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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

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六食目 その突進、いただきます

 芋畑を見て、最初に思った。

 これは、腹が立つ。


 掘り返された畝。折れた柵。泥まみれになった芋が、まだ食べられる形のまま転がっている。

 畑主のハンナが、踏み潰された葉を拾った。


「今朝も来たよ。泥猪(どろいのしし)。肩があんたの腰ほどある」


 俺は水場と藪を見た。

 猪は芋を食い、同じ藪へ戻る。速いが、曲がり損ねて水桶を二度倒したという。

 昨日、ギルドで聞いた被害の場所とも合っていた。


 小屋の中では、セラが農夫の足を手当てしている。柵を直す途中で猪に襲われ、水路へ逃げた際に捻ったらしい。

 これ以上、追いかけっこをする人を増やしたくない。


「あの空の荷車、使えますか」


 ハンナが顔を上げた。

 俺は小屋の壁と、荷車の幅を見比べた。


     *


「壁と荷車で、細い通路を作ります。猪には通れて、横には向けないくらい」


 土へ線を引く。通路の奥には餌桶、その脇には人が横へ抜ける隙間を残す。

 猪が入ってから戻れないよう、後ろの口には、綱で下ろせる厚板を掛ける。


「追い込むのかい」

「俺を追って、入ってきてもらいます。走る所だけは、先に固めたい」


 ハンナは柱を叩いた。


「荷車はここへ縛る。槍なら、獣用のがあるよ」


 持ってきた槍には、穂先の根元に横へ張る鍔(つば)があった。

 俺は逃げ口の外から槍を差し込み、鍔を柱の角へ当てた。押されると、柱で止まる。

 突進を腕で受ける必要はない。穂先が横へ外れないよう、柄を保てばいい。


 セラが俺の走る道を歩き、柔らかい泥へ棒を刺した。


「ここは沈むね」

「石を詰めて板を載せます。帰りに滑ったら、作戦が終わるので」


 ハンナと荷車を固定し、敷いた板の上を一度走った。

 奥から横へ抜ける。手を伸ばせば槍が取れる。後ろの厚板を下ろす綱にも届く。

 それを確かめ、セラに怪我人を水路の向こうへ移してもらった。


「出来そう?」

「はい。あとは、あっちが真っすぐ来てくれれば」


 怖くないとは言えない。

 それでも、もう何をするかは決まっている。


     *


 藪が割れた。


 乾いた泥の鎧を着たような巨体が出てくる。短い牙。太い首。昨日の木剣では、肩へ打ち込んでも止まらなかっただろう。

 俺は《収支眼》(しゅうしがん)を働かせた。

 《消費配分》(しょうひはいぶん)は、脚へ2 kcal/分、防御と思考へ1 kcal/分ずつ。眼を含め、上限の5 kcal/分だ。


 腕の強化は、使わない。


 芋を噛む音がした。

 俺は餌桶へ小石を投げた。乾いた音に、猪が顔を上げる。

 俺を見た。

 肩が沈む。後脚へ、光が走った。


 来る。


 俺は通路の奥へ走った。

 背中へ足音が迫る。板の一枚目、二枚目。逃げ口の前で足を置き、体を横へ切った。

 さっきまで腰のあった所を、牙が抜けた。


 厚板を下ろす。


 猪の後ろで、鈍い音が響いた。

 荷車が軋む。だが、縄を回した柱は動かない。

 振り返ろうとした巨体が、壁と荷台につかえた。


 荷車の板が、獣の肩で大きくしなった。

 逃げ口の外まで熱い鼻息が届く。


「そこだ」


 俺は槍を取り、柱へ鍔を合わせた。腕力を競う場所へは、一歩も出ない。逃げ口から穂先だけを入れる。

 餌桶を踏んだ猪が、前へ乗り越えようと鼻先を上げる。

 泥のない、顎の下。


 鍔を柱へ掛けた。

 柄を脇へ挟み、敷板へ足を据える。


 猪が、跳んだ。


 重い音が腹へ響いた。

 穂先が沈み、鍔が柱を打つ。震えが手首から肩まで突き抜けた。

 俺は柄を押し込まず、向きだけを支えた。

 暴れるほど、柱へ鍔が噛み込む。


