初めての会話
その晩、赤く腫れ上がった体を布団に横たえた。鉛のように重く、ほとんど自由が効かない身体に溜息をつき、
「必ずや、この地から脱出しよう」
と、強く小さく吐き捨てた。思えば、生まれ出てから苦行のような人生である。なぜ、こんな想いをしなくてはならないのかと毎晩考えた。主人が憎い、集落が憎い、国が憎い、常に憎悪の対象は外部に向けられた。
「いっそのこと、主人を刺してしまえばいいのではないか」
そういう考えが牛養の脳裏によぎったものの、そんなことはでない。勇気がないのだ。元々そのような人間だった。逃げる勇気もなく、かと言ってこのまま一生を終える勇気もない、どこにでもいるような男であった。それでいて、希望だけは一丁前に持っているような、そんな男であった。
グダグダ考えているうちに日が明けた。
「うざい」
これが牛養が朝の日差しに対して抱くいつもの感情である。しかし、このような普段の生活の中にも希望はないわけではなかった。それは先日から牛養と同じ主人に買われたとある女の存在である。今日こそ彼女と会話ができるかもしれないという微かな希望を握りしめて農作業に向かう。
「おはよう」
牛養は驚いた。意外にも、女の方から挨拶されたからだ。全身が燃え上がるような高揚感をひたすらに抑え、口先だけを動かして返事した。
彼女は常に笑顔だった。とてもネガティブな笑顔であった。いつも自分が罪を背負っていて、その言い訳のための誤魔化しのような笑顔を振り撒いていた。牛養はその笑顔が嫌いで堪らなかったので、いずれ自分の力で悪癖を治したいと考えた。
この日は主人に締め上げられることなく、一日を終えた。なんとも愉快な日であった。




