122_王族としての自覚
それは、とても美しく、心が洗われるような歌だった。
「……シェリアの歌だわ」
窓の外を見つめながら、オレリア殿下がぽつりと零す。
なるほど、オレリア殿下の代わりに騎士団の見学に出向いたシェリア殿下が、騎士達を鼓舞するために歌っているってところかしら?
うーん、確かに、とっても歌が上手だわ!
オレリア殿下は、窓の外を見つめたまま続ける。
「本当は、変に悪あがきなんかせずに、シェリアが女王になるべきだって分かっているの」
猫風呂に参加していた猫ちゃんが1匹執務室に残っていたようで、オレリア殿下の足元にすりっと擦り寄った。
オレリア殿下はその子を抱き上げると、ごろごろと喉を鳴らして甘えるその子の頭を優しく撫でてやっている。
私は元猫なので、猫に優しい人は大好きだ。
だけど、そんな優しいオレリア殿下の表情はあまり明るくない。
「シェリアは本当にスランの王族として相応しい存在よ。あの子だったら、妖精女王との絆も結びなおすことができるかもしれない。だけど、シェリアは女王になることを望んでいないの」
「そうなんですか?」
こくりと頷くオレリア殿下。
それでも、予知夢ではシェリア殿下が次期女王に選ばれたのね。……そして、絆を結びなおすどころか、約束を果たすこともできずに悲劇的な未来を迎えてしまった。
「それに、シェリアが嫌がっているからというだけじゃない。私自身も、女王になりたい」
切実な表情に、オレリア殿下の追い詰められた本気を感じる。
「オレリア殿下は騎士になりたかったと言っていましたよね?女王になりたくなかったと。それでも、今王位に就くことを望むようになったのには、何か理由があるんですか?」
「……私には、大事な友達がいたの」
オレリア殿下は、ゆっくりと話し始めた。
◆◇◆◇
「私は、騎士にはなれないんだって。女王にならなくちゃいけないから。おかしいよね?女王にはシェリアがなればいいじゃない!毎日毎日歌の練習をしろってうるさく言われて、もううんざり!」
剣を持って騎士団の訓練場に行った私は、教育係に見つかり、口うるさく怒られている途中に逃げ出して、裏庭にある生垣の向こうに隠れて不貞腐れていた。
そばには”友達”がくっついて、話を聞いてくれている。
『え~、そうなの?そんなのおかしいよね。オレリアは、剣を振ってる時が一番楽しそうなのに』
「そうでしょ!?私のことを分かってくれるのは、○○だけだよ!」
”友達”は、物心ついた頃にはもう私のそばにいてくれたように思う。
いつだって一緒で、いつだって私の味方で、大好きで大切な友達だった。
人生で一番最悪な日だって、友達は全力で慰めてくれた。
「もう、もう、本当に死にたい……!皆が私のことをすごく嫌な目で見てた!私、知らなかったの、自分が歌が下手だなんて!一生懸命歌ったから、声も大きくて、きっと参加してた人皆私がすっごく音痴だって気づいたわ!ちゃんと頑張ろうだなんて思わなければよかった!」
『オレリア、よしよし。頑張ったねえ。嫌いなら、無理して歌う必要はないんだよ。僕は、オレリアが楽しんでいるのが一番嬉しいな』
「○○!あなたって本当に優しいわね」
『優しいかな?僕はオレリアのことが大好きなだけ』
「私も大好きよ!○○、ずーっとそばにいてね」
小さな小さな、光を纏って宙に浮かぶ友達を、そっと抱きしめる。
○○がそばにいてくれれば、それでいい。
そんな風に思っていたのに。
「○○?○○~!どこにいるのー?」
『オレリア、ここだよー』
「あ!やっと見つけた!ずっと探していたのよ?」
『でも、僕、ずっとここにいたよ?ここにいるよーって言ってるのに、オレリアが全然見つけてくれないから、ひょっとして僕のことが見えなくなっちゃったんじゃないかと思ったよ』
「えー?不思議だね?ふふふ、でも○○のことが見えなくなるなんて、そんなわけないじゃない!私の一番のお友達なんだもの!」
冗談に笑って、楽しく遊んで。いっぱいいっぱいおしゃべりをして……。
でも、”友達”が言っていたことは、すぐに冗談ではなくなってしまった。
なぜか、”友達”が見つからないことが増えていく。
見つけるといつも、ずっとそばにいたのにって言われて。だけど、そんなはずはない。私は真剣に探していたんだもの。
そんなことを繰り返して、ほんの少しの間見つからなくなるだけだった”友達”は、何時間も見つけられなくなり、やがて私は一日中”友達”を探すようになり、どんどん不安になって……やがて、気付いた。
”友達”がいなくなっているんじゃない。
私の目に、”友達”の姿が見えなくなっていっているんだ。
”友達”は、元々私にしか見えていなかった。
私だけの、内緒の友達だった。
だから、誰かに相談することも、代わりに見つけてもらうこともできない。
友達は、友達は……妖精だから。
妖精が見えるなんて、スラン王国がまだ別の名前の大国だった頃の伝説のような話の中だけでのことだと、家庭教師と歴史を学ぶ中で知っていた。
やがて、姿が見えなくなっただけじゃなくて、”友達”の名前も思い出せなくなった。
それでも、声だけは、まだ時々聞こえる。
とぎれとぎれの、ほんのわずかだけ。
『オレリア、僕は、ずっとそばにいるよ。ずっとずっと、友達だよ──』
妖精との絆は、歌によって繋がれている。
だからこそ、代々女王に就くときに、妖精女王との約束どおりに歌を捧げるのだ。
……私が、歌を歌わないから?女王なんかに、なりたくないと思っていたから?
だから、友達の姿が見えなくなってしまったの?
ゾッとした。
友達と、もう会えないかもしれない。
そのことだけが恐ろしかったんじゃない。
今の私は、ひょっとしてこの国の未来そのものかもしれないと思い至ったのだ。
──妖精との絆は、薄れてきている。
完全に絆が消えてしまった時。
このスランは一体どうなってしまうの?
◆◇◆◇
話し終えたオレリア殿下は、力なく項垂れた。
「そうして、やっと私は王族としての自覚が芽生えたの。私が女王になれば、絆を結びなおして、もう一度友達と会えるかもしれない。もう一度、友達をこの目に映して、その名前を呼びたい。それと同じくらい、この国を、この国の人たちのことも、守りたい。だって、私が騎士になりたかったのは、この国に暮らす人たちをこの手で守りたかったからだったんだもの」




