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6話 それ、アナタが勝手に勘違いしてたんですよね?

「なんやと!? 宝箱の中身を獲る方法があるんか!?」


「……ほう。さすがだな」


数分前まで「絶対に返さない!」と豪語していた筈の指輪を「あ、そっちのが貰えるならこっちは西川さんにあげる」とあっさりと返されたことで、世の不条理を感じていた西川さんも、さすがにこの情報は看過できなかったようで、すごい剣幕で俺と筧さんの話に割り込んできた。


無理もない。


探索者を始めたばかりで金がなかった奥野でさえ、宝箱に関しては物欲よりも嫌悪感が勝っていた。


宝箱の厄介さを噂でしか知らない奥野ですらそうなのだから、長年探索者をやっている西川さんにしてみれば、その事実は正しく青天の霹靂、驚天動地の大発見なのだ。


西川さんと同じくらいの経歴を持つはずの但馬さんの反応が薄い気がするが、彼に関しては、もう色々あって情緒がパンクしているだけのモノと思われる。


復活したら説明を求められるだろうが、それはそれで構わない。


重要なのは、彼らに宝箱の中身を得る方法を開示することなのだからして。


「……」


奥野の目が「それも教えていいのか?」と訴えかけている気がするが、問題ない。


だって、俺が覚えている限りこの時点でも【上忍】やギルドの連中は宝箱の中身を取り出す方法を知っていたし。


で、【上忍】が知っていたということは、いずれ情報が流出するということである。


ならば、教えないこと自体が俺への不信感を募らせる悪材料になりかねない。


結局コレは、隠していたら悪材料だが、早めに明かせば信頼の表れとなる情報であり、価値が下がってから公開(損切り)するよりも、価値があるうちに公開(利確)するべき類の情報なのだから。


ついでに、ここで西川さんたちにもその方法を教えてしまっては、筧さんへの補填にならないのではないか? と思われるかもしれないが、それも問題ない。


なぜなら、この情報を得たとて、今の西川さんらには活用することができないからだ。


その辺の事情に関しては後から説明するとして。


「前置きは良いから、はよう話してくれ」と言わんばかりにこちらを見つめる筧さんに、ギルドが秘匿している情報を渡すとしよう。


「宝箱の中身を得る方法、それは」


「「「それは?」」」


「宝箱ごと【商人】が持つスキルである【アイテムボックス】の中に入れることです」


「「「……はぁ?」」」


俺が明かした情報を聞いた但馬さんらが浮かべたのは「そうだったのか!」という驚きの表情ではなく、「嘘だろう?」という疑問交じりのモノであった。


「まぁ、そうなりますよね」


本来であれば、彼らが見せた態度に対して「せっかく教えてやった情報を信用しないのか?」と憤慨するべきなのかもしれない。


だが、元々(こんな感じになるだろうな)と予想していた俺に怒りの感情はない。


なにせダンジョンやジョブが確認されてから約五〇年。

探索者となった者たちは、ダンジョン内に出現した宝箱を得るためにあの手この手を尽くしてきた。

その上で、結果は全滅。

誰一人とて宝箱の中身を得ることはできなかったのだから。


当然、先達が行った試行錯誤の中には【アイテムボックス】を利用する方法だって含まれている。

と言うか、ダンジョン探索の黎明期にあって【鑑定】や【アイテムボックス】を持つことからチート扱いされていた【商人】こそ、宝箱を攻略する鍵として注目を集めていた。


それから少しして、できることが多すぎるせいで【商人】全体が社会的に警戒され始めた時期など、彼らは文字通り命懸けで――それも自発的に――宝箱に挑んだ。


そうすることで、彼らは『自分たちはダンジョンの中でも使えるんだ』と証明したかったのかもしれない。


だが、彼らの命を賭した献身があっても宝箱に仕掛けられた罠は突破できず。


最終的に【商人】はダンジョン内で使えない(正確には、使えるがプラスよりもマイナスの方が大きい)ジョブに認定され、そのまま犯罪者予備軍として扱われるようになってしまったのである。


