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「やぁ、王様。いい月夜なのに今日も仕事とは一国の統治者とは大変だねぇ~」
人々が寝静まった夜更け、いつものようにランプの明かりのもと執務に勤しんでいた王の下に現われたのは煮ても焼いても喰えないどころか煮ることも焼くことも不可能なゲテモノだともっぱらの評判な最古の魔術師。
青年とも少年ともつかない曖昧な声と体格。
その姿はフードに覆われ、彼の姿を見たものはいない。
ただ、永き時を生きてきているせいかいつもの飄々とした物言いの中にも生き飽いた者特有の達観した感情を覗かせることが多々あった。
外見はともかく中身は自分などより遙かに老成している相手。しかも厄介なことにこちらのことは生まれた時から知っているためやりにくいことこの上ないのだ。
正直いって、何度も顔をあわせたい相手ではない。
「何の用だ。魔術師」
素っ気無く問いかける王に魔術師は笑ったようで影が少し揺れた。
ランプの明かりに照らされた魔術師はどこか見たことのない怪物を思わせる。
油断したら骨すら残さず喰われそうな錯覚さえ、起こさせた。
いや、喰われないまでもこいつは………。
「ねぇ、王様。君はまだ、リカルド王子を遠ざけるの?」
直球過ぎる質問に王は表面上は何も反応を返さなかった。
ただ、その時丁度、確認していた書類にはいつもよりも強い筆跡のサインが残されていた。
王の動揺が現われたのはそこだけ。表情にも動作にも一切感情の揺れを見せなかった。
だが、そんな王の心内などお見通しだと言わんばかりに魔術師は話しを続ける。
「健気だよ~~~?君に認めてもらうために彼は子供らしさを捨て、必死に大人になろうとしている。貴方に誇りに思ってもらえる王子になろうと、努力を続けている」
「………」
魔術師は語る。
王は静かに仕事を続けた。
「まだ、認められないのかい?君の最愛の人が彼(息子)の命と引き換えに失われてしまったことに」
「………貴様には関係ないだろ」
ようやく発せられた王の言葉は一切の感情をそぎ落としたかのような機械的なものだった。
触れるなとそう、願っていることを知っているだろうに魔術師はあえてそこに踏み込む。
土足で、容赦なく。
「今の君を見て彼女は………いや、彼女達はどう感じるかな?君の幸せを願っていた人と君に息子を託し、死んでいった人は」
魔術師は知っている。
彼が何を大切に思っていたか。
そしてどのようにそれらを喪っていったのかを。
幸せを奪っていた残酷な運命を。
全て、全て、この魔術師は知っている。
そして、知っている上で王の心を踏み荒らす。
「魔術師!」
堪えきれず怒声が零れた。
執務のテーブルからインクのつぼが倒れ、黒く染めていく。
黒く黒くじわじわと他の色を塗りつぶしていく。
まるで魔術師の放つ言葉のように全てを黒に染めあげた。
「ねぇ、王様。喪ったものばかり見ている君に忠告してあげるよ」
魔術師の姿がドンドン影と同化していく。
薄れていく姿に反して声だけは強くハッキリと聞こえてきた。
「死者ばかり見ていると本当に見るべき生きている者を見失ってしまうよ」
まるで足元に石があるよと気軽言うかのようなその声を最後に魔術師の気配が消えた。
じじっとランプの芯が燃える音が微かに聴こえる。体中の力が抜けたように王は椅子に座り込み、そして顔を手で覆った。
魔術師は気まぐれで………残酷だ。悪意なく一番触れて欲しくない部分に無遠慮に踏み込んでくる。
失ったもの。残されたもの。
その重さと尊さは等しいのか否か。
十年前、妻が死に息子が生まれた時から………いや、それよりも前、「あの子」がいなくなってしまってからずっと問い続けていた。
最初の喪失は妻がいたから乗り越えられた。
でも二度目は………支えであった妻の死は………。
『父上』
脳裏に浮かぶのは十歳になる息子の姿。
親らしい言葉すらかけたことのない父親をそれでも必死に慕ってくれるやさしい息子。
『死者ばかり見ていると本当に見るべき生きている者を見失ってしまうよ』
脳裏で再現された言葉に拳を強く握り締める。
「そんなこと………貴様に言われずとも私が一番よくわかっている!」
それでも、失ってばかりの弱虫な王は手の内にたった一つ残された息子に向き合うのが怖かった。




