06-B
椅子に腰掛けると、フランカも座る。
窓の外には、広大な草原が広がっている。
その向こうに、マサーナの街並みがあった。
「……とても綺麗な場所だね」
思わずそう漏らすと、フランカは「ええ」と頷いた。
「と言っても、この景色をゆっくり楽しめるようになったのは、つい最近のことです。今までは、お兄様と共に各国を巡っていましたからね」
豊かな緑をその瞳に映しつつも、彼女の目は別の何かを見ているような気がした。
「それって、傭兵候補生制度を広めるっていう……」
「そうです」
フランカは、こちらへ顔を戻す。
「私は傭兵ですから、お兄様の護衛の1人として同行させていただいたのです。そして、一国一国と、お兄様がその国の政府と会談をなさっている間、私は傭兵の仕事に勤しんでおりました」
へぇ、すごいな。
ただ待ってるんじゃなくて、仕事もしてたのか。
「でも、護衛の仕事は良かったの?」
傭兵として働いていたということは、その間、護衛の仕事はしてなかったということだ。
するとフランカは、苦笑いを浮かべる。
「私もそう思ったのですが、お兄様が、傭兵として働いてきたらどうだと仰ったのです。会談の間は城の中にいるから、護衛は最小限でいいと。それで私はそのお言葉に甘え、各国で傭兵として働かせていただいたのです」
なるほど。
「会談は何日にも及ぶのが普通でしたので、時折お兄様のもとへ戻りながら、様々な仕事を経験させていただきました」
そう言ってから、「そのおかげで……」と立ち上がるフランカ。
部屋の隅へ行く彼女を目で追っていると、何かを持って戻ってきた。
「傭兵になってちょうど1年で、昇級することができたのです」
その手にあるのは、Dランクを示すマーセナリーライセンス。
「えっ? フランカさんも?」
思わず立ち上がる。そして、自分のライセンスを取り出す。
「あら。もしかして、ティナさんも?」
「うん!」
じっと見つめ合う。そして同時に、笑みがこぼれた。
「おめでとうございます、ティナさん」
「フランカさんこそ、おめでとう!」
お互いに遅ればせながらな感じだけど、だからこそ、今日再会できて良かったと思う。
会ってなかったら、こうして祝い合うこともできなかったんだから。
「!」
そんなほんわかとした空気を、ドアをノックする音が一変させた。
瞬時に、フランカの顔が強張る。
私も、たぶん同じような顔になっているだろう。
ロザリーとキアラが、素早くドアの前まで移動。
そして、耳を澄ますようにドアに身体を寄せる。
数秒後、ロザリーの手によってドアが開かれた。
一体、誰が来たんだ?
「……あ」
ささっと入室してきたのは、男女2人。どちらも、見覚えがある人物だった。
「……レオーネさん。ジゼルさん」
思い出した名前を口にする。
「ふん。やはりお前だったか」
長身で黒髪黒瞳の青年が、不機嫌そうに目を細めて私を見据える。
「ティナだったかしら。お久しぶりね」
暗い茶色の髪を後ろで束ねている、切れ長の目をした美女が、薄っすら微笑む。
レオーネは、フランカの護衛を務めている青年だ。
とにかくフランカ一筋で、ちょっと鬱陶しいくらい。
ジゼルは、ロザリーやキアラと同じく、フランカの使用人。
そして、その2人の上司でもある。
レオーネたち4人は、城を抜け出す決意をしたフランカに同行し、今に至っている。
「レオーネ。ジゼル。お姉様は何をお話しになったの?」
ライセンスをテーブルに置き、2人のもとへ歩み寄るフランカ。
……もしかして、王女の話を盗み聞きさせてたのか?
問われた2人は、何やら浮かない顔になる。
「どうしたの?」
その様子に何かを感じ取ったか、小声になるフランカ。
レオーネが先に「それが……」と口を開いたものの、隣のジゼルがそれを止めた。
その目は、私に向けられている。
それに気付いたフランカが、「いいから、話しなさい」と口調を強める。
すぐにフランカへ視線を戻したジゼルが、口を開く。
「……国王様のご容態が、思わしくないようです」
「え……?」
国王の、容態?
え? 王様、病気にでもかかったのかな……。
「お医者様には、最悪の事態も覚悟しておくよう言われたそうで」
最悪の事態って、……それって、そういうこと、だよね?
いつの間にそんなことに?
「……それで、お兄様に城へお戻りになるよう仰りにいらしたのね、お姉様は」
フランカの言葉に、視線を伏せたままのレオーネが「はい」と頷く。
……遊びに来たわけじゃなかったんだ。
でも、そんな素振り全然見せなかったな、あの人。
もしかして、わざと明るく振る舞ってた、とか?
