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「こんにちは~~~~」
いつものように異世界配達にくるとなにやらリカルド君が忙しそうに書き物をしていた。
魔術師さんの姿は見えない。
はて、いつもなら私達が来たらどこからともなく現れるのにおかしいな?
そんなことを考えつつ顔もあげず一心不乱に手を動かすリカルド君に近づく。
ざくろちゃんがちょこちょこと足元を歩いている。
「なにしているの?」
リカルド君の手元を覗き込めばたくさんの数値やらが書き込まれなにやら難しそうな単語が並んでいた。
うっ!見ているだけで頭が痛くなりそうな書類だ。
「ん?ああ。ナツ?もうそんな時間か」
キリがよかったのかペンを置くとリカルド君が腕を伸ばして身体のほぐし、私に向かってにかっと笑う。
「報告書をつくっていたんだ。待たせたな」
「それは別にいいけど………報告書って施設の?」
「ああ、ようやく王に………父上に報告できるだけの成果がでてきつつあるんだ」
一抱えはある紙の束の一番上をリカルド君が大切そうにそっと触れた。
リカルド君が施設を稼動させて数ヶ月。
小さな失敗や問題はそれこそ数え切れないぐらい出てきた。
人間と精霊との間が上手くいかないってこともあった。
だけどリカルド君はその一つ一つに精一杯取り組んだ。
上手くいかないこともあった。
誰かに助けてもらったこともあった。
だけど、たくさんの人に助けてもらいながらも必死になってやってきたことが今、一つの成果をだしつつあるんだ。
「………疲れた頭には甘いもの!おいしいアップルパイはいかがですか?」
にっこり笑顔でアップルパイの入った袋を目の前で揺らせばリカルド君が嬉しそうに笑う。
「何か甘い香りがするな!今日はどんな菓子なんだ?」
私ができることなんて少ないけどリカルド君の息抜きぐらいにはなれている………ってうぬぼれてもいいよね?
「そういえば魔術師さん、今日は来ないの?」
「ん?そういえばいないな。………ああ、そういえば物凄く忙しかったから無理やり手伝わした覚えが………あれ?あれから帰ってきたか?あいつ?」
アップルパイを幸せそうに食べていたリカルド君がフォーク片手に首をひねる。
あの………発言の内容にちょっと不穏なものが漂っていますけど~~~~?
魔術師さんのことだから面倒だったら逃げているか。
一人納得して私は空になったざくろちゃんの皿に新たに一切れのせてあげた。
オヤツを食べた後、リカルド君が王様に報告しにいくと言うのでついでに私も連れて行ってもらうことにした。
なんだかんだ言って発端は私だし、色々あってご挨拶とかしてなかったからね。いい機会だしお話しようと思ったのだ。
「あ、でも当然押しかけて大丈夫かな?仕事が忙しいだろうし………私庶民だから許可とかもってない!」
わぁ!バカだ。今頃そこに気付いた!
「ど、どうしよう!」
「何を今更………」
わぁ!ものすごい呆れた目で見られた!
「大丈夫だ。父上はお前を追い出すようなことはなさらない。それにお前は異世界の人間だ。俺達の世界の立場だとかとは別次元にいるとかんがえた方が妥当だろ?」
えっと………これは気にすんなって言うこと、かな?
