23話 誰がために剣はある
”国家を転覆できるほどの力の有無と、その用途”
あやがこの質問をしたことに深い意味はない。
ただ単純に、興味があったからだ。
主に小学生や中学生の男子の多くが「もし俺に世界最強の力があったら~」と夢想する病気に罹ることは広く知られているが、探索者もまた「もしも自分が世界最強の探索者になったら~」と夢想する病気に罹りやすいことはあまり知られていない。
探索者がその病気に罹りやすいのは、実際に世界最強の存在として【ギルドナイト】という実例があるからであり、病気に関する世間的な認知度が低いのは、探索者になれるのは一五歳以上、つまり探索者になった時点で妄想をわざわざ口に出さない程度の分別が付く年齢になっているからである。
そう、彼ら彼女らはあくまで口に出さないだけで、決して夢を見ていないわけではない。
但馬も、西川も、筧だって、学校にテロリストが侵入してくる夢や、それを自分が華麗に撃退する夢は見なくとも、日常社会に魔物が侵攻してくる夢や、それを自分が華麗に処理する夢を見たことがある。
それが探索者という生き物なのだ。
もちろん、あやも似たような妄想をしたことがある。
というか、日常的にしている。
まぁ、彼女の場合は、得た職業が【魔法使い】だったことや、探索者よりもアイドルとしての活動に注力していることもあって、少年たちが夢見る探索者の姿とは少し方向性が異なるのだが、それでも「もしも自分が【大魔導士】くらい凄かったらな~」と、結構な頻度で妄想していることに違いはなく。
それでも、妄想と現実を分別できていたあやは、魔法を使って社会に迷惑をかけるようなことはしなかった。
その反面、現実と妄想の分別ができず、社会に迷惑をかける探索者が多くいることも知っていた。
というか、建設系企業に就職した後に即現場に回される探索者のほとんどが、妄想を爆発させて社会に迷惑をかけた経験がある連中だったりする。
それはそれとして。
真っ当に生きる探索者や、道を踏み外した探索者を見てきたあやは、先日初めて探索者の妄想を具現化したかのような探索者と知己を得ることができた。
そんな、ある意味で想像上の存在ともいえる奥野せらを前にしてあやが抱いたのが、『実際に【ギルドナイト】と同等の力を持つに至った存在は、自分の力をどう思い、何に使うのか?』という疑問と『簡単に壊せる世界に対して何を思うのか』という疑問。
そして『もしも本当に自分が【大魔導士】と同等かそれ以上の力を得たら、世界がどう見えるのか?』という疑問と『力を持ったら自分はどうあるべきなのか?』という疑問であった。
これまでは高嶺の華と割り切って仰ぎ見るか、横になったときに夢で見るだけだったモノ。
それが、”少し頑張れば手が届くところにある”と気が付いたからこそ抱いた、興味と疑問だった。
返答の内容によっては、将来に多大な影響を受けることを自覚しないまま放たれた、純粋な疑問。
問いを発したあやに自覚はなくとも、問いを受けたせらはその意味を正しく理解していた。
だからこそ、元々根が真面目で面倒見がいいせらは、真剣に考えた。
(人生相談にも近いそれに対して下手な誤魔化しは無意味。いいえ、無意味どころか最悪の結果にしかならないよね。だったら私も真摯に応じるべきなんだろうけど……力の用途って言われてもねぇ)
真剣に考えたが、答えはでなかった。
残念なことに、かつて――余裕がなさ過ぎたこともあるが――同年代の小僧に簡単に騙されていたことからもわかるように、醸し出すクールな雰囲気とは裏腹に、せらは考えることがあまり得意な子ではなかった。
なんなら『自分が考えても碌なことにならない』ことを自覚してからは、篤史にすべてを委ねているまである。
そもそも彼女が探索者になったのは、親の治療費と家族の生活費を稼ぐためである。
レア職の【侍】を得たと知った時も、興味を抱いたのは『最強』云々ではなく、自分が魔物に勝てるか否かと、斃した魔物がドロップアイテムを落としてくれるか否か。
そして「お金はいくら稼げるか?」という即物的な点だけであり、それ以外のことに目を向ける余裕はなかった。
今は支部長と仰ぐ篤史のおかげで全ての問題が解決しているが、将来的に同じような事案が起こらない確証はない。
なのでせらとしては(私が負傷する分には、支部長に助けてもらえる――探索の際はずっと篤史の傍にいる予定なので、負傷するときは必ず篤史が傍にいるという理屈――から問題はないけど、両親がまた大怪我を負ったり、来年から探索者になる予定の妹が事故に遭って負傷するかもしれない。だから尚更支部長から離れるわけにはいかないんだよね)と自分なりに考えた結果、篤史に決定を委ねることにしていた。
このような感じなので、せらは自分がどれだけ強いのかも正しくは理解していない。
