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22話 少女たちの会話

但馬らが真剣な表情を浮かべながら話し合っている中、手持無沙汰となっていた少女たちも同じ話題で時間を潰していた。


「向こうはあんなこと言っているけど、実際せらちゃん的にはどうなの?」


「ご本人に聞くんですか!?」


「どう、とは?」


「色々あるけど、とりあえずは若葉ちゃんがここのボスを斃すのに三〇分くらいかけたのは遅いと思う?」


「よりにもよって、それを聞くんですか!?」


「あぁ、それですか。個人的には『遅い』とまでは言いませんが『少し時間がかかったかな?』とは思いましたね。若葉さんのステータスならもっと早く終わっていてもおかしくありませんから。おそらくですが。現場でなにかしらのミスがあったんだと思います」


「普通に答えてくれるんですか!? そしてやっぱり三〇分は遅いんですか!?」


魔物に警戒しているせいもあってか、前回探索したときから今に至るまでずっと無愛想で不機嫌そうな感じを醸し出していた奥野せらに対して、あまりにも自然に会話を振る霧谷に驚き、次いでせらがあまりにも自然に応じてくれたことに驚くシータ。


見方によっては過剰、というか普通に失礼な反応だが、それなり以上の力を持つ探索者の中にシータの反応を笑う者はいないだろう。


軍人としての教育を受けてきたが故に、強者が持つオーラのようなモノに敏感なシータの目には、単独で国家を転覆させることが可能なレベルに至っているせらは、歩く災害そのものにしか見えなかったのだ。


ましてせらは、最初から『インドネシアと提携したい』と伝えてくれた篤史と違って、狙いや感情が不透明過ぎた。


わからないモノを怖がるのは、当たり前のこと。

そこに国籍も人種も関係ない。


尤も、傍から見てせらの感情がわかり辛いのは、彼女が選択や決定のほぼ全てを篤史に委ねていることと、周囲に侮られないためにあえて感情を表に出さないようにしているからなのだが、そんなことをシータが知るはずもなく。


人間同士の付き合いにおいて、意図せず放った言葉が相手を傷付けてしまった……なんてケースは枚挙にいとまがないわけで。


絶対的強者に不用意な言葉を投げかけ、そのせいで不興を買ってしまったら堪ったモノではない。

祖国にどんな悪影響があるかわからないし、最悪は自分が国を亡ぼす元凶になりかねない。


そんな恐怖もあって、シータはせらに対して自分から話しかけようとしていなかった。

もちろん、向こうから何かしらの接触があったら全力で応じる心算だったし、意図的に無視するのは最悪の選択だとわかっていたので、当たり障りのない日常会話的なモノはしていたが基本は畏れ敬う態度を崩さず、かつできる限り気配を消して意識が自分に向かないよう努めていた。


触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったものである。


そんなシータだからこそ、絶対に自分から強さに関連したアレコレや行動の指針を尋ねないよう戒めていた。


なぜなら、強者にとってプラスにもマイナスにもなり得る話題が”強さ”に関するあれこれだからだ。


比べられて『向こうの方が強い』と不快になる者もいるし、逆に『自分の方が強い』と誇る者もいる。


せらがどちらのタイプか分からなかったのも懸念材料ではあるが、シータが最も恐れたのは、若葉が帰ってきたときにお互いの戦闘力を比べられて微妙な空気になることだった。


せらが誇れば若葉が落ち込むかもしれないし、その逆もあり得る。


どちらも単独で国家転覆が可能な次元の相手なのだから、不機嫌になって欲しくないし、そもそも彼女らが不機嫌になる可能性がある話題は絶対に避けるべきモノだと思っていた。


しかし、警戒心が薄い先輩こと霧谷あやが、シータが己に課していた戒めをあっさりと踏み越えてしまったではないか。


驚くに決まっている。


そしてその驚愕の対象が、あやからの問いに対して普通に答えたことと、その内容に及ぶのも、ある意味では当然のことであった。


しかし、その”当然”はあくまでシータにとっての”当然”であって、霧谷あやにとっての”当然”ではない。


軍隊という感情よりも理屈を優先する組織で学んだシータに対し、理屈よりも感情を優先する傾向が強い西川のような強面たちに囲まれて育ってきたあやには、奥野せらという少女は『一見怖いが甘えても大丈夫なタイプ』にしか見えなかった。


実際、探索者になった経緯や、学校に入学してからの一カ月で人の汚さに触れたせいもあって、今は多少人間不信気味となっているものの、元々せらは逆境でも折れない精神性と、家族のために文字通り身を粉にすることを厭わない優しさを兼ね備えた人格者だ。


その度量の深さは、汚い男どもに嵌められて夜の仕事に従事させられていたときでさえ、後輩や客の男を思いやれる心を持ち合わせていたことからも、明らかである。


当然夜の仕事云々は、所謂”存在しない記憶”であるため明確な証拠にはならないが、それでもせらの性根が”優しい人”であることに違いはない。


であれば、強面の男たちに甘えることに慣れたあやが、内心で(自分が舐められたら支部長の計画が失敗するかもしれないからね。気を付けなきゃ)と考え、努めて無表情でいようとしているだけのせらに甘えられないはずもなし。