「にゃ~~。リカルド王子はおやさしいのですね」
「なっ!ちがっ!」
あ、照れた。
素で誉めたざくろちゃんと照れたリカルド君が騒ぐ。
あ~~~いつものことだけどここ他の人も歩いているから止めなきゃだね。
程なくして王様の執務室にたどり着く。
もっと豪華で派手な部屋を想像していたけど意外と普通。あ、でもやっぱり家具とかの趣味はいいなぁ。お値段分からないけど派手でないだけでいいものなんだろうな。
なんか、良いものを長く丁寧に使っているという印象だ。
ご挨拶を終えて、リカルド君が王様に報告をしている間、部屋を観察しながらそんなことを私は考えていた。
「以上で報告は終ります」
リカルド君が満足気な顔で紙から顔を上げる。
その顔はまるっきり頑張って一等賞をとった子供がメダルを親にみせる時みたいで私はこっそり笑いを噛み殺した。
微笑ましいなぁ。
王様と王子だから誉めてもらう対象がちょっと普通とは違うけど。
だけどリカルド君は成果をだしているんだから王様だってきっと嬉しいはず。
そう、思ったんだけど………だけど。
「そうか」
王様が返したのはたった、一言。
リカルド君を誉めるどころか一瞥すらせず、切り捨てるような一言だけを王は放って、再び止めていた手を動かし始めた。
それは無言の退出。
でていけ、と、そう言われているのは明白だった。
「なっ!」
あんまりな態度に喰ってかかろうとした私だったけどその前にリカルド君が私の腕を掴んで止める。
「リカルド君………っ!」
掴まれた腕から感じた振るえと唇を噛締めてそれでも一生懸命王を自分の父親を見ている男の子の姿にこみ上げてきた感情を拳を強く握り締めることでどうにか飲み込む。
「報告は、以上です…………失礼します」
一礼をして扉に向かうリカルド君に引っ張られるように私も歩き出しかけて……。
「…………待ちなさいよ」
無理矢理足を止めた。
「ナツ、何をしている。いくぞ」
リカルド君は振り向かないまま私を呼ぶ。声は普段どおり、リカルド君はいつも通りだ。
そう、見える。
だけど。
リカルド君が扉を向く、一瞬、私は確かにみた。
涙を浮かべた子供の顔を。
「なんで………ですか?」
自然と歩く速度がゆるんでいく。
無意識のうちに言葉が小さくこぼれていく。
「ナツ………いい加減に………」
「なんでリカルド君にそんなに冷たくするんですかぁ!」
私の腕を引っ張って出て行こうとするリカルド君の手を振り解いて私は部屋の中央で未だに執務を続けている王様と向きあった。
私の後ろでリカルド君が固まっていたけど構わない。
初めて会ったとき、感じた。
王様とリカルド君。
二人の間が親子というにはあまりにも事務的であり、冷たい。
リカルド君は実の父親に妙な遠慮があって王様の方はリカルド君に対して冷たい。
何か理由があるんだと思う。だけど!
あんな顔、親が子供にさせていい顔じゃない!
涙を浮かべ、それでも諦めが浮んだ泣き顔なんて子供にさせるべきじゃないんだ!
「王様とか王子とか立場的な問題があるんだろうけど!だけど、それでも父親なら息子が頑張って成果を出しているのに「よくやった」って誉めてあげて、頭を撫でてあげてよ!目もみずに一言で終らすなんてどうしてそんな悲しいことをするんですか!」
「ナツ!やめろ!」
「リカルド君は黙っていなさい!」
ズカズカと歩み寄ると私はいまだに手を動かし続ける王様の手元に思いっきり手を叩き付けた。
私の手の下で書類が皺になり、側にあったインクツボが倒れた。
「………ナツ殿………」
ため息混じりに漸く顔を上げた王様を強く強く睨みつける。
「リカルド君は貴方に歩み寄っている。一生懸命手を伸ばしている。なのに、どうして貴方はその手を見ない振りをするの?振り払うの?どうして!」
「言わなければ、貴女は納得しないのだろうな」
リカルド君が大きくなったらきっとそっくり同じようになるんだろうなと思わせる似通った美貌に一瞬翳りがさす。
「リカルドは………その子供が………」
リカルド君とそっくりな緑色の綺麗な瞳に苛烈な何かが浮ぶ。
それは怒りのようでもあり、それとは全く違う何かのようでもある、私の人生で見たことのないような深く暗い、感情。
「私の妻を………己の母親を殺して生まれてきたからだ」
一瞬、息をするのを忘れた。
母親を殺して、うまれ、た?
心臓が緊張で鼓動を速くする。
喘ぐように小さく口を開閉させる。一気に世界から引き離されたような気がした。
王様の言葉に色々な光景が頭の中に浮んだ。
皆でとった家族写真。
白い病室。
お父さんの泣いた顔。
腕の中に抱いた小さな小さな妹の命の温もり。
そして、そして………。
血の気もなく目を開くことのない母の姿。
「っう………!」
ぎゅうと手を握り締める。皮膚が破れ、血が滲むぐらい強く。
痛みで意識が今に戻る。
動揺を押し隠しながら私は息を一つ吐いて、王様を見詰める。
「それが、貴方の理由なんですか?」
「………そうだ」
王様が頷いたとき、リカルド君が緊張したのが伝わった。踏み込み過ぎている。少なくともリカルド君のいる場所でする話しじゃなかった。
だけど………それでも私はもう、引けなかった。
「奥さんのこと、大切だったから、それが、理由ですか」
「ああ………ああ、そうだ。大切だった。愛していた。だからこそ、許せない」
何かを確かめるように王様は言った。
「リカルドさえ、生まなければ彼女は今もここにいた」
それが………冷たく返された王様の答えだった。




