不死者の懊悩
地面には黒ずんだ闇の跡が残っている。
「ありえない…」
地面に残された黒い跡を見ながら、ハウゼンは呟いた
少し前には、ここに天使族の者が立っていた。
それがいつの間にか地面に現れた闇に引きずり込まれ、その姿を消してしまった。
太陽神の加護を持つ天使族の者が、闇に取り込まれるなどあろうはずもない。
それほどの力を闇の者が持つとはハウゼンは聞いたことがなかった。
ここはヴェルシュタイン公国の公都、ヴェルシュタットから西に行った海を望む街。
海の向こうにはキロス島が見える。
あの島には古くから天使族が住んでおり、昔から不死者である我々ヴァンパイアに何かとちょっかいをかけてくる。
どうやら輪廻の輪を逸脱している我々が許せないらしい。
我々が他の種族から快く思われていないことは百も承知のことだ。
だから我々は大陸の北の果てにひっそりと住み暮らしていた。
かつて大陸の西側でヒト種が覇を唱えたと聞くが、我らには関係のないこと。
その後大陸の東側をまとめていた魔王がおかしくなったようだが、わざわざ北の果てまでやってくることはなかった。
我々は静かに過ごしていたいだけなのだ。
幸いにも地形的に大陸の他の国から干渉されることはなかったが、どうにも北にあるキロス島の連中はそうではないらしい。
わざわざ海を渡って我が従僕たちに手出しをしてくる。
面倒この上ない。
我らから彼の者たちへと手出しはせぬと言うのに。
そもそも我ら月の女神の庇護を受ける者は、太陽神の加護には敵わないのだ。
その事が分かっているからこそ大人しくしているというのに、彼の者たちは執拗に手出ししてくる。
今回もいつもの如く天使族の者たちが海沿いのこの街に現れたというので来てみれば、先ほどのようにあり得ない光景を見せられた。
太陽神の加護を持つ者を闇に取り込むことなぞ我らにはできない。
そのはずなのに天使族の者が一人姿を取り込まれてしまった。
あれは一体何だったのだろうか。
あり得ない光景に呆然としてしまい、我の成すことを忘れてしまった。
五人ほどいた天使族の者も、すべて島へ戻って行ったようだ。
天使族を取り囲んでいた我が従僕たちも街に帰って行った。
しかし、あの者たちは何だろうか。
見覚えのある者もいたが、纏う気配が常のものとは異なっておった。
我ら月の女神の庇護を受ける者とは思えない強烈な存在感。
何かイヤな予感がする。
胸の内のザワつきを抑えてしばらく街に居てみたが、案の定天使たちはやってきた。
消えた天使を探すためか、あの黒ずんだ闇の跡の周りをしきりに気にしている。
天使族の気配を察知したのか、街から我が従僕たちが集まってくる。
どういうことだ?!
自ら天使族に向かっていくとは。
我が従僕たちにはそれほど力はない。
それが故に気配を察知し危険には近づかないハズなのに。
我先と天使たちに向かっていく。
それに気づいた天使たちが我が従僕たちを攻撃する。
しかしダメージを与えている感じはしない。
逆に太陽神の加護を持つ者の攻撃をはじき返しているようだ。
むぅ~、我が従僕と思っていたがその力は計り知れない。
我が闇のものとは別の存在となってしまったのか。
十人ほどいた天使たちが、我が従僕たちに押されていく。
どうやってこれほどの力を身に付けたのだ。
とても目の前の事実を認めることができない。
空を飛び、我が従僕を攻撃せんとしていた天使が地に降り立つ。
離れて攻撃しても埒が明かない思ったのだろうか。
だが、その天使の足元には闇が広がっていく。
天使が気付いたときは遅かった。
天使は足を闇の手に絡み取られ、引き摺り込まれていく。
このままではあの天使族は消えてしまうだろう。
我は思わず、闇に取り込まれようとしている天使に近づいた。
そして闇の剣を取り出し、天使の足元に絡みついていた闇の手を切り飛ばす。
囚われていた天使は我を見て呆然とするが、すぐに仲間たちの許へと飛び去った。
それを見ていた天使族の中から、一人強烈な存在感を放っている者が我の前にやってきた。
「何故助けたのだ。」
こ奴は天使長と呼ばれる者。
ティリスと言ったか。
不思議なものを見るように我に問いかけてきた。
「このようなことあろうはずがない。我らには天上の者を闇に引きずり込むような力はない。何かおかしなことが起きているのか?」
天使族の有様を見ていて、つい疑問が口をついた。
「確かに、闇の者が光を取り込むことは異常と言えよう。しかし、完全にないとは言えない。もしかすると……」
ティリスも不思議に思っていたようだが、何やら思い当たることもあるようだ。
是非とも聞いてみたいのだが。
「そなた、何か知っておるのか。我が従僕たちがおかしくなった原因を。」
ティリスは首を振りながら呟く。
「……あり得ない。そのようなこと。あってはならん。あのお方が消えてしまわれる。」
何かを振り切るように首を振り、最後には力なく呟く。
あのお方とは、もしや………
確かに天使族にとってはあり得ぬこととなろう。
まさかとは思うが、終わりが近いのか。
その昔聖戦と呼ばれるものが起きた時、大陸の西側は更地になったという。
まさかこの地でそのようなことが起きるのか?
人智を越えた戦いなど我らは望まん。
その先には滅びしか見えん。
我らはこの地にも留まれんということか。
我らにどこへ行けというのだ。
この北の果ての地を捨てて。