これらの流れは、当然筧さんらも知っている。

なんなら、ギルドが公表した報告を疑って、自分たちでも色々と試したはずだ。


そうやって、色々と試した上で彼らは「宝箱には手が出せない」と結論付けたのである。


そんな経緯がある以上、俺のような小僧が明かした情報を軽々に鵜呑みにできるはずもない。


それでも、一言で「嘘だ」と切って捨てないのは、俺が持つアイテムの希少性の高さを知るが故だろう。


「一〇年以上探索者として活動している俺たちが見たことも聞いたこともねぇレアアイテム。その入手先が”宝箱”と言われれば納得するしかねぇ。しかし……」


「あぁ、俺らも色々試したけどな。『【アイテムボックス】の中に宝箱を入れた』なんてのは、見たことも聞いたこともないわ」


「同じく。そもそも宝箱って、近くに行った時点で罠が発動するでしょう?」


「そうですね。無策で【アイテムボックス】に入れようとすれば、罠にかかります」


ダンジョンの悪意という異名は伊達ではない。


無視しようとしても一定以内の距離に近づけば色々な事象が重なって勝手に開こうとするし、開けようとして近づけば勝手に開き、罠が発動するのが宝箱というモノなのだ。


だが、逆に言えば、開けようとすれば近くには寄れるのだ。

自発的に罠にかかろうとする愚か者を確実に仕留めるための習性なのだろうが、ここに宝箱攻略の糸口がある。


「実はですね。【商人】系のジョブはレベル二五になると【収納】というスキルを覚えるんです」


「……ほう」

「二五?」 

「それまた、結構なレベルやね」


「ですね」


情報を秘匿しがちな業界にあっても、レベルが三〇になれば上級職に昇格できることは広く知られている。

そのため、ダンジョンで活躍しようとする探索者の多くはとりあえずレベル三〇を目指すのが常となっているのだが、何事にも例外はある。


その例外の中でも最たるモノが【商人】系のジョブを得てしまった探索者たちである。


犯罪者予備軍として扱われていることを自覚している彼ら彼女らは自発的にレベルを上げようとはしないし、彼ら彼女らを抱えている組織とて、彼ら彼女らの反逆を恐れてか積極的にレベルを上げようとは思わない。


ほとんどの組織にとって【商人】の用途は、【アイテムボックス】を利用した運び屋や【鑑定】を利用した真贋判定にしかないからだ。


現在彼らの受け皿となっている藤本興業や河内連合に至っては、彼らをダンジョンに挑む探索者としてではなく、対素人さん用の戦闘要員や、現場における労働力としてしか見ていなかった。

なんなら、【商人】としての力を使うことを制限していたまである。


探索に連れて行かない者のレベルを上げてもしょうがない。

だからこそ彼らは【商人】のレベルを二五まで上げようとは思わなかったのだろう。


それこそがギルドの狙いと知らずに。


「これは数メートル先にあるモノを【アイテムボックス】の中に入れることが可能なスキルなんです」


「……なんと」

「つまり、そのスキルがあれば……」

「宝箱を【アイテムボックス】の中に入れられる、ってことなん?」


「えぇ、そういうことです」


「……兄さんの話が本当なら、【商人】の価値はもっと高くなるはずやな?」


宝箱の中身を得られる。

その情報が持つ意味は極めて大きい。


実際、この事実が公表されれば【商人】の扱いは今とは違ったモノになるはずだ。


では、なぜ、探索者のために存在するはずの探索者ギルドが、世間の勘違いを糺さないのか?


その疑問に対する答えは簡単だ。

自分たちで【商人】を抱え込むためである。


「あぁ。だが、それを馬鹿正直に明かすほどギルドも国も迂闊じゃねぇってことだろうよ」


「でしょうなぁ。現状、ほとんどの【商人】系のジョブを得た探索者は、自発的に国家権力に身を委ねようとしてます。お国にとっては極めて良い流れ。これを自分たちで断つはずがありませんわ」


現状、【商人】系のジョブを得た探索者は犯罪者予備軍として扱われている。


それは【商人】にはやれることが多すぎるが故のこと。


基本的に、なんらかの事件が発生した際に疑われるのは、第一に動機がある者であり、第二に手段がある者だ。


『やるかやらないか』ではなく『可能か不可能か』


そういう目線で見た場合、【商人】は疑われる要素が多すぎるのである。


やっていないことを証明する手段は極めて少ない。

特に、窃盗事件などに巻き込まれた場合、彼らは【商人】というだけで無実を証明することがほぼ不可能となってしまう。


疑われたら負けが確定する立場なのだ。

よって、彼らは”最初から疑われない立場”に就くことを強く望むのである。


それこそが国家権力の側。

つまりはギルドや警察、軍などの公的組織だ。


同僚や社会そのものに監視されることで、彼らは初めて己の無罪を立証できるのだから。


同時に、そんな悲しいジョブであるがゆえに、レベルが二五になった際に習得するスキルの利用方法にも気付かなかったのだろう。


いや、正確には気付いたはずだ。

しかしそれは、宝箱がどうこうではなく、もっと身近のことで。

具体的には『数メートル先にあるアイテムを【収納】できるなら、なんでも盗み放題じゃないか』という、犯罪行為に直結する利用方法に。


「【アイテムボックス】の中身は使用した者にしかわからねぇ。そこに【収納】が加われば、本当の意味でやりたい放題になる。そりゃ当人も『便利なスキルを得た』なんて言えねぇし、スキルを磨こうとも思わねぇか」


