↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/42

七食目 片腕の職人は、手が早い

 猪を倒した翌朝、マルタの紹介で、渡し場の奥にあるガドの工房を訪ねた。肉は食堂に預けたまま、破れた袋だけを持っている。


「すみません。マルタさんから、道具の修理を頼めると聞きました」


 台の向こうで、男が顔を上げた。


「俺はレンです。この袋を見てもらえますか」

「ガドだ。どこが切れた」


 袋を差し出した途端、俺の腹が鳴った。

 ガドが、袋と俺の腹を見比べる。


「直すのは、どっちだ」


「袋です。もう片方は、あとで何とかします」


「そっちは扱ってない。こっちへ出せ」


 台には石の欠片と金具が並び、壁には長さの違う柄が掛かっていた。敷居の脇には、革を縫う針や荷紐もある。石工と聞いて来たが、河岸の道具の修理も引き受けているらしい。


 ガドは、受け取った袋の底を裏返した。短い焦げ茶の髪に、鉄色の目。顎の線のくっきりした男前で、作業着の肩は広い。


 右の前腕の先が、金属の鉤になっている。


 鉤で布を引き、左手の小刃で切れた紐を外す。そのまま袋の端を台の留め具へ掛けると、今度は左手だけで縫い目を確かめ始めた。


 俺は、差し出しかけた手を引っ込めた。


 押さえる場所は、もう足りていた。


「何を入れた」


「猪の肉です。昨日の討伐の取り分を運んだら、紐が切れまして。肉は受け止めましたが」


「肉をたくさん運ぶなら、次は背負い籠も使えるぞ。底がしっかりしてる」


「なるほど。まずは、この袋を直してもらえますか」

「分かった」


 ガドが袋を横へ広げた。


「紐一本じゃなく、底で受ける形にする。肩へ二本、腰へ一本。背負ったまま口を開けたいか?」


「出来るんですか」


 返事の代わりに、小さな留め具が台を滑ってきた。


 押す。開く。戻すと、かちりと閉じた。


 俺はもう一度開いた。


「気に入ったのは分かった。欲しいのは何個だ」


 慌てて手を止め、修理代を訊いた。


 ガドは工房の外へ顎を向けた。


「修理代は要る。だが、隣の屋根へ瓦を上げる仕事がある。手が欲しい」

「賃から引いてもらえるなら、やります」


 隣家では、大工が屋根の端を直していた。

 ガドが受け台を組み、俺が瓦を渡す。足場を通す荷の重さは、先に彼へ確かめた。


「腕で持てても、板には載せられん量がある」

「それなら、束を分けて、使う順に並べておきたいです」


 瓦は形ごとに分かれていた。使う順をガドに聞き、持ち直さず渡せる向きへ揃える。


 腕と脚へ力を回し、胸元へ寄せて運んだ。受け台まで上がると、ガドの鉤がもう帯へ掛かる。


 瓦を置く。帯が外れる。


 俺が次を持って戻った時、受け台は空いていた。


「次、右の形を二つ」

「その後は、真ん中を四つですね」


 ガドが、こちらを見た。


「もう並べてあるのか」

「上で待つより、下で揃えた方が楽なので」


 彼が大工へ呼びかける間に、次の束が届く。金具と俺の靴音が交互に続き、上にも下にも、誰かを待って手を止める人がいなくなった。


 前の職場でも、伝票を運ぶ順に並べたことがある。

 荷を持つ人の足が減り、探す時間が消えた。帰り際に言われた、助かった、の一言を覚えている。

 あの頃の俺にも、出来ていたことだ。


「最後の、合わせ目の分です」


 瓦を置くと、屋根の大工が空を見た。


「もう上がったのか。昼前に留め終わるぞ」

「こいつが、よく気がきくもんでな」


 ガドの鉤が、俺を指した。

 自分も褒められたのだと気づいて、返事が少し遅れた。


「……ありがとうございます」

「礼は、代金から引いた。先に水を飲め」


 杯が二つ、作業台へ置かれた。

 ガドが左手で水を注ぐ間、俺は瓦の欠けを拾った。さっき受け渡した分には、一枚も割れがない。