「それで、お兄様は何と?」
「ヴァレリアーナ様はどうやら、シルヴァーノ様をすぐにでも連れ戻すおつもりのようです」
「えっ?」
ジゼルの報告に、フランカは固まる。
「それで先ほど、シルヴァーノ様はヴァレリアーナ様と共に城へ戻ることをお決めになりました」
報告を継いだレオーネは、心配そうな瞳をフランカに向けた。
フランカは俯き加減のままこちらへ戻ってきて、すとんと椅子に腰を下ろす。
これはたぶん、彼女にとっては複雑な問題だろう。
城を出る原因となった父親が、今、命の危機に瀕している。
覚悟を決めて城に戻るか。それとも、戻らずに父の死を待つか。
きっと彼女は、葛藤していると思う。
一体、どんな答えを出すのだろうか。
「姫様……」
ジゼルの声に反応するように、フランカは顔を上げた。
「報告ありがとう。ご苦労様、ジゼル。レオーネ」
フランカの声は、とても静かだった。感情もほとんど感じられない。
「悪いけど、ティナさんと2人きりにしてもらえる?」
そう言われ、使用人たちはそれぞれ顔を見合わせる。
そしてもう一度フランカを見てから、彼らは部屋を出て行った。
フランカは席を立ち、窓辺へ。
私はその背を見つめながら、彼女の言葉を待った。
「……お姉様がいらっしゃる前にね、お兄様にお願いして、ジゼルとレオーネを応接室に忍ばせておいたのです。窓の近くに仕切りなどを置いて、その裏に隠れさせて。お姉様のお話を聞いた2人が部屋を抜け出して、ここへ来られるように」
何を語り出すのかと思えば、盗み聞きのカラクリだった。
私が反応をしないでいると、彼女はそのまま話を続ける。
「……お父様のことは、以前より、お姉様からの手紙で知っていました。1年ほど前から少しずつお身体を悪くされて、最近では、ベッドからほとんど起きられない状態になられていたということも」
フランカは、淡々と語り続ける。
「しかし、お兄様はロクに手紙の返事を出されておらず、ですからお姉様は、直接お父様のことをお伝えにいらっしゃったのだと思います」
なるほどね。
まぁ、王子もいろいろ忙しかったんだろうし、仕方ないか。
……よし。ここらでちょっと話をしてみるか。
そう考えつつ、フランカの隣に並んで、窓外の景色を視界に収める。
「それで、フランカさんはどうするの?」
まさか、王子に同行するとは言わないだろうけど……。
「……わかりません。ですが、このままでいいとは思っておりません」
チラッとフランカの顔を見れば、その目はしっかりとこちらに向けられていて、ドキッとした。
「城にいる時は、お父様に毎日辛く当たられ、冷たい態度を取られ、一度も優しくしていただいたことはありませんし、笑顔を向けていただいたこともありません」
私からゆっくりと目を逸らし、俯き加減のまま喋るフランカ。
「そして、あの一方的な結婚話。我慢の限界でした。あの時ほど、お父様のことを憎んだことはありません」
その時の記憶が蘇ったのか、フランカの顔が不快げに歪む。
そして、大きな溜め息。
「……ですが、どうにも憎みきれないのです。駄目ですね。断ち切ったつもりでいたのですが、全く断ち切れていなかったようです」
苦しげに、目をぎゅっとつぶるフランカ。
そりゃあ、そんな人でも一応父親なわけだし、やっぱり親子の縁っていうのは、そう簡単には切れないものだと思う。
「ティナさん。私は一体、どうしたらよいのでしょうか」
フランカの目が、ゆっくりと開く。
そんなこと聞かれてもって感じだけど、何か言ってあげないと……。
……王女の話から考えれば、おそらく王様はもう長くはない。
フランカは、王様からの扱いに不満を爆発させて家出したわけだから、その王様がいなくなれば、家出を続ける理由が無くなるってことだ。
そう考えると、王様が死んでから城へ戻るというのが、フランカの精神衛生的にはベストな選択なんだろう。
でも、さすがにそれは自分勝手過ぎるし、現実的では無い。
もしそんなことを本当にしてしまったら、人間性を疑われても仕方ないと思う。
だって、たとえどんなに嫌な奴でも、王様はフランカの父親なんだよ?
