7話 その頃の少女たち
思わぬところで思わぬ情報を得た大人たちがイイ笑顔を浮かべながら話し込む中、期せずして置き去りにされる形となった少女たちもまた、会話に華を咲かせていた。
「うん、向こうの感じを見る限りどうやら私も探索に参加できるみたいだね。まずは良かった。で、シータちゃん」
「は、はい?」
「ちょ~っと聞きたいことがあるんだけどさぁ? いいかな?」
「な、なんでしょう?」
「……あのさ、シータちゃんはこの指輪のこと、前から知ってた?」
飛び入り参加となった少女こと、霧谷あやが口にした”この指輪”とは、もちろん急遽彼女への貸し出しが決まった『成長率を倍加させる指輪』のことだ。
いつものぽややんとした笑顔を消し、真剣そのものの表情で問いかける霧谷。
嘘は赦さないというプレッシャーと共に問いかけられたシータの答えは、もちろん否。
「い、いいえ。さっき初めて知りました……」
「……ホント?」
「は、はい! ホントです!」
そう、彼女がこの指輪の存在を知ったのはつい先ほど……と言うか、霧谷と同じタイミングで知らされていた。
飛び入りの霧谷と違い、共にレベリングを行う予定だったはずの彼女に対して事前に告知がされていなかったのは、偏に彼女が【ベスティア】という組織の一員だからだ。
民間の探索者であれば、ギルドに報告していない”奥の手”の一つや二つは持ち合わせているものだし、そのこと自体責められるようなことではない。
当然、彼らが独自に得たアイテムについても、ギルドなどに報告する義務はない。
しかし、組織に所属しているシータは、自らが得た情報の秘匿を赦されていない。
つまり彼女は、指輪の存在を知った時点で、上司に報告しなくてはならないのである。
このことから、事前に指輪の情報を与えた場合、【ベスティア】がどのような動きをするか分からなかった篤史は、あえて彼女に情報を与えなかったのである。
尤も、五〇%上昇させる指輪を貸し出された時点で、シータの上司は組織内の調整などで多忙を極めていたため、よからぬ計画を企てるような余裕はなかったのだが、それはあくまで彼女らの事情。
探索者としては世界最強の存在となったとて、所詮は個人に過ぎないことを理解している篤史が、大国相手に警戒を緩めることはないのである。
で、警戒に警戒を重ねた結果、現地で予期せぬアイテムを渡されてしまったシータの心境を慮ることを忘れているが、それはそれ。
少なくともインドネシア側が損をしているわけではないので、篤史の判断に文句を付ける筋合いはない。
と言うか、むしろインドネシア側は(段階的にとはいえ)一方的に情報と現物を開示してもらっていることに感謝をするべき案件なのである。
組織としての感謝だの、個人としての文句だのはさておくとして。
問題を提起した霧谷にとって重要なことは、シータがこの指輪に関する情報を事前に持っていたか否かであり、シータの答えが“事前に知らされていなかった”と言うモノだったことである。
「それなら……良し!」
「……ソウ、デスカ」
シータの反応を見て嘘がないと判断し、滅多に見せない真剣な表情を崩す霧谷と、先輩からの圧力が消えて気が抜けたせいかカタコトになるシータの図であった。
「いやぁ、もしもシータちゃんが事前に知ってたら、ヤバかったね!」
「え?」
「拳、は出ないかもしれないけど、ケツバットくらいはしてたよ!」
「エェェェェェ……」
霧谷は冗談めかして言っているが、シータはしっかりと見てしまった。
彼女の目が笑っていないことを。
そして確信した。
もしも隠していたら、ケツバット以上のことをされていたであろうことを。
そもそも、霧谷が今回の探索に参加しようとしたのは、彼女自身のレベリングを行うためである。
さらに、保護者である西川を説得するために人質がどうとかともっともらしい理由を付けたが、根幹部分にあるのは『シータちゃんだけズルい!』という探索者としての本能のようなモノ。
加えて『ズルい』の中には彼女に貸し出された指輪の効果のことも当然入っている。
その上で、だ。
今回シータに貸し出された指輪は『ステータスの成長率を五〇%上昇させる指輪』ではなく、なんと『ステータスの成長率を倍加させる指輪』になっていたのである。
この事実を知らぬままレベルアップをした場合、シータと自分の間に生じるステータスの差は開く一方となってしまうではないか。
文字通り取り返しがつかない事案である。
そのことに怒りを抱かないほど、霧谷あやという少女は枯れていない。