 木の軋みが、途切れた。

 足もとの泥へ、重さが落ちた。


 俺は槍を置く前に、脚を見る。もう、突進する光は集まらなかった。


「終わりました」


 声にした途端、息が抜けた。

 水路の向こうで、ハンナが大きく両手を上げていた。


     *


 セラに水をかけてもらうと、掌の擦り傷が沁みた。


「痛いです」

「握り続けたからね。指、開ける?」


 一本ずつ動かした。動く。震えも、だんだん収まってきた。

 ハンナは猪から畑へ目を移し、土の上へしゃがんだ。


「明日は、芋を掘るだけで済むんだね」


 その声で、倒せたのだと実感した。


「助かったよ、レン。肉も、いい所を持っていきな」

「肩肉を分けてもらえますか。今夜は煮込みが食べたいです」

「肩は筋が多いよ。焼くより、じっくり煮た方が柔らかくなる」

「じゃあ、食堂のマルタさんに頼んでみます」


 セラが笑った。俺も、やっと笑えた。

 農夫たちに解体を手伝ってもらい、報酬と可食部の取り分を受け取る。帰りの荷車では、荒れた所だけ腕と胴と脚へ力を渡した。

 急ぐ必要はなかった。

 今日はこの肉を、ちゃんとうまくして食べたい。


 町では、ハンナが書いてくれた完了の紙をギルドへ出した。受付の男が、依頼と俺の顔を見比べる。


「泥猪、一頭。怪我人は増えてないのか」

「はい。小屋と荷車で曲がれない道を作って、槍は柱で受けました」


 俺は借りた槍の鍔を指した。

 男が身を乗り出し、どの場所を支えに使ったか尋ねる。話し終えると、登録板へ何かを書き足した。


「力の使い所を選べるんだな。次から、その眼も含めて仕事を紹介しよう」


 報酬の袋を受け取る時、少し背筋が伸びた。

 知らない技能の名前は、まだ知らないままだろう。それでも、俺が出来ることは覚えてもらえた。


 外で待つセラへ紙を見せ、今夜の食堂へ足を向けた。


     *


「いい肩肉だね」


 マルタは塊を返して眺め、大きな鍋を出した。


 切り出した脂を熱し、肉の表へ焼き目をつける。音と一緒に、野生の濃い匂いが立った。


「先に焼くんですね」


「この匂いを、汁へ残すんだよ」


 根菜と水が入る。ハンナも、自分の畑の芋を抱えてやって来た。


 俺は待つ間に道具を洗い、借りた槍を返す支度をした。


 肉が煮えるころ、診療所へ戻っていたセラも店へ顔を出した。


 四人分の器が並ぶ。


 俺は肉の端へ匙を当てた。


 ほろりと崩れ、繊維の間から濃い汁が滲む。口へ入れると、焼いた脂の香りがまだ残っていた。


 芋を潰して、その汁を絡める。


 朝、畑へ転がっていたのと同じ芋だった。


「こっちは食われずに済んだ分だよ」


 ハンナが言い、自分の器へ大きなひと欠片を取った。


 俺も次を掬った。さっきまで固くなっていた肩が、熱い汁を飲むたび緩んでいく。


「まだ、背中の肉もありますよね」


「明日は焼くかい」


 マルタが応じると、俺より先にハンナが頷いた。


 食後は塩をする分と、すぐ使う分を分けた。残りは店の冷たい食料置き場へ預かってもらう。


 皿を洗い、こびりついた鍋底を擦りながら、村では酸果(さんか)で兎を漬けたと話した。ハンナがやり方を訊き、マルタが汁の残りへパンを浸して味を確かめる。


 外が暗くなるころには、消化した肉の余剰カロリーも、ゆっくり《余熱庫》(よねつこ)へ入ってきた。


 残った肉はマルタの食料置き場へ預け、加工に回す分を仕分けた。

 最後の包みを抱えた時、袋の紐がぷつりと切れた。

 俺は落ちる前に肉を受け、しばらく黙った。


「猪を止めた人が、紐に負けたねえ」


 マルタが受け皿を寄せる。


「肉は無事です。こっちは勝ちでお願いします」

「袋の勝敗は、明日ガドに聞いといで。渡し場の奥の石工さ」


 俺は肉を皿へ戻した。

 鍋の隣には、明日の朝の分まで取り分けてある。

 これなら紐が切れた話も、笑って出来そうだった。


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