203Y年3月12日 台湾/日本
台湾各地
台北を囲む陽明山の山中、そして台湾全土の秘匿陣地では、中華民国空軍の防空部隊が運用する、台湾国産「天弓三型」地対空ミサイルのランチャーが、全自動の油圧音を響かせて垂直に立ち上がっていた。同時に、米製の「│愛国者PAC-3」の射撃管制レーダーが、マッハを遥かに超える速度で落下してくる標的にロックオンを開始した。
「目標ID、一〇一から一〇八! 弾道ミサイル! 迎撃諸元、確定!」
地下の管制センターでは、青白いモニターの光に照らされたオペレーターたちが、キーボードを叩く音だけが響いていた。
「……全ユニット、連動。JADC2により日米のイージス艦とターゲットを共有。……第一波、発射!」
シュドォォォォンッ!!
激しい噴射炎が山肌を焼き、白い煙の尾を引いて「天弓三型」が次々と漆黒の空へと吸い込まれていった。それは、独裁者が放った破滅の矢を、着弾数秒前に叩き落とすための、自由の盾の咆哮であった。
海峡を隔てた数百キロの間で、数千年の文明を一瞬で消し去るエネルギーと、それを防ごうとする鋼鉄の意志が、今まさに衝突しようとしていた。
203Y年3月12日
日本周辺海域
日本全土と台湾に「奈落」の恐怖が広がったその瞬間、海上の防衛網はすでに迎撃の極限集中状態に入っていた。 日本海南部、および相模湾。そこには日本の統合防空ミサイル防衛の新たな要、巨大な船体を持つ二隻の「イージスシステム搭載艦」が陣取っていた。
相模湾に展開する一番艦の艦橋では、SPY-7レーダーが捉えた数多の輝点が、絶望的な数となってモニターを埋め尽くしていた。
「目標、弾道ミサイル多数。第一波、ミッドコース段階に到達。……BM戦闘用意」
「攻撃始め」
「インターセプト五秒前、四、三、二、一、マークインターセプト」
「目標アルファ3,ターゲット・ロスト」
「アルファ3,ターゲット・キル!!」
重厚なVLSの蓋が次々と開き、日米共同開発のスタンダードSM-3Block2A迎撃ミサイルが爆炎とともに飛び出した。音速を遥かに超える超高速で宇宙空間へと突き進むその飛跡は、相模湾の海面を白く染め上げ、首都圏を守る最後の盾として天空を貫いた。日本海南部では二番艦が、北朝鮮方向および大陸方向からの同時飽和攻撃を想定した広域防衛を展開。米海軍のミサイル駆逐艦や海上自衛隊のミサイル護衛艦とリアルタイムでデータを共有し、宇宙空間での「衝突」による迎撃を次々と開始した。
大気圏外での迎撃を潜り抜けてきた「漏れ」に対しては、地上と艦隊近傍のターミナル段階の防衛網が火を噴いた。
東京都新宿区、防衛省市ヶ谷地区
市ヶ谷地区の中心部に位置する広大なグラウンドは、2010年代の北朝鮮ミサイル危機以来有刺鉄線に囲まれ、航空自衛隊第1高射群のペトリオットPAC-3地対空ミサイル発射機が展開し、最早自衛官が体を鍛えるだけの場ではなくなっていた。
「標的とらえた。目標ID、ホテル二〇五。高度、二万……一万五千! 発射!」
都心のど真ん中で、猛烈な衝撃波とともに迎撃ミサイルが放たれた。高層ビル群の間を抜けて上昇する炎は、地上で見守る都民にとって、恐怖と希望が入り混じった残酷な輝きとなった。
同時に、米軍が緊急展開として日本国内に持ち込んだ高高度防衛ミサイルも、既存のPAC-3よりも高い高度で敵弾道ミサイルを次々と叩き落としていく。
標的は明確であった。日本の三沢、横須賀、横田、厚木、岩国、佐世保、嘉手納、辺野古、那覇。そして台湾の花蓮、蘇澳、左営といった、日米台の軍事中枢である航空・海軍基地。 後に判明した発射総数は、合計二百発。周主席が放ったその「鉄の雨」は、核の恐怖を背景にした、史上最大規模の通常弾頭による飽和攻撃であった。
空では、迎撃成功を示すオレンジ色の爆発が星のように瞬いている。しかし、台湾向けの短距離弾道ミサイルDF-15、DF-16、日本向けの中距離弾道ミサイルDF-21、そして変則的な軌道を描く極超音速滑空兵器DF-17という多種の兵器を織り交ぜた二百発という圧倒的な物量は、日米台の防空網をもってしても、その全てを防ぎ切ることを困難にさせていた。
空を埋め尽くした迎撃ミサイルの閃光が消えた後、日米台の主要基地とその周辺には、焦熱と瓦礫の凄惨な光景が広がっていた。飽和攻撃は、鉄壁の防空網を複数カ所で突破し、地上に確実な爪痕を残したのである。
