116_黒猫エリオット(エリオット視点)
──何十年、何百年、何千年たったって忘れられない。
初めて対峙した時、アリスはおれを射殺さんばかりの冷たい目で睨みつけたんだ。
「お前がリリーベルのお気に入り?……ふうん」
こ、殺される!まるでおれがリリーベルに付き纏っている害悪かのような視線!
どっちかというとリリーベルにおれが付きまとわれてるんですけど!?
鋭いおれには分かった。これは大事なリリーベルがきゃっきゃと懐いているのが面白くないっていう、いわば嫉妬からくる憎悪だ……!
『ね!アリス様って、とってもカッコよくて美しくて気品あふれて優しくて素敵でしょ!?大好きなの!』
能天気なリリーベルの目には『大好きフィルター』でもかかっているのか、おれに向けるこの凍てつく視線の温度には気づかないらしい。
そもそもリリーベルがどうしても大好きな飼い主に会ってみてほしいというから来たんだ。
それも、リリーベルがしつこくてしょうがないから、1回あってやれば気が済むだろうと折れる形でだぞ?
こんな目にあうなんて聞いてない!
もう二度とこんなやつの前に現れるもんか!リリーベルとも、なんとしてでも距離を置いてやる!
……最初は、たしかにそう思っていたんだ。
リリーベルは不思議なやつだ。
おれが嫌な顔をしても全然気にしない。でも、本当に嫌なことは絶対にしてこない。
いつも笑顔で、おれのことが大好きって顔で近づいてきて、でもその顔を他の誰にでも簡単にむける。ムカつくやつ。
自由気ままな猫といえど、愛想を振りまき過ぎじゃないか?
振り回すのはいいけど、振り回されるのは気に食わないんだ、おれは!
溺愛され、甘やかされ、自分が愛されていると疑うことを知らない目をしている。
……おれとは違う存在。
だけど何をしてても、何をされても、『仕方ないな』と思わせる天才だった。
いつの間にか懐に飛び込み、目を逸らせないと思わせられる。ずっと見ていたい。ずっと見ていてほしい。
……でも、なんか受け入れてやるのは癪で、ずっと素っ気ない態度を取り続けていた。
『アリス。お願いがあるんだけど……』
「いい度胸じゃないか」
リリーベルに内緒でこっそりアリスに会いに行った時はやっぱりぎろりと睨まれた。こえー。
でも、こいつはリリーベルに甘いから、リリーベルのお気に入りであるおれをどうこうすることは絶対にないともう分かっていた。だから平気だ。
そして、アリスがリリーベルに甘いからこそ、おれなんかの話をちゃんと聞いてくれるだろうってこともまた、確信していた。
『リリーベルを守れるようになりたいんだけど、どうしたらいい』
「へえ?」
ああ、恥ずかしい。アリスの視線が痛い。
『お前みたいな普通の猫がアタシのリリーベルを守るだって?』とかなんとか言っている目だろこれ。
おれだってそう思うさ。リリーベルは最強最悪のアリスの愛し子だ。誰よりも守られてることも知ってる。
ただの猫のおれに何ができるって言うんだ。どうかしているよな。
こんなイタイこと、言うんじゃなかった……。
すぐにそう後悔し始めていたけど、口に出した言葉はなかったことにできない。
いたたまれない気持ちで俯きそうになった時、アリスが思いもよらないことを言った。
「それならアタシの魔力を分けてやろう」
『え?』
アリスは意地悪そうな笑みを浮かべておれを見た。初めて向けられる、おれを生き物として認めた目だった。
「アタシの可愛いリリーベルはうんと長生きするだろうから、すぐに死なれちゃ守るもなにもないだろう?ただし、お前にやるのはほんの少しの魔力だけ。それを持て余しているだけじゃ、体になじまずにすぐに消えちまう。だけど毎日体内でその魔力を循環させていればいつか体に馴染み、アタシの魔力がほんの少し混じったその魔力が自分の魔力の質として定着する」
『……それをすれば、おれも長く生きてリリーベルの側にいれるってことか』
「まあちょっとくらい魔法も使えるようになるだろう。ただ、魔獣でもないただの猫の身で魔力循環をやってのけるのは並大抵のことじゃない。辛く苦しく、かなりの痛みを伴うだろうね。やるかどうかはお前次第」
なんでも、大量の魔力で包み込めば、そんな思いをせずとも魔力を強制的になじませることは可能らしい。実際、リリーベルにはそうしたんだろう。
が、そうなると魔力が繋がりすぎるため、アリスにとって不都合なこともでてくるんだとか。
おれなんかのためにそこまではしてくれないってことだ。
『辛く苦しく、かなりの痛み……?嘘だろ……』
思わぬ話に呆然とするおれの言葉が耳に届いたのか、アリスが鼻で笑った。
ムッとするが、それどころじゃない。
だって、まさか、そんなの想像していなかったから。
『たったそれだけでいいのか?本当に?』
「は……?」
だってそうだろ?アリスの魔力をもらって、普通の猫ではありえない力を手に入れて、特別な猫になるんだ。
目玉のひとつくらいなら代償としてなくなるのもしょうがないかもしれないと覚悟していたのに、苦痛を我慢して頑張ればいいだけ?本当に?
「アハハ!なかなか肝の座った猫じゃないか、気に入った。ほら、こっちに来な。アタシの魔力を与えるのは、アタシとお前の契約だ。この魔力を持つお前は、絶対にリリーベルを傷つけることができなくなる。どんな理由があろうともね」
『どんな理由があったってそんなことはしないから問題ない』
「そうだねぇ。お前の名前は今日からエリオット。そう名乗りな」
──おれが初めて自分の名前を名乗った相手はリリーベルだった。
『あなたのお名前、エリオットっていうの!?とっても素敵!エリオット、エリオット!すっごくかっこいいわ!名前を呼んでもいいなんて嬉しい!たくさん呼ぶね!』
なんにも知らないリリーベルはそうやって、いつもどおり能天気に笑っていた。
それからおれは毎日魔力循環を頑張って頑張って頑張って頑張った。
まさかのアリスが考えられないほど早くいなくなって、リリーベルの飼い主が変わっても俺はさりげなくリリーベルの近くに居た。
やっぱり能天気なリリーベルは、『また会えた!私が別の場所に来ちゃったから、エリオットにはもう会えないかと思ってたの!嬉しい!私達ってやっぱり運命!?』なんてその度にはしゃいでたけど、おれは『運命なわけあるか』と返していた。
運命なわけあるか。だってリリーベルがどこに行っても再会できるのは偶然なんかじゃないんだから。
死にかけた時にクラリッサに命を救ってもらったこともあるし、マシューにゲテモノ料理の試食をさせられたことも、コンラッドの薬の治験をしてやったこともある。
ローゼリアの子守歌で無理やり寝かしつけられたことも、ヒナコになんかとんでもなくうまいペースト状の物を盛られたり、エフレンに聖剣の素振りに付き合わされたり……。
とにかく、リリーベルと関わったことで歴代飼い主全員に絡まれ、関わることにもなった。
あの頃のリリーベルは時間の感覚がおかしすぎて、おれが普通の猫じゃ考えられないくらい長く生きていることに気づいていないみたいだったけど……。
それに、おれも今更リリーベルに優しくできなくていっつもそっけない態度取ってたし……。
でもまさか、リリーベルが先にいなくなって、おれだけが生きていく未来が待っているなんて、そんなことは想像もしていなかった。
俺は一体、なんのために力を手に入れたんだ。
なんのために。
なんのために……。
リリーベルはもういないのに、なんのために力を使えばいいんだ。
誰かを守るために手に入れたこの力を。