ましてせらは、あやのことを”同じ道を歩む探索者”としてではなく、あくまで”提携先のお嬢さん”としてしか認識していないし、シータに対しても”インドネシアからきた重要人物”と認識しているため、自分から積極的に関わろうとは思っていないものの、両者からの接触があった際には高圧的な応対はできないと思っていた。


そういう感じだったので、あやはシータのように委縮せず話しかけることができたし、せらも普通に返事をすることとなったのである。


あとは、あやの質問がせらにとって答え易い内容だったことも、ある。


シータは色々考えて不安になっていたが……そもそもの話、よほどのことがない限り、お互いの格付けがすでに終わっている篤史とせらと若葉の間で争いが発生することはないのだ。


篤史が一番上で次点にせら、若葉はその下。

そう決まっているし、せらと若葉も納得しているのだから。


今後、せらと若葉の間に別の戦闘要員が入ることもあるだろう。

篤史とせらの間に、篤史の妹が入ることもほぼ確定している。

だが、せらと若葉の力関係が逆転することは絶対にない。


故に、せらが若葉のことを『弱い』と評価し、それが若葉の耳に入ったとて当の若葉が「そりゃ奥野さんから見たらそうですよねぇ」と納得するだけなので、心配するだけ無駄なのだ。


ただまぁ、若葉は若葉で気の強い技術屋に囲まれて育ったせいか意外と喧嘩早い一面があるので、篤史やせら以外の人間から舐め腐った態度をとられたら、考える前に手が出る可能性があるため、シータの警戒も全くの無意味というわけではないが。


親しき仲にも礼儀あり。


『誰に対しても最低限の配慮は必要』ということが再確認できたところで、話は冒頭に戻る。


「せらちゃんは、若葉ちゃんがなんか失敗したって思うんだ? 苦戦したとかじゃなくて」


「そうですね。正確には失敗ではなく、当たり所が悪かったとか、そういう感じだと思いますけど」


「当たり所が悪かった、ですか?」


「えぇ。斥候役とはいえ物理攻撃が主体のシータさんならわかると思いますが、魔物に攻撃を当てるときって、こう、当たるとダメージが多く入るポイント、みたいなところがあるじゃないですか。弱点というか、核というか、そういう感じのやつ」


「あぁ、確かにありますねぇ」


言語化は難しいが、物理攻撃を主体とする探索者であれば誰もが感覚的に知っていることである。


「それで、ですね。若葉さんほどのステータスがあるなら、そこに当てれば一撃で野槌くらいなら斃せるはずなんです。当然この場合は、戦闘に要する時間は一瞬ですよね? なので討伐まで要する時間の大部分は、接敵までの移動時間となります。今回で言えば、最初の戦闘音が鳴るまでの時間となりますので、大体一〇分前後で討伐の報告ができていれば及第点、と言ったところでしょうか」


「あぁ、ボスを一撃で斃せるならそういう考え方になるのかぁ」


「そうなります。その上で戦闘が長引いたということは、一撃目を外してしまったということになります。それも踏まえて支部長は『少し遅い』と評したのかと」


「な、なるほどー」


「ただまぁ。そういう弱点的なモノを的確に見つけるには、それなりの力と経験、あとは戦闘勘みたいなモノが必要になりますからね。ステータスは十分でも生粋の戦闘職ではない【鍛冶師】の若葉さんにそこまで求めるのは酷というもの。但馬専務らの反応を見て支部長も思いなおしたみたいですので、若葉さんが折檻されることはないと思いますよ」


「はへー」


「折檻されるかもしれなかったんですか……」


「そうですねぇ。若葉さんに油断や慢心があれば折檻していたでしょうね」


野槌如き討伐できて当然。

あとはそれをどれだけ無駄なく行えるか。

篤史やせらからすれば、三〇階層での戦闘はそういう次元の話でしかなく、それが満足にできなかった若葉に対し、油断を戒める意味もあって折檻が発生する可能性もあったのである。


若葉は但馬らに感謝してもいい。


「それで、他にも聞きたいことはあるようでしたが、どのようなことでしょう?」


あやは質問の前にこう枕詞を付けていた『色々あるけど、とりあえず』と。

最初の問いが若葉の戦闘に関することなら、他の質問もあるのではないか?


面倒見の良さを発揮したせらがそう問いかければ。


「んぅ? ……あぁ!」


水を向けられて、一瞬「何をいっているんだ?」という顔をしたあやだったが、すぐに元々聞く予定だった質問があったことを思い出したようだ。


「忘れてた……へへへっ」


誤魔化すような照れ隠しをするあやに、ほっこりとするシータ。


しかし、シータが覚えたほっこり感は、あやの口から放たれた言葉を受けて霧散することとなる。


「向こうは、せらちゃんや支部長さんのことを『国家転覆できるくらい強い』って思っているみたいだけど、それって本当? もし本当なら、せらちゃんはその力を使って気に食わないヤツとかをやっつけたりしないの?」


「……なるほど」


(な、なんてことを聞くんですかーーー!!)


無邪気に『藪をつついて蛇を出す』ような質問をしたあやと、その質問を受けて顔色を変えたせら。

両者の間に挟まる形となったシータは、己の胃が激しく痛むのを実感したのであった。


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