06-A
しばらく黙っていたヴァレリアーナ王女だけど、やがてある話を始めた。
それは、妹のフランチェスカ王女の話。
妹のことには関わらないようにしていたと言っていた王女だけど、やっぱり多少は気になっていたのか、兄であるシルヴァーノ王子から妹の話を聞いていたらしい。
彼女が、私の父クレイグ・ロンベルクのファンで、父の活躍が書かれた新聞記事を切り抜いて集めていたとか。
父親に辛く当たられた後は、いつも一人で本を読んでいたとか。
そういう、日常の話だ。
私はそれを、適当に相槌を打ちながら聞いていた。
王女の話す昔話は、ほとんどその本人から聞いていることなので、新鮮さは無い。
王女がもっとあの人と関わっていれば、違った話も聞けたんだろうけど。
それでも、彼女の話を聞いている内に時間は経ち、目的地が近付いてきていた。
西部の街の一つ、マサーナ。
ファミリアが割りと多い東部や南部とは異なり、大陸の中央に近い西部には人が多く、ここマサーナも、豊かさや平和という言葉がよく似合う大きな街だ。
首都カランカには及ばないものの、駅を出た先にあったのは、大勢の人々が行き交う喧騒だった。
立ち並ぶ建物はいずれも大きく、都会って感じ。
「王子の別荘は、街の北側でしたかな?」
ルイスの問いに、王女は「ええ、そうよ」と答える。
「北の外れに広がる草原の中にあるの。ここから、馬車で1時間ってところかしら」
えっ、まだ随分あるんだな。
往復で2時間か。今日中に家に帰れるかなぁ……。
馬車に乗って、マサーナの北へ。
王女が言っていた通り、じょじょに民家の密度が減っていき、草花が生い茂る自然へと景色が変わっていく。
そして草原の中に見えてくる、一軒の屋敷。
王女は、「あれよ。やっと着いたわね~」とちょっとお疲れの様子。
その大きな屋敷が近付くにつれ、緊張感が高まってくる。
……あそこに、あの人がいるんだ。
果たして、再会を喜び合う暇はあるんだろうか。
門をくぐって敷地に入ると、長い道の先にある屋敷の扉が開いた。
そして姿を現した何人かの中に、見覚えのある人物を見つける。
シルヴァーノ王子だ。
馬車が止まり、御者が客車のドアを開けた途端、王女が飛び出していく。
「お兄様!」
自分の胸に飛び込んでくる王女を、王子はがしっと受け止める。
王女と同じ色の綺麗な髪が、さらりと揺れた。
「待っていたよ、ヴァレリアーナ」
初めて会った時から全く変わっていない綺麗な顔には、優しい笑みがある。
「お待ちしておりました。姫様」
王子と一緒に屋敷から出てきた数人の男女は、どうやら使用人のようだ。
普通の格好をしているからわからなかったけど、「姫様」って呼ぶってことは、そういうことだよね。
王子から離れた王女は、彼らに「出迎えご苦労様」と労いの言葉を返す。
「お久しぶりです、シルヴァーノ様」
ルイスが前に出て、王子に挨拶をする。
「ルイスか。いつも妹が迷惑をかけているようで、苦労をかけるね」
「お言葉ですがお兄様。私、ルイスに迷惑をかけたことなど、一度たりともございませんわよ? ねぇ、ルイス」
王子の言葉にすぐさま反論した王女に対し、ルイスは「ええ、もちろん」と微笑む。
「姫様の護衛を務めさせていただけるなんて、これほど光栄なことはありませんからな」
本心なのか社交辞令なのかわからないけど、王子は「そうか」とルイスの言葉を信じた様子。
「レイラもソーニャも、ご苦労だったね」
王子の労いの言葉に、2人はビシッと姿勢を正して「ありがとうございます」と返した。
そして最後に、王子の視線が私へ向けられる。
その顔に、一瞬驚きのような感情が現れて消えた。
「久しぶりだね、ティナ。前に会ったのは、1年くらい前かな」
