120_オレリア殿下の特訓のために!
オレリア殿下は不安そうな顔で私を見ている。
実は、まずは現状把握をしなければと、場所を執務室にうつしてさっそく歌を披露してもらったのだ。
もちろん、オレリア殿下が全力で歌えるように、闇魔法を使って取り囲んだ空間の外に音が漏れないように工夫している。
これはヒナコが『カラオケ大会』や『合唱コンクール』の練習をするときにヒナコにお願いされて私が編み出したもので、あの時もとっても役に立ったのよね!
「ど、どう……?」
「うーん、お話してくださった夜会での出来事が恐ろしすぎて、とんでもない歌を想像してしまっていたので、正直なところ、今、私、拍子抜けしています」
そう、たしかにすごくお上手!とは言えないかもしれないけれど、いたって普通なのだ。音痴というほど酷くはないような?
たしかにローゼリアの歌に感じていたような心を揺さぶられるような感動や、はたまた身も心も癒されるような優しさはないかもしれない。
でも、やっぱり、人前で披露できないほど酷い、なんてことはないように思うのだけれど。
どちらかというと、自信のなさと怯えから声が細くなり、そのせいで音程まで不安定になっているように感じる。
「私、一人でたくさんたくさん練習したから、多少はマシになれているのね」
ホッとしたような、泣きそうなような、なんともいえないオレリア殿下のお顔に胸が締め付けられる。
人によっては「たかが歌で」と思うかもしれない。だけれど、オレリア殿下にとって歌がうまく歌えないということは、自分という存在の根幹を揺るがす大問題なのだ。
「オレリア殿下、この分でしたらちょっと特訓したらすぐにお上手になれますよ!大丈夫です!私に任せてください!」
ふっふっふ!なんたって私元飼い主には歌姫ローゼリアと異世界の『カラオケマスター』ヒナコがいますからね!
いつだったかヒナコが突然「カラオケ大会をしよう!」と言い出した時のことを思い出す。
あの時は大変だったわよね。
私はただただ楽しかったけれど、ヒナコの側についてヒナコのどんな思い付きにも付き合っていた人たちの中には、当然歌が苦手だったり、そもそもまともに歌ったこともない、なんて人もいて。
やるからには全力よ!と何事も全力投球なヒナコが『ボイストレーニング』とやらをやらせていたっけ。
なんとか『カラオケ大会』が終わると、今度は「せっかくだから合唱コンクールもやろう!」なんて言い始めちゃったんだっけ。
あの時は面白がるばかりだったけど、今その時の記憶が役に立つ。
だけど、特訓の前に、オレリア殿下のこのガチガチ具合をどうにかしなければ、上手くなるものもならないと思うのよね。
そうと決まれば、まずは──。
◆◇◆◇
「な、なんだこれはっ!?」
「あら、フェリクス様じゃないですか!」
オレリア殿下の執務室に入って来たフェリクス様は絶句している。
そんなフェリクス様の隣で、一緒にやって来たクリス様とアーヴィン様も怪訝な表情だ。
私はささっとフェリクス様に近寄ると、気になることを確認した。
「フェリクス様、毛玉妖精ちゃんはどこに?」
「あ、ああ。毛玉ならここに入れている」
フェリクス様はちょっと嫌そうに、前の方から髪の毛をかき分けて見せてくれた。
なんと!髪の中に毛玉ちゃんが絡みついている。
「見えるところについていると、親切な城の者がとってくれようとしてな……」
「なるほど」
毛玉ちゃん、どう見ても毛玉だし、下手すればホコリの塊にも見えるものね。
「中には俺に恥をかかせまいと気付かれないようにそっと取ってくれる者もいてな。危うく他のゴミの中に一緒に捨てられてしまうところだった。そこで懐に入れておこうかとも思ったのだが、そうなると息が苦しいようで……最終的にこうなったんだ」
どうやら毛玉ちゃんが自らここに潜り込んできたらしい。
フェリクス様はこの状態が不本意らしく、ちょっと不満そうだ。
それでも毛玉ちゃんのやりたいようにさせてあげているあたり、フェリクス様って本当に優しいわよね。
「オレリア殿下はどこだ」
こそこそと話す私とフェリクス様に割って入ったのはクリス様の声だった。
その声は固く、表情も強張っていて、なんだか怒っているような、警戒しているような?
「早く答えろ!オレリア殿下はどこだ!それに、それはなんなんだっ!?」
ああっ!どうして怒っているのかしらと思ったけれど、そうだったそうだった。
オレリア殿下の姿が見えないから、不審がっているんだわ!
「心配いりません!オレリア殿下はこちらです!」
「……は?」
クリス様は何を言っているんだと言わんばかりの反応で、アーヴィン様は何か面白い事でも起きているのか?とちょっと笑っている。
そりゃあそうよね、こんな光景、初めて見ただろうし。
フェリクス様はなんとなく予想がついているのか、頭を抱えているけれど。
私が指し示した、執務室の床の真ん中、クリス様が『それ』と言った場所には、猫が集まってできた山のような塊があった。
「オレリア殿下!クリス様方がいらっしゃいました!一度出てきていただいてよろしいですか!」
「……ふえ?──ハッ!わ、わかったわ」
大きな声で呼びかけると、オレリア殿下はむくりと起き上がり、猫の塊の間からにょきっと出てきた。
上に山積みになっていた猫ちゃんのうちの何匹かは、そのまま勢い余ってごろんごろんと落ちていく。まあ!猫の雪崩だわ!
落ちた先でお構いなしに伸びをしたり、そのままごろごろと床に体を擦りつけたりしているわね。
あらら、オレリア殿下、さては眠ってましたね?
ふふ、これはいい傾向ですよ!
オレリア殿下の体の緊張をほぐして、リラックスした状態で訓練を行うためにも、まずは癒し効果のある『猫風呂』を試してもらっていたのだ!
最初は戸惑っていたオレリア殿下だったけれど、効果は抜群ね!
「は!?!?」
クリス様とアーヴィン様が目を白黒させている。
アーヴィン様はともかく、クリス様はいつも警戒心が高くて肩の力が入りすぎているように思うから、『猫風呂』は結構オススメかもしれないわね。




