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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
終章 黎明

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203Y年6月 台北

203Y年6月

中華民国/台湾 台北市

台北の空は抜けるような青さに覆われていた。湿り気を帯びた南風が、街路樹のガジュマルを揺らし、激しい蝉時雨が降り注ぐ。戦争の火蓋が切られてから四カ月、火球が舞う夜は去り、台北市内のカフェや夜市には以前のような活気が戻りつつあった。しかし、街を歩く人々の表情には、かつてのような「危うい均衡」の上での楽観ではなく、何か重い決断を下した後の静かな覚悟が刻まれていた。

中山南路、立法院の前の巨大な広場は、早朝から数万の群衆で埋め尽くされていた。誰もが、設置された巨大モニターを凝視している。中華民国憲法追加修正条文第一条の規定に基づき、国家の根幹を定義し直す「領土変更案」の公民投票の結果が、今まさに示されようとしていた。


「おい、始まったぞ」

「……長かったな。俺たちが、俺たちの名で呼ばれるまで」


人々の呟きが交錯する中、モニターの数字が激しく入れ替わり、次の瞬間、太字の「可決」という文字が画面を支配した。圧倒的多数。その瞬間、広場を包んだのは狂喜乱舞の歓声ではなく、どこか祈りに似た、安堵の深い溜息と、地鳴りのような拍手だった。


「中華民国の領土を、現在統治下にある台湾省、金門県、連江県、東沙諸島、およびその附属島嶼に限定する」


この一文が法的に確定したことは、長年、台北の政府が抱え続けてきた「大陸全土の正統政府」という虚構の看板を自ら降ろしたことを意味した。歴史的な「中華民国」の名は残されたものの、事実上それは過去の亡霊との決別であり、この島に生きる人々の現実を国際法上の輪郭へと落とし込む、「台湾独立宣言」であった。


「これでいいんだよな。もう、誰にも『どっちの中国だ』なんて言わせない」


一人の老人が、涙を拭いながら隣の若者の肩を叩いた。若者は深く頷き、新しく書き換えられた領土の定義を、心に刻み込むように見つめていた。


だが海峡の対岸からは、この「主権の再定義」、長年、現実のものになれば即座に武力統一に踏み切ると脅迫してきた「独立宣言」に対し、即座に血の凍るような報復が突きつけられた。北京の陳・張新政権は烈火のごとく激怒する声明を即座に発表し、公民投票からわずか三日後には、金門島の山岳地帯に向けて数百発の重砲弾が降り注いだ。


「敵弾道ミサイル十基、発射を確認! 軌道計算……台北上空を通過します!」


新竹県五峰(ウーフォン)郷、中国大陸の最深部を監視する楽山ルーシャンレーダー基地の監視班員が発した絶叫と共に、弾道ミサイルの群れが台北の真上、遥か大気圏外を切り裂き、轟音を残してフィリピン海へと着弾した。再開したばかりの中国沿岸部における貿易は再び停止し、米国第七艦隊はすぐさまフィリピン海へ再展開した。自衛隊には全部隊の防衛出動待機命令が、迅速に発出された。東アジアは再び戦火の悪夢に震えた。


「奴ら、本気でまたやるつもりか?」

「いや、海軍の半分を失った今の北京に、上陸作戦を完遂する力はない。これはただの、断末魔の遠吠えだ」


その予測通り、緊張は一週間ほどで奇妙な落ち着きを見せた。中国軍は戦争準備態勢を静かに解除し、封鎖されていた貿易港もいつの間にか再開していた。大陸側も、今この瞬間に全面戦争を再開すれば、自国が完全に崩壊することを知っていたのだ。


台湾人の歴史的決断を受け、台北の風景は劇的に塗り替えられた。台北市信義区にある「アメリカ在台協会(A I T)」。そして慶城街の「日本台湾交流協会」。長年、「非政府間の実務関係」を担う「民間組織」とされてきた機関の門柱から、古びた曖昧な名称の看板が取り払われた。

代わりに掲げられたのは、重厚な真鍮製のプレートだった。


美利堅アメリカ合衆國駐中華民國大使館」

「日本國駐中華民國大使館」


日米両国は一九七〇年代以来の、中華民国との国交回復を正式に宣言し、長年の「曖昧戦略」に終止符を打った。


「ようやく、正面から握手ができる」


新しく大使に任命された外交官が、台湾の林外交部長と並んでカメラの前に立った。それは、台湾海峡に明確な、そして不可逆的な国際的境界線が引かれた瞬間であった。


一方で、海峡の対岸は、冷たく息苦しい静寂が支配していた。新政権は内なる不満を抑え込むため、都市の隅々にまでAI監視カメラを増設し、国民の微かな表情の変化から「不満の兆候」を読み取る極限の超監視社会を構築していた。SNS上の隠語は即座に抹消され、夜の上海や北京では、デジタルな沈黙が支配する。


「十年だ。十年あれば、我々は再び海を越える力を蓄えられる」


北京の地下深く、軍事中枢では早くも「復讐」を見据えた造艦計画が動き始めていた。焼けたドックは再建され、大陸の工場は沈黙の中で再び鋼鉄を叩き始めている。これに対し、日米台、豪州、フィリピン、そして韓国の六カ国は秘密裏に、いわゆる「アジア版NATO」の雛形となる統合司令部の構築に向けた協議を開始した。


「二度と、あの大陸の巨獣に侵攻の隙を与えてはならない」


三沢基地には核弾頭の搭載が可能なB-21爆撃機が常駐を開始し、台湾海峡では日米のイージス艦が二十四時間態勢で大陸側の動向を監視し続けている。

台北の夜空には、再び美しい101ビルの明かりが灯っている。しかし、その輝きを監視するように、海を隔てた闇の中では、無数の電子の目が日米台を狙い続けていた。アジアの空と海は、終わりのない対峙が続く、冷たく鋭利な「新冷戦」の闇へと深く沈み込んでいった。

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