「あ、はい。お久しぶりです、シルヴァーノ王子」
やっぱり緊張するなぁ。
「あら、お兄様。ティナのことをご存知なの?」
王女は意外そうな顔で私を見る。
「ああ。以前、一度だけ会ったことがあるんだ。マーセナリーライセンスを渡すためにね」
王子の答えに、王女は「へぇ」と漏らす。
「さて。立ち話もなんだから、そろそろ中へ入ろうか」
王子がそう言うと、すぐに使用人たちが動き出し、玄関の扉が開かれた。
屋敷のエントランスは二階まで吹き抜けになっており、小さな家くらいなら入りそうなくらいに広い。
壁も床も綺麗で、しかし派手さは全く感じない落ち着いた雰囲気。
もうちょっと金ピカな感じを想像していたけど、その勝手なイメージに合うような物はどこにも見当たらなかった。
王女やルイスたちが使用人らによって案内されていく中、王子は歩く速度を抑え、私の隣に並ぶ。
そして、小声で喋り始めた。
「あの子なら、二階の一番奥の部屋にいる。会いに行ってやってくれ」
「え?」
目を合わせると、王子は優しく微笑み、頷いた。
「ヴァレリアーナが来ると聞いて、あの子はとても不安がっている。行って、安心させてやってほしい」
「お兄様? どうされたのですか?」
その時、前方を歩く王女の声が届く。
「じゃあ、頼んだよ」
「あ、はい」
王女のもとへ早足で向かう王子の背中に、私は慌てて返事をした。
そして、少しずつ歩く速度を下げ、隙を見て踵を返し、エントランスへ。
そこにある階段から二階を見上げ、駆け上がった。
二階へ上がり、左右に伸びる廊下の先を見る。
一番奥の部屋って、どっちの一番奥だ?
「!」
と思ったら、右の廊下の一番奥に、誰かがいるのが見えた。
部屋のドアが少し開き、誰かがこちらを覗いている。
あれって……。
そちらへ向けて一歩を踏み出すと、その誰かは顔を引っ込め、ドアが閉まった。
廊下の両側にあるいくつもの部屋。
ドアを隔てて、中から人の気配を感じる。
たぶん、王子の活動に賛同している人たちが、ここにはたくさんいるんだろう。
そんなことを考えながら歩き続け、廊下の一番奥の部屋の前に立つ。
……なんだか、ドキドキしてきた。
意を決して、ドアをノック。
「フランカさん、いる? 私だよ。ティナだよ」
そう言ってみるけど、中からは反応が無い。警戒しているのか?
「!」
もう一度声をかけようとした直後、カチャッと静かにドアが動く。
そしてゆっくり小さく開いたドアの向こうから、二対の瞳が私を見据えてくる。
濃い青色の瞳と、濃い茶色の瞳。
あ、この2人、もしかして……。
えっと、名前は何ていったかな……。
「……キアラさんと、ロザリーさん、だっけ? 私のこと覚えてる? フランカさんと一緒に試験を受けた、ティナ・ロンベルクです」
すると、ドアがさらに少しだけ開き、青みがかった黒髪と赤みがかった茶髪がぴょこっと出てきた。
「あ、あの、……ぅわぁ!」
2人は廊下の向こう、私が歩いてきた先を確かめてから、私の腕を2人でぐいっと引っ張って、部屋の中へ連れ込んだ。
「おっとっとっと……」
その勢いに転びそうになったけど、どうにか耐える。背後で、鍵を閉める音。
そして……。
「ティナさん?」
「!」
顔を上げると、ふわふわっとした茶色の髪を揺らしながら近寄ってくる、綺麗な女の子がいた。赤い縁のメガネをかけている。
その姿を見た途端、ぶわっと感情が溢れ出す。
気付けば、私はその子に抱きついていた。
彼女の腕も、私の身体に回される。
「お元気そうですね、ティナさん」
「フランカさんも、元気そうで良かった」
この人はフランカ・アルジェント。私より二つ歳上の、私の親友だ。