大前提として、霧谷あやという少女は“社長令嬢兼アイドル”と聞いて世間が想像するような、お淑やかな少女ではない。
彼女は、物心つく前から西川のような血の気が多い連中に囲まれた上に、自らも資格を得た日からダンジョンに潜ってモンスター相手に魔法をぶち込んできた経験を持つことからもわかるように、己の歌唱力やダンスに必要な体幹を鍛えるためなら殺生も辞さないという武闘派の“お嬢さん”なのだ。
そんな『シータちゃんだけレベル上げしてズルい』と言って探索に飛び入り参加してくるような武闘派少女にとって、この指輪の効果が意味するモノは決して小さいモノではなかった。
もちろん彼女とて、この指輪が全ての探索者が心から欲するであろうことは理解している。
人によっては、というか、ほとんどの探索者がこの指輪の存在を知れば『殺しても奪い取る』と襲い掛かってきてもおかしくない逸品であることも理解している。
なので、もしシータから「稀少性や危険性を鑑みて秘匿していました」と言われたら、一応理解しようとしただろう。
抜け駆けはズルいと思うし、ケツバットで赦すとは思えないので、しばらくは臍を曲げるとは思うが、最終的に納得はしたはずだ。
そもそも彼女自身、他の同級生や先輩に内緒でレベリングに来ている――しかも指輪の存在を明かしていない――のだから、巻き込まれる形でこの場にやってこざるを得なかったシータに文句を付けられる立場ではないのだが。
ちなみに彼女らが所属する学校は、表向きは優秀な探索者やアイドルを育成する名門学校であり、その内実は撮影を兼ねたレベリングに先輩が保護者面して参加してくるような、友人知人含めて全員が競争相手という修羅の国である。
故に、もしも先日一緒に撮影兼レベリングに参加したメンバーが今回霧谷が取った行動を知ったら、まして前回と今回シータや霧谷に渡された指輪の存在を知ったら、彼女たちは間違いなく口を揃えてこう言うはずだ『あやちゃんとシータちゃんだけズルい!』と。
(夏休み明けには言われるかもしれないけど……まぁ、別にいいよね。シータちゃんも一緒だし。他の人たちだってそれぞれ頑張っているんだから、私たちだけどうこう言われることもないでしょ)
この業界、休みの日にこそ努力するのは当然のことなのだ。
それで差が付いたのなら、それは負けた方の努力が足りなかったと言うだけの話。
何か言われても「お~お~。負け犬がなんか騒いどるなぁ~」と笑って流せばいい。
先輩や教師に何か言われても「頑張りました!」とだけ言っておけばいい。
嫌がらせも怖くない。
どうせレベリングが終わるころには、他の連中とは天と地ほどの差が付いているのだから。
そもそも、インドネシアという東洋の大国をバックに持つシータや、Aランククランを擁する建設系企業である霧谷組のお嬢さんに嫌がらせができるような人間などそうそういるはずもないので、そこは心配する必要すらない。
(それとは別に、心配しないといけないことがあるんだよね)
学校生活についてはどうとでもなる。
アイドル活動についても、実のところそんなに執着していない。
もちろん、歌やダンスが上手くなったら嬉しいし、上達したそれらを見たファンの人たちが喜んでくれるのも嬉しいとは感じているが「アイドル活動に命を賭けます!」と言うほど没頭しているわけではない。
今はそれらの活動よりも、探索者としてダンジョンを探索したり、魔物相手に魔法をぶち当ててレベルアップをしている方が楽しいと感じているくらいだ。
そんな、思考がやや危険な方向に傾きつつある彼女が心配していること、それはシータ関連のことではく。
「飛び入り、か。……どういう扱いになると思う?」
「ん~支部長さん次第ですけど、今のレベルならとりあえずは“お客さん”じゃないですか?」
「そうなる、か。面倒を見るのは?」
「多分、支部長さんですよね。他の人に余裕ないし」
「だよねぇ……部下としては支部長には無駄な苦労を背負って欲しくないんだけど」
「仕方ない、と諦めるのは部下失格ですかね?」
「……難しいところよね」
(うん、はい。明らかに邪魔者扱いされてるわ。まぁ気持ちはわかるけど)
こちらを見ることなく話し合っている二人の少女。
学年的には後輩でありながら、見るからに自分よりも強い二人の探索者の機嫌があまり良くないように見えることが、今の霧谷にとって最も憂慮すべきことであった。
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