「せやな。それにこのスキルの詳細が明かされれば、ただでさえ肩身が狭い【商人】たちは、立場を向上させるどころか、さらに居場所がなくなってまうわな」


「普通に考えたら……よほど信用があるヤツ以外は処分しようとするでしょうなぁ」


スキルが便利なのは確かだが、その便利さが組織の中に不和を撒く。

下手に問題が発生する前に、問題を起こしそうなヤツを処分した方が早い。


普通はそう考える。


例外があるとすれば、スキルの保持者が組織の長である場合か、スキルを持つ者が絶対に裏切ることができない状況を作れる組織くらいだろう。


「で、ギルドや国はその辺の機微をうまく利用して、合法的に情報を独占していたってわけか」


「そうなりますね」


「事実を知った【商人】たちが内部で反発する、なんてことは……ないやろな」


「ないでしょう。社会的に見て【商人】の立場は、自己主張を赦される状態ではないですから」


「……だな」


【商人】とて人間だ。

上から押さえつけられれば、反発をすることもある。

しかし、自分から危険性を理解して口を閉ざすのであれば話は別。

特に国やギルドによって一か所に纏められている彼らは、職場そのものが常時相互監視されている檻のようなモノ。


彼らは、現状を脅かそうとする者を絶対に許さない。

たとえその情報が流布されることで自分たちの立場が上向く可能性があると理解しても、今よりも悪くなる可能性がある以上、それを公表するような真似は赦さない。

だからこそ、職場内で”【商人】が持つスキルの情報を秘匿するのは当たり前のこと”という空気が蔓延していようとも、その空気を改める心算は一切ない。


なぜか?

ギルドや国に従事しているという事実が、自分たちを護る盾だと知っているからだ。

その盾がなくなれば、自分たちがどのような扱いを受けるか知っているからだ。


そう確信している彼らが、ギルドや国家が不利になるような情報を明かすはずがない。


そして”探索者のために在る”と嘯きながら、探索者の中でも利用価値が高い【商人】に纏わりつく印象を変えようとしない、それどころか、定期的に【商人】の印象を悪化させる噂を流して彼らを自分たちに依存させようとする腹黒い連中によって運営されているギルドという組織もまた、自らが独占している情報を明かすはずがなかった。


(だからこそこれまで連中は宝箱の中身を独占できた。だが、それももう終わりだ)


一定の社会的立場を得た以上、悪の組織に遠慮する理由はなくなった。

ただし、堂々と名乗りを上げて敵対するような真似をする必要もないわけで。


(今の段階で公表するのは、あくまで【上忍】の死によって流出しそうな情報のみ。それだけでも周囲に恩を売れるし、ギルドの動きを掣肘できる。本格的に動くのは、各々が持つ弱点を完全に補ってからでいい。差しあたっては……シータさんと霧谷のお嬢さん、だな)


予期せぬ飛び入りのせいでいろいろと脱線したが、今回の目的は各々のレベリングと四〇階層の攻略である。


「宝箱の中身を獲れるなら、これから色々変わるな……」

「とりあえずレベリングからやな。ギルドに見つからんようにせんと……」

「あぁ、知ったことを知られたら邪魔されますか。その点コッチが有利。なるほど、確かにこれは僕らに対する”補填”ですなぁ」


そう。

ギルドのお膝元である東京にて、二つのAランククランがこれまで頻繁に連れて歩かなかった【商人】を連れてダンジョンに挑もうとすれば、ギルドは必ずそのことに気付く。


で、連中に我々が宝箱の中身を得る方法を知ったことを知られてしまう。


そうなれば、連中は必ず我々の邪魔をしてくるだろう。

襲撃などの物理的な妨害はもちろんのこと、法を改正して【商人】を囲い込むくらいのことはやってくる。


なんなら藤本興業や霧谷組のような中堅の建設業者を狙い撃ちするような法律を作って、圧力をかけてくるかもしれない。


それくらいのことはやってのける力があるし、それをやるだけの価値があるのだ。

宝箱の独占という果実には。


故に我々は、この情報が大々的に流出するまでは、この情報を得たことを連中に気付かれないよう、コソコソする必要があるわけだ。


対して、筧さんが所属する河内連合の拠点がある関西方面は、ギルドの力はそれほど強くない。

なんなら上層部に河内連合の息が掛かった人間が複数いるらしい。


なので、我々のようにコソコソしながら【商人】のレベリングをしたり、実験をする必要がない。


畢竟、彼らは西川さんらが本格的に宝箱の中身を得る準備が整う前に、関西方面のダンジョンで存分に宝箱を漁ることができる、というわけだ。


結果として彼らは、他に先駆けて利益を得るのだ。

この先行者利益じみたモノを得られる情報こそが、今回俺が筧さんらに指輪の現物を渡さない代わりに差し出した”補填”なのである。


「……まずは新宿のダンジョン以外でやるべきか?」

「せやな。監視が薄いダンジョンを見繕って……」

「その前にレベルを上げんといけませんけどな。信用できる【商人】を見繕わんと……」


尚も宝箱や【商人】の可能性について語る大人たち。

今の彼らから感じ取れる感情は、未知の領域に挑む恐怖よりも、宝箱に対する興味の方が勝っているように見えなくもなかったとか。

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