会うのは、もう何ヶ月ぶりになるだろうか。
「窓から、お姉様のことを見ていたのです。そうしたら、ティナさんに似ている方が馬車から降りてこられてまさかと思ったのですが、それが本当にティナさんだったなんて」
そして、私の目というか、それより上の方に目をやるフランカ。
「……ティナさん、また大きくなられました?」
「え、そうかな」
言われても、いまいちピンとこない。
「それに、なんだか逞しくなられたみたい」
ああ、それは確かに自覚あるかも。
「フランカさんは、少し大人っぽくなったね。なんだか、前より綺麗になったように感じる」
具体的にどこが大人っぽくなったか聞かれると困るけど、なんとなくそう感じたんだ。
「あら。それならティナさんだって同じですわ。以前お会いした時よりも、ずっと女の子っぽくなられて」
ニコッと笑うフランカ。
「女の子っぽく?」
「ええ。とても可愛らしいです。うふふ、恋でもされました?」
「えっ?」
ドキッとすると、フランカの笑みが深まる。
「ティナさんにも、とうとう春が来たのですね。お相手はどんな方かしら。ふふ……」
「あ、いや、その……」
なんだか、すごく恥ずかしくなってきた。話を逸らさなくちゃ。
「えぇっと、……あ、そのメガネ、まだ使ってるんだね」
たぶん、私の顔には、かなりわざとらしい笑みが浮かんでいることだろう。
フランカは私から身体を離し、メガネに触れる。
「もちろんです。大切な方からのプレゼントですから」
ほんのり頬を染めるフランカ。
その赤縁のメガネは、以前、私の父が彼女にプレゼントした物だ。
「このお屋敷にいらっしゃってからは、毎日かけておられるの」
そこで、青みがかった黒髪の少女、ロザリーが割り込んできた。
「そうそう。どこへおいでになる時も、必ずかけてらして」
赤みがかった茶髪の少女、キアラもそれに続く。
そして2人で顔を合わせ、「可愛いよね~」、「ね~」などと盛り上がる。
それを聞いたフランカは、「もお」と恥ずかしそうだ。
ロザリーとキアラは、フランカの使用人。
今は普通の格好をしているけど、この子たちはメイドだ。
……まぁ、2人のメイド服姿は、まだ見たことが無いんだけど。
そして、このフランカ・アルジェントという女の子。
実は、その名は偽名で、本当の名前が別にある。
オルトリンデ王国の第二王女、フランチェスカ・オルトリンデ。
彼女はずっと、身分を隠して生活している。
「何度も壊れかけたんだけど、その都度、お店へ行って直していただいて。……ねぇ、姫様」
「お店の人には、新しいのにしたらどうかって、何度も言われているの。……ねぇ、姫様」
ニヤニヤとしている2人に対し、フランカは「だって、代わりなんて無いんだもの」とさらに赤くなる。
……うん。確かに可愛い。
「ところで、ティナさん。下に、……お姉様のもとにおられなくてもよろしいのですか?
急に表情を引き締めるフランカ。
「え? あ、たぶん大丈夫。王子に、フランカさんに会いに行ってほしいって言われたから、きっとうまく言い訳してくれていると思う」
とは言ったものの、本当に大丈夫なんだろうか。
私のことを気にした王女が、ここに来たりしたら……。
そんな心配をよそに、フランカは「そうですか」と安心した様子。
……まぁいいか。たぶん大丈夫だろう。
「あ、ごめんなさい」
突如、フランカがそう発した。
何事かと思ったら、フランカは窓辺にあるテーブルを手で示す。
「長旅でお疲れでしょうに、ずっと立ち話を。さぁ、お掛けになって」
「ああ、そんなに気を遣ってくれなくても、大丈夫だよ」
けれど、すでにフランカが椅子のもとまで移動していたので、遠慮はやめて従うことにした。