三沢基地では、滑走路中央部にDF-21が二発着弾した。六百キログラム以上の高性能炸薬を充填した弾頭が空気を切り裂く轟音と共に基地の心臓部を抉り、直径十五メートルを超えるクレーターが並ぶ。自衛隊と米軍が共同で使用する滑走路は完全に機能を停止した。爆風は強化掩体の防爆扉を歪ませ、格納されていたF-35A戦闘機までも数機が損傷。基地に近い三沢市幸町や中央町付近では、衝撃波により商店街のアーケードのガラスが軒並み粉砕されて路上に降り注いだ。三沢には大規模な住民向け地下シェルターが未整備であったため、住民たちは防災行政無線から流れる自動音声やテレビからのNHKアナウンサーの絶叫に従い、自宅の窓のない部屋や頑丈な建物へ移動し、床に伏せていた。
「動くな! まだ来るぞ、頭を下げろ!」
地を這うような轟音に耐えていた住民たちは、「核でなくてよかった」と、祈るような安堵と恐怖の入り混じった声を漏らした。
その頃、核弾頭を腹に抱えてミサイル着弾数分前に緊急離陸した米空軍のB-21は、日本国内で核爆発が確認されたら直ちに報復攻撃に移れるよう、津軽海峡上空で空中待機しながら米本国と交信を続けていた。
横須賀基地では、極超音速滑空兵器であるDF-17の一撃が米海軍の補給艦の至近に落下した。ヴェルニー公園の対岸に位置する第二号ドック付近で巨大な水柱が立ち上がり、港湾施設の一部が崩落。修理のため係留されていた汎用護衛艦一隻が至近弾の爆風で艦橋の窓を全て失い、船体に亀裂が走った。
「第二埠頭、火災発生! 三笠公園側からの延焼を阻止せよ!」
横須賀基地の米海軍消防隊が英語の怒号と共に駆け抜ける。基地に隣接する三笠公園周辺には、迎撃を免れたミサイルの破片や弾殻が降り注ぎ、記念艦「三笠」の甲板や歴史的な遺構までもが無惨に抉られた。どぶ板通りの入り口付近では、シャッターを下ろした店の中で震える店主が、地面を揺らす連続的な衝撃に「横須賀が、基地がやられるなんて……」と絶句していた。
沖縄の嘉手納及び那覇基地は、大陸からの距離が近いこともあり、最も激しい飽和攻撃にさらされた。嘉手納ではDF-16によって基地北側の航空燃料貯蔵庫が炎上し、巨大な黒煙が国道五十八号線を越えて沖縄の空を覆った。陸海空三自衛隊が共用する那覇空港周辺でも、低高度で迎撃されたミサイルの残骸が小禄地区や鏡水の住宅街に落下し、複数の民家が半壊の憂き目にあった。
「那覇30救助指揮から那覇本部!、宇栄原地区で火災発生! ポンプ車の応援を要請する!」
那覇市街地には消防車のサイレンが止むことなく鳴り響いていた。
台湾南部の防衛拠点、高雄の左営海軍基地には、DF-15とDF-16が計五発着弾した。寿山の麓に位置する広大な軍港に、空を切り裂く絶叫のような風切り音と共に弾頭が突き刺さる。ドックで定期点検中だった旧式の済陽級フリゲートが直撃を受け、艦体は中央から無残に折れ曲がった。
「消火班、急げ! 重油の拡散を食い止めろ! 海軍軍区外への延焼を防ぐんだ!」
岸壁では、燃料漏れによる黒煙と火柱が立ち昇り、指揮官の怒号が飛び交う。しかし、沱江級ステルスコルベット群や、秘密裏に潜航していった海鯤級潜水艦といった最新鋭艦は既に出撃した後であり、台湾海軍戦力の中核は辛うじて維持されていた。
東海岸の花蓮、佳山空軍基地では、さらに深刻な光景が広がっていた。巨大な地下ハンガーの入り口付近、標高二千メートル級の中央山脈の岩肌を狙って、DF-17が三発着弾。極超音速滑空兵器の恐るべき運動エネルギーは、堅牢な花崗岩を粉砕し、大規模な土砂崩れを引き起こした。
「誘導路の封鎖を確認! 第三、第四ゲート付近、岩塊で埋まってます!」
山肌が削られ、白茶けた岩肌が露出する中、滑走路へと繋がる誘導路は一時的に完全に遮断された。地下深くに潜んでいたF-16Vの主力機群は無傷であったが、復旧作業にあたる第五工兵大隊の隊員たちは、敵の次波攻撃を知らせる空襲警報が鳴り響く中、防護ヘルメットを被り、重機と手作業を併用して必死の土砂撤去作業を続けていた。
さらに北部の蘇澳海軍基地でも、DF-16の弾頭が山の背後の補給施設を直撃。太平洋を望む美しい海岸線は、爆発の衝撃波で激しく揺さぶられた。蘇澳の市街地では、基地の方向に立ち昇る火柱を見つめる住民たちが、かつて経験したことのない恐怖に顔を強張らせていた。
「これが、本当の戦争なのか……」
路地に立ち尽くす老人の呟きは、サイレンの音にかき消された。