もちろん自分のステータスは把握しているし、最低限の情報として「自分は支部長より弱くて、若葉さんより強い」と思っているし「若葉さんは【上忍】よりも強い」とも思っているし「但馬さんたちは【上忍】より弱い」とも思っているが、その程度。
万事こんな感じなので、せらは自分に『国家を転覆させるほどの力がある』なんて考えたこともない。
考えたことがないからこそ「それだけの力があったらどうする? 気に入らないやつを処す?」と聞かれても、うんともすんとも言えない。
その上で、彼女があやの疑問に対して真剣に答えようとするなら、必然的にこのような返答になってしまう。
「自分にそれだけの力があるかどうかはわからないですが、経験豊富な但馬さんたちが『ある』と思っているなら『ある』のかもしれませんね。そして力の使い道に関してですが、基本的に全部支部長にお任せしているので、支部長の判断次第です。あ、今のところ個別に誰かをどうこうしようとは思っていません。もしも今後気に食わない人が出てきたとしても、支部長から命令が無いかぎりは相手にしないと思います」
己の力を自覚せず、己の力の使い方を他人に委ねる。
もはや機械かナニカのような言い様だが、実際にそうなのだからしょうがない。
「えぇぇぇ~」
話を聞いていたシータが、思わず「お前はそれでいいのか?」と言いたげな声を上げるのも当然だった。
だが、せらの主張を聞いたあやは違う感想を抱いたようで。
「ほほー。なるほどなー」
と、なにやら感動した様子を見せるではないか。
「センパイ?」
「正直、自分でも相談の返事としてはどうかなぁと思ったんですけど、なにが霧谷さんの琴線に触れたんです?」
その態度に疑念を抱いたシータとせらが問いかけると、あやは「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに自分の感想を述べ始めた。
「まずさ、せらちゃんは支部長さんを信じているんでしょ?」
「はい」
即答である。
「やっぱりね」
「えぇっと?」
そしてこの即答を受けて、あやは自分の解釈が間違っていないことを確信した。
彼女はせらの言葉をこう解釈したのだ。
『自分の力は自分が心から信じている人のためにだけ使いたい』と。
『有象無象には目もくれず、ただ信じた人のために尽くすのだ』と
そしてそれを聞いてこう思ったのだ。
『それって、素敵やん』と。
力を持った人間が持つ視野や価値観を尋ねたら、なぜか人間愛的なナニカを説かれることになってしまったが、それもまた一つの答え。
「それなら、もうそれで良くない?」
「え? いいんですか?」
「え 良いでしょ?」
むしろどこに問題があるのか。
本心からの言葉だったが、なにやら納得がいっていないシータを見て(んーここはシータちゃんが納得できるように、それっぽいことを言ってあげた方がいいかな? 変に支部長さんとせらちゃんの間に入られても困るし)と考えたあやは、あえて彼女にとってわかりやすい例を出すことにした。
地頭が良いあやは、どこぞの侍さんと違って考えることが苦手ではないのだ。
「あのねシータちゃん。たとえば戦術兵器とかを使うときにさ? 司令官とか大臣の承認が必要でしょ? 国家を転覆させるくらいの力なんだよ? 自分一人の感情で動かすよりは誰かに委ねた方が暴発し辛いでしょ? 明らかに支部長さんが間違っているようなら、せらちゃんの意思で止まればいいし」
「あ、あぁ、なるほど?」
理屈としては正しい。
「戦術兵器並みの力を持つ存在を野放しにして感情のまま暴れられるよりは、理性的な人間に手綱を握ってもらった方が、周囲も自分も安心できる」と言われれば、シータも納得するしかない。
問題があるとすれば、自立型和製戦術兵器の手綱を握るのが、選挙で選ばれた国民の代表や専門の訓練と教育を受けた軍人ではなく、正体不明の同年代の男子という点だが……これに関しては当人が篤史以外に己の手綱を渡すつもりがないことと、手綱を渡された篤史自身が戦術兵器を上回るナニカであることから、この件に関しては”もう周囲の人間が軽々に口を挟める問題ではない”と割り切るか、そもそも考えないこととする。
(確かに、そう思えば悪くない、かも?)
故国インドネシアが滅ぼされないかどうかを本気で心配していた彼女にとって『篤史の機嫌を損ねない限り戦術兵器が敵に回ることはない』という事実が判明したことは明確な救いであった。
(ヨシッ! 帰ったら局長に『今後は、しぶちょーさんと仲良くすればなんとかなりそう』って伝えなきゃ。これで局長も少しは安心できるよね!)
今も胃を痛めながら自分の帰り――と詳細の報告――を待っているであろう上司に思いを馳せるシータ。
完全に緊張を解いた彼女が、自律型戦術兵器がもう一体存在することを思い出し、さらにそちらは奥野せらほど松尾少年に依存していないことを知ってスンッとなるのは、これから僅か数分後のことであった。
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