118_専属メイド・ルシルとオレリア殿下
オレリア殿下の朝は早かった。
「あなたよね?新しくオレリア殿下につくことになった専属メイドって。遅いわよ!すぐに顔を洗う水を持って行って!もう用意しているから!」
「は、はい!」
え~!メイドの先輩に怒られながらびっくりしてしまう。
私的には初日なので十分に余裕をもって起きたつもりだったのに!
昨日はバタバタしすぎてオレリア殿下の起床時間を聞いていなかったのが敗因ね!
慌てて水を受け取ると、水がはねてぴちゃりと顔に一粒かかった。
ちょっと待って!?
「すみません!この水、とんでもなく冷たいんですけど!?」
「オレリア殿下に申し付けられているのよ!朝の顔を洗う水はできるだけ冷たくしてくれって!」
そ、そうなの?
口早に説明してくれた先輩メイドによると、うんと冷たい水で顔を洗うことで強制的に目を覚まして、頭をスッキリさせるために冷水を所望されているんだとか。
なるほど?
とはいえ、何も知らなければ嫌がらせなんじゃないかと疑う冷たさですよ!
オレリア殿下ってば、意外と体育会系よね……
ちなみに、体育会系というのはヒナコに教えてもらった異世界の言葉である。
「ちなみに殿下は朝食を取られない代わりに熱いハーブティーを一杯だけ飲むから、顔を洗った後すぐに飲めるように準備しといてね」
「ハーブの種類はなんでもいいんですか?」
「そうよ。……全く、オレリア殿下がこんなに早く起きるせいで、オレリア殿下のお世話に関わるメイドはすっごく朝が早いのよね。あーあ、眠たい」
先輩メイドが目をこすりながら少し不満そう。
たしかに、私は朝早くに目を覚ましていた猫ちゃんだった頃があるから、早起きはそれほど苦じゃないんだけれど。たくさん眠りたいタイプだとこの時間からきびきび働くのはちょっと辛いのかもしれない。
「オレリア殿下、おはようございます!お水をお持ちいたしました」
「ルシル!ありがとう」
オレリア殿下は部屋に入った私の顔を見るとどこかホッとした顔を見せてくれる。
よし、次はハーブティーね。ここに来る途中で持ってきたティーワゴンを見る。
ううーん、どのハーブがいいかしら?リラックス?いいえ、これから活動するのだもの、活力がでる方が良いわよね。ハーブのラインナップは……ふむふむ。
今日は仕方ないけど、少しずつオレリア殿下の好みも把握したいところだわ。
オレリア殿下にタオルを私、テーブルにハーブティーを用意する。
「……ねえ、寝起きでぼうっとしていてつい当然のようにしてもらってしまったけれど、二人きりの時にメイドの仕事をする必要はないのよ?」
はたと気付いた様子のオレリア殿下が申し訳なさそうな顔をするけれど。
「いえ、今まで色々やってきましたけど、メイドのお仕事をするのは初めてなのですごく楽しいんです!オレリア殿下が嫌じゃなければぜひこのままお仕事をお任せください!」
そう、猫だった頃にはうまく手先が使えなかったし、人間になってからは貴族令嬢で、メイドをさせてもらう機会なんてそうそうありはしないのだ。
レーウェンフックの離れで自分で色々するのも楽しかったけれど、メイドとはまた違うものね。
脳内で大好きなレイリアやサラを思い浮かべる。
素晴らしいお手本がいるんだもの、私、このスランでスーパーメイドになってみせるわ!
それに、少し気になることもある。
……まだほんの少しだけしか城内の人を見ていないけれど、今のところオレリア殿下に対して、あまり好意的な感情を抱いている人を見ていないのだ。
いや、それこそ昨日お会いした殿下の護衛騎士、クリス様とか、アーヴィン様、女王陛下は別だけれど。
そんな予想を裏付けるように、オレリア殿下は少し気まずそうに教えてくれた。
「……そう言ってもらえると、正直助かるわ。私ね、城の者たちからあまりよく思われていないの。私が、王族としてあまりにも不適格だから……」
「なぜそう思われるのですか?私から見た限りでは、オレリア殿下はとっても素敵な王女殿下だと思うのですけど」
優しくて、気品があって、気さくに接してくれるけれど、ちゃんと王族としての威厳だって感じる。
先祖であるローゼリアに似てすごく美人だし!
アッ!ま、まさか、そんなローゼリアに恋愛運まで似てしまっているとか!?
ひょっとしてあまり良いとは言えないお相手を恋人にしているんじゃ!?
それを自覚していながらも恋心を止められず、自己嫌悪に陥っているとか……!
ありえる……ありえるわ……。
「なんたってローゼリアの子孫だものね……!」
心からの声が口から出てしまった瞬間、オレリア殿下は辛そうに俯いた。
「そう、私は……私は……敬愛するローゼリア様の子孫……!」
ギャッ!やっぱりそうなのね!?
ローゼリアの話をこんなにも辛そうにするなんて、きっとローゼリアのことを愛する気持ちは本物なのに、似なくていい部分が似てしまったことで自らの中にある抗えないローゼリアの血に複雑な思いを抱いているにちがいない。
ああ、なんて不憫なオレリア殿下!私、ローゼリアのことをずっと見ていたから知っている。
理性がやめろと言っていても、心がままらないのが恋!
ローゼリアもよく『あんな人、今すぐに嫌いになれたらいいのに……!』って泣いていたわ!
なんて言って慰めようか。正論で『そんなやつはやめてしまいなさい!』と言ったって苦しめてしまうだけ。
そう思い、かける言葉に悩んでウンウン唸っていたのだけれど。
「それなのに!私は全くローゼリア様に似ていない!どうして!?どうして私だけローゼリア様のようにできないの!」
私が何かを言うより先に、オレリア殿下がもう耐えられないとばかりに泣き出してしまった。
……あれ?今のオレリア殿下の言葉って、ローゼリアと似ていないことを嘆くものだったわよね?
なんだか私が思っていたのとは違うかも?
戸惑う私の様子には気づかず、オレリア殿下はワッと顔を覆って叫ぶ。
「私、私、……すっごく、歌が下手なの!!」
……はて?




