとしても切岸さんが責められる謂れはないんだよな。
遊んでいたならともかく、ちゃんと戦っていたんだし。
しかも、自分の戦い方が拙かったことを自覚して、反省までしているときた。
この状況で、彼女に責められるような要素がどこにある?
ないよなぁ。
責めを負う人間がいるとしたら、適当な指示を出して勝手な予想をしていた俺しかいない。
その俺だって、別に無理な命令を下したわけではないし、罰則も与えていない。
確かに、一般常識を弁えずに「一〇分くらいあればいいか?」と考え、但馬さんらに聞こえるところで「少し遅いか?」なんて呟いてしまったが、その程度。
それによって評価を落としたのは、戦闘を行った切岸さんではなく、一般常識を把握していない間抜けな指揮官であることが露呈した阿呆、つまりは俺だ。
悪いのは俺で、評価を落としたのも俺。
この場合って、どうやって謝って、どうやって褒めればいいんだ?
事実をそのまま羅列すれば『勝手に早めの予想をして、それが外れたから思わず呟いたら周囲が変な反応したので考えを改めた。切岸さんは凄いから安心していい』って感じになるんだが、こんなの誰が聞いても嫌味としか思えないだろ。
人間の機微に自信がない俺でもわかるわ。
褒めて伸ばすことの難しさよ。
……いや、もう下手に謝ったり褒めなくても良くないか?
切岸さんだって自分でわかっているしな。
俺からは「追撃をするときは罠とかに気を付けるように」って感じのアドバイスを送るだけでいいだろ。
「そんな感じだから、そこだけ気を付けてな」
「はい!」
ヨシッ! これでお終い。
あとの話題としては、あぁそうだ。
大事なことがあったわ。
「回収した野槌の素材はどうする? 工房に回すか?」
「それは……できるならそうしてもらえると助かりますけど、みんなで分けなくてもいいんですか?」
「大丈夫だと思うぞ、多分」
「多分って」
今回得られたのは、牙が四本と皮膜が少々と肉が五キロくらい。
野槌は龍のくせに鱗を落とさないので、頭部の蕾みたいな外殻が一番硬くて人気がある素材なんだが、残念なことに今回はなかった。
牙はそのまま加工して短剣にすることもあれば、削って魔鉄と溶かし合わせることで土属性を持つ魔鉄ができるので、そっちに回すこともある。
金額的には一本三〇〇万円くらいだろうか。
皮膜は、弾力性が高いので、防具の内側に付ける緩衝材として重用されているし、耐水性も高いので脚部装備の補強材としても人気がある。
今回手に入れた分なら二〇〇万円くらいだな。
肉は、食用か研究用の素材だ。
世界中の神話で生命力の象徴とされている龍の血肉は、普通に旨いしなにより稀少なので世界中のセレブに人気があるし、研究対象としても注目を集めているので、売り先に困ることはない。
鮮度や保存状態にもよるが、俺が管理すれば五キロで五〇〇万円くらいにはなると思われる。
但馬さんの持つ販路や交渉の腕によってはもっと行くかも知れない。
もちろん、売却する場合はギルドに一銭も入らないようにしてもらうが、そこらへんは但馬さんにお任せだ。
で、素材を全部売る場合は単純に但馬さんが算出した売却益を人数で割る形になる。
今回は推定一九〇〇万円を八人で割るので、一人あたま二二五万円くらいだな。
工房に回す場合だと、一度切岸さんが全部買い取る形になるので、彼女は肉の分を除いた約一四〇〇万円を我々に支払うことになる。
その後に工房で造った装備品を売ることで出た利益が彼女の取り分となる。
このとき装備品が売れなかったら工房も切岸さんも赤字になるが、現在のところ、最下級とはいえ龍である野槌の素材を使った装備品は世界中で需要があるので、余程間抜けな金額設定をしない限りは黒字化はほぼ確定している。
よって、切岸さんからすれば工房に回したいところだが、一人だけ大きな利益を得るのは健全な関係と言い難いのもまた事実。
分配の際に生じる不平等感が、パーティーメンバーが争う理由の第一位とされて久しい昨今。
「自分だけ得をしていいのだろうか?」と切岸さんが心配するのは当然のことだ。
彼女が目先の利益に囚われず、自分の得になることに対しても疑問を呈することができる人間でよかった。
そう心から思うと同時に、彼女の優しさに報いる意味も込めて、その心配が杞憂であると断言してあげようと思う。
「大丈夫だ。所詮野槌だし」
「えぇぇぇぇ……」
何故か絶句しているが、少し考えてみればわかるだろうに。
世間的には稀少でも、所詮は三〇階層に出現する魔物なのだ。
確かに、肉やら皮膜やら外殻部は嵩張るので持ち帰るのも大変だが、言ってしまえばそれだけだ。
四〇階層の蛟と違って、日本中のダンジョンで定期的に討伐されている魔物なので、日本国内に限って言えばそれほど稀少でも貴重でもない。
それはドロップアイテムの総額が一九〇〇万円に留まることからも明白である。
「考えてもみろ。今更但馬さんたちが数百万で不平や不満を漏らすと思うか?」
「それは、思いませんけど」
「だろう?」
少し前ならいざ知らず、今の但馬さんにとって二〇〇万円は大金ではない。
もちろん、自分からドブに捨てるような真似はしないし、着服などは絶対に赦さないだろうが、きちんとした理由があって分配されるのであれば、普通に認めるくらいの度量はある。
龍星会よりも前からAランククランだった鬼神会の西川さんや、関西全域に威を張る河内連合の筧さんに至っては、二〇〇万円程度で我々に恩を着せることができるなら、むしろ喜んで渡すだろう。
シータさんや霧谷のお嬢さんは、今のところはお客さんなので。
分け前を主張すること自体おこがましい。
残った俺と奥野も、二〇〇万円でどうこう騒ぐつもりはない。
そもそもの話なんだが。
「目先の金よりも、質の良い装備品を造ってもらった方が得だし」
一定以上の階層に挑んでいる探索者にとっては、魔物の素材を売って得られる現金よりも、レベルが高い【鍛冶師】が、良質の素材をふんだんに使用して造った装備品の方がありがたいのである。
その装備品を造るのが、日本でも数えるほどしかいない【上級鍛冶師】にして、低レベルのころから例の指輪を使ってステータスを伸ばしてきた切岸さんなら、尚更だ。
この情報が拡散されれば、多くの探索者が切岸工房の前に大量の金と素材を積むだろう。
俺だって、彼女には多くの経験を積んでもらいたいと思っているしな。
そして、最大の要因として。
「これからもっと深くに潜るからな。野槌の素材よりも高額なモノはいくらでもある」
「……確かに」
繰り返すが、所詮は野槌の素材なのだ。
三五階層以降で得られる素材や、今回の討伐目標でもある蛟の素材なら争奪戦もあったかもしれないが、今の段階では争いに発展のしようがないのである。
数分後、一応但馬さんらに確認をとってみれば、思った通り満場一致で野槌の素材は切岸さんに回すこととなった。
なにやら深刻な顔をしたシータさんから「ミズチは無理でも、ノヅチの素材で造った装備を私たちに売ってもらえますか?」と聞かれたので迷わず承諾したが、妙に真剣だったんだよな。
もしかして、インドネシアってまだ三〇階層を攻略していないのか?
……後で各国の進捗状況も調べた方が良さそうだな。
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