親が苦しんでいるのに、それを無視して死ぬまで待つなんて、そんなのあまりに非人間的すぎるじゃないか。
「……フランカさんの気持ちを考えると、今すぐ会いに行くっていうのは難しいと思う。でも、いつか必ず、遅くとも王様が亡くなる前にどうにかして会いに行って、顔を見せてあげるべきだと、私は思うよ」
私に言えるのは、せめてこのくらいだ。
あとは、フランカ自身が決めることだから。
長い沈黙の後、フランカは静かに顔を上げた。
「……そう、ですね。お父様に何と言われようと、お会いするべきですよね」
その瞳には、何かを決意した輝きがあるように見えた。
それでいい。まずは、そう思うことが大事だよ。
……でも、どうしても気になることがある。
「フランカさん」
彼女もきっと、疑問に思っているだろう。
「なんですか?」
綺麗な瞳が、こちらに向けられる。
「王様に会ったら、聞いてみなよ。どうして自分に冷たくするのかって」
「えっ?」
フランカの顔が、強張る。
「今まで、聞いたこと無いんでしょ?」
彼女は小さく頷いた。
「……だったら、教えてくれるかも」
王様に隠す気が無ければ、だけど。
「フランカさんも、気になっているんでしょう?」
まさか、知りたくないだなんて言わないだろう。
案の定、フランカは頷く。
「ずっとお聞きしたかったことです。でも、何を言われるのか不安で、怖くて聞くことができないまま……」
彼女の手が、ぎゅっと握られる。
「……最後、かもしれないんだから、きっと聞けば教えてくれるよ」
最後という言葉をことさら強調してみると、フランカは一瞬、悲しそうな顔を見せた。
「……そうですね。最後かも、しれないのですよね」
その後、少しの間、フランカは黙って外を見続けていた。
でも、たぶん、その目に綺麗な緑は映っていなかったんじゃないだろうか。
私とフランカは、以前の再開から今までのことを、話して聞かせ合った。
少し暗くなっていたフランカは、すぐにいつもの調子を取り戻して、いろんな国での様々な出来事を聞かせてくれた。
ほとんどオルトリンデにいた私より、よっぽどいろんな経験をしていて、ちょっと悔しかったな。
王子の別荘での滞在時間は、2時間と少し。
あっという間に、カランカへ帰る時間がやってきた。
「ちょっとティナ! あなた大丈夫なの? 体調を崩したと聞いたけど」
「へ?」
1階へ降りた私に駆け寄ってきた王女は、私の肩をガシッと掴んで顔を近付けてきた。
……何のことだ?
ふと、そばにいる王子に視線を向けると、彼はニコッと意味ありげに微笑んだ。
……ああ、なるほどね。
フランカに会いに行った私のために、やっぱり一芝居打ってくれてたんだな。
「……だ、大丈夫ですよ。ちょっと貧血気味でクラッときただけです。ベッドで寝てたら治りました」
そう努めて明るく言ってから、両の手で握り拳を作って見せる。
「そう? ならいいけど。でも、具合が悪かったんなら、ちゃんと言いなさいよ」
王女は、本気で私のことを心配してくれているようだ。
「あ、えっと、その、……ここに着いてから、急に具合が悪くなったというか……」
「そうなの?」
あとは、とにかく笑って誤魔化すことにした。
王子が用意してくれた馬車二台に、王女たちが乗り込んでいく。
王女は王子と一緒に乗りたいと言ったので、私はルイスと2人、もう一台の方に乗ることになった。
客車に乗り込む前に、ふと気になって、2階を見上げる。
「!」
すると、あの部屋の窓辺に、彼女の姿があった。
私が手を振ると、彼女も手を振り返してくれた。
そして一つ頷き、客車の中へ。
「誰に手を振っていたんだ?」
席に座る私に、ルイスが問いかけてくる。
「えっと、さっきまで私を看病してくれていた人に。とっても優しい人なんですよ」
咄嗟に、嘘をつく。……たぶん、顔には出ていないはず。
その証拠に、ルイスは「そうか」とさして気にしていない様子だ。よしよし。
馬車が走り出す。
窓から見える王子の別荘は、次第に小さくなって緑の向こうへ消えた。
カランカに着く頃には、予想通り、夜になっていた。
王子と王女に城まで同行するというルイスには、ここに着くまでの間に、このまま家へ帰ることを伝えてある。
だから私は、王子たちとの別れを済ませて、今こうして、彼らの背中を見送っている。
「!」
ところが、なぜか王子が1人、私のもとへ駆け戻ってきた。
何事かと驚く私の前までやってきた王子は、「言い忘れていたよ」と右手を差し出してきた。
「君たちの働きが無ければ、傭兵候補生制度の有用性を証明することはできなかった」
そして、「ありがとう」と微笑む王子。
各国に、傭兵候補生制度を広めるために活動を続けていた、シルヴァーノ王子。
それを成功させられたのは、私たち第一期傭兵候補生のおかげだと言ってくれたんだ。
そのことが嬉しくて、謙遜するのも忘れてた。
私は「はい!」と王子の手を握る。自然と、笑みが浮かんだ。
王族に認められたんだもの。
きっとこのことは、思い出として私の中に残り続けるだろう。
帰りの汽車、私以外誰も乗っていない車両。
ちょっと固めの背もたれに身を預け、真っ暗な窓の外を見つめながら、物思いに耽る。
ガタゴトという揺れが、妙に心地良い。
……フランカは、大丈夫だろうか。
ちゃんと、王様に会うことができるだろうか。
気になるけど、ここで私がどうこう考えていても仕方ない。
彼女は私の親友だけど、このことに関しては、私は部外者なのだから。
そうだ。私には関係無い。
どうするか決めるのは、あの人なんだ。
私は、私のことを考えよう。
……と言っても、仕事のことくらいしか考えることが無いんだけど。
「……」
恋、のことは、まぁ、今は保留かな。




