121_『王族として相応しい』王女
「これは一体……」
呆然とするクリス様。
オレリア殿下が慌てて立ちあがったので、私はドレスの裾をパンッと伸ばしてあげる。
「気にしないでちょうだい!それで、どうかしたの?」
「あ、ああ……騎士団による儀式の訓練があるので、見学されないかとお声をかけに来たのですが……」
「そう、今日だったわね」
儀式の訓練、というと、妖精女王に歌を捧げる儀式のことよね。
どうやらその際に騎士団の一糸乱れぬ統率をはかるため、訓練を行うらしい。
騎士達の士気をあげるためにも次期女王候補が見学して声をかけるのは大切なのだろうけれど……。
「私は忙しいから、いけないわ。シェリアに代わりに行ってもらえるかしら?」
「………ですが…………分かりました」
く、空気が重いわね。
思わずフェリクス様と目を見合わせてしまう。でも、今私達が口を出すべきではない。
結局気づかわしげなクリス様、何やら思案しているようなアーヴィン様、そしてフェリクス様は、連れ立って去っていった。
「オレリア殿下、行かなくてよかったんですか?」
「ええ……騎士達も、私に見学されても嬉しくないと思うから」
「そんな」
すぐに否定しようとした私を、オレリア殿下が手を上げて、いいの、と止める。
「私、騎士になりたかったって言ったでしょう?元々それ自体、よく思われていなかったの。それなのに好き勝手に訓練場に出入りして、邪魔な子どもだったと思うわ。おまけにふたをあけてみればまともに歌えない、王族として失格の王女。私の存在自体迷惑に思われているのよ」
本当に?本当にそうだろうか?
うーん、実を言うと、ずっと違和感を覚えているのよね。
オレリア王女は、王族としての在り方について、とても難しく考えてしまっているのではないかしらって。
もちろん、王族として民を守るために、時には非情な選択を強いられることもあるし、自分の気持ちに正直に生きられないこともあるとは思う。
だけど……今回のことについては、そこまで自分を責めることなのだろうか?
騎士になりたかった幼い頃のオレリア殿下。
いいじゃあないの。騎士になること自体は立場的に難しいかもしれないけれど、剣をふるう王女だなんてカッコいいじゃない!
歌がうまく歌えなくて悩んでいるオレリア殿下。
そもそも、そこからよね。
歌は、うまく歌えないといけないわけじゃない気がしている。
色々と思うことはあるけれど。
とにかく、オレリア殿下の抱える一番の問題は、歌がうまく歌えないことではなくて、自信がないことなんじゃあないかしら?
「……私の知っているとある国の王女殿下の話なんですけど。彼女は歌が好きで、心の優しい、とっても自由な王女殿下でした」
「……?」
一体なんの話が始まったのかと、不思議そうなオレリア殿下。
それでも、私の目をみて話を聞こうとしてくれている。
オレリア殿下には、誰かと真っ直ぐに向き合う柔軟さがある。
女王陛下に嫌われている、大賢者である私をこんな風に頼ってくれるほどに。
「彼女は王族としてとても人気があり、誰もが彼女を愛していました。美しく、気品があり、聡明で、その場にいるだけで周囲の人の心を温かく照らすような、素晴らしい人です」
「すごく、素敵な王女様なのね。羨ましい、私もそんな風だったらよかったのに……」
オレリア殿下は劣等感が刺激されるのか、暗い表情で薄く笑った。
「そう、それです!」
「え?」
ところがどっこいなのよね!
「そう思うでしょう?王族として相応しい王女様を、想像したでしょう?」
「え?え、ええ……」
「ですが!その王女様には、恋愛運がすこぶる悪く、男を見る目がないという欠点があったのです!
「へ?」
「しかも自由奔放な王女様は周囲の制止なんか聞きゃしません!誰もが頭を抱えていました!時には流れの詩人と恋に落ち、駆け落ちしようとしたこともあります」
「で、でも、それほど好きになれる人が現れるなんて素敵なことじゃない?身分を捨ててもいいと思えるだなんて。駆け落ちは成功したの?」
「結局、騙されていただけで、駆け落ち資金にしようと持ち出した多くの宝石だけ持ち逃げされて泣いて帰ってきました」
「な、なんてこと」
オレリア殿下はドン引きで絶句してしまった。
そうでしょうそうでしょう。あの時は大変だったもの。
まあ、その波乱万丈な王女殿下こそ、オレリア殿下が敬愛しているローゼリアのことなんですけどね!
そう、いまやスラン王国でも語り継がれるほど偉大な王女であるローゼリアだけれど、「王族なんですから、そろそろ勘弁してくださいよ!」って泣きつかれている姿を何度目にしたことか。
「ひとつの側面だけ見れば完璧で理想的な王女でも違う一面を持っています。オレリア殿下だってそうじゃないですか?歌が歌えない、騎士になりたかった、そんな小さな一面だけで、どうしてオレリア殿下が王族として失格だなんて言えましょう」
「あ……」
私が何を言いたいのかわかったのか、オレリア殿下の顔が上がる。
「私からすれば、オレリア殿下はとっても素晴らしい王女殿下です!民たちのことを、国のことをこんなに真剣に考えているんですから!」
「……そうね、ありがとう、ルシル」
「私は自分の感じたことを口に出しただけです」
やっと、オレリア殿下が前向きな表情になったわ!
何をするにもまずは気持ちが大事なもの。これで特訓の効果も二倍、三倍と膨れ上がっていくに違いない。
そう思い、さて改めて頑張りましょうと言おうとした時だった。
──歌が、聞こえる。