 屋根の大工が下りてきて、次も組んでくれ、と言った。

 ガドが俺を見たので、今度は自分から答えた。


「飯の時間に重ならなければ、ぜひ」

「なら、次も飯前に終わるようにしよう。朝からあれだけ腹が鳴ってたんじゃ、待たせるのは悪い」


 ガドが真顔で言い、大工が吹き出した。俺も笑って頷いた。

 俺はそのまま座り込みたくなる前に、受け台の周りだけ片付けた。

 終わった所が空くのは、結構気分がいい。


     *


 工房へ戻ると、今度は袋の仕事が始まった。

 鉤が革を押さえ、左手の錐(きり)が穴を開ける。

 俺が一針の場所を見る間に、糸はもう次へ進んでいた。


「それ、全部自分で考えたんですか」


 作業台の留め具を示すと、ガドは頷いた。


「右手がやってた分を、こいつらに頼んだ」

「なるほど。手を増やすより、先に置いておく」

「手が増えたら増えたで、置き場は要るだろ」


 俺は留め具の並んだ台を見た。一本の腕に出来ることを、一人分の仕事に育てた場所だった。

 手が四本あったら、俺なら何を頼むだろう。まず、片方には熱い皿を持っていてほしい。


 それも、置く場所を決めてからだ。

 袋を渡す時、ただ押さえようと出しかけた手を引いたのを思い出した。

 彼は一人で仕事が出来る。それでも俺と組めば、屋根を早く終えられる。

 手伝うなら、そういう所を探したい。


 待つ間、俺は水を飲んで座った。


 村から続けた庫を均す練習と、昨夜の猪の力が落ち着いた《余熱庫》(よねつこ)は、3,000 kcalまで受けられるようになっていた。使える上限は同じでも、次の仕事と夕飯の間を前より気楽に繋げられる。


 ガドの手が、袋の最後の縫い目を締めた。


「出来た。立ってみろ」


 ガドが袋を寄越した。

 両肩と腰へ帯が回り、背中にぴたりと収まる。留め具を押せば、背負ったままでも口を開けられた。


「財布を出して、焼き物を買うのが早くなりますね」

「獲物を出す方も覚えろ」

「どっちも大事です」


 彼は針をしまいながら、少しだけ笑った。


     *


 夕方、直った袋をマルタへ見せた。


 預けていた猪の肉は、細く裂かれていた。鍋の汁を煮詰めて絡め、炒めた葉と一緒に薄パンへ載せる。


 包んで表を焼くと、折った角がぱりりと立った。


 齧った瞬間、濃い肉汁が広がった。


 昨日は匙で食べた繊維が、今日は歯でほぐれる。葉の酸味が脂の甘さへ混ざり、焼けた端まで早く食べたくなる。


「同じ肉なのに、違うものみたいだ」


「次を飽きずに食べられるなら、余した甲斐があるね」


 マルタが、自分の皿へも一つ取った。


 テオは包みの端を見て、俺の袋を見た。


「今度は、落ちない?」


「たぶん。工房で重りも入れた」


「肉より重かった?」


「……そこは、あとで確かめる」


 俺は笑って、もう一口食べた。


 食後、残りの包みを新しい袋へ収めた。


 両肩と腰に重さが分かれる。地下の食料置き場まで運んでみても、袋の底はびくともしない。これなら次の狩りで、もう少し遠くの獲物も持って帰れそうだった。


 働いた賃の残りと、直った道具と、うまい飯。

 今日の手伝いは、ずいぶん割がよかった。


 食後の片付けを終える頃、料理の力がゆっくり庫へ入ってきた。

 マルタは次の粉袋を、台へ並べている。


「明日、仕込みをやってみるかい。朝は早いけど、昼前には終わるよ」

「昼前、ですか」


 明るい寝台を思い浮かべた。

 何も運ばず、次の注文にも呼ばれず、昼飯のあとに眠れる。


「食べる分は自分で払います。好きな粉も、買ってきていいですか」

「仕事中の鍋と混ぜなければね」


 俺はすぐ頷いた。

 明日は、早く終わらせるために頑張ろう。

 立派な目標が、一つ出来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。