五食目 見えた一瞬を、逃さない
翌朝、冒険者ギルドで初めに渡されたのは、剣ではなく登録板だった。
俺は村で借りた姓を書いた。
レン・アスタ。
紐を切る持ち方を見せ、使える技能を伝える。
《暴食》(ぼうしょく)、《余熱庫》(よねつこ)、《収支眼》(しゅうしがん)、《消費配分》(しょうひはいぶん)。
受付の男は分厚い技能便覧を開いたが、どの名にも行き当たらなかった。
「身体強化は、どれほどだ」
「重い籠を少し楽に持てます。あとは、動く前に力が寄る所が見えます」
「名前や弱点を読む鑑定か?」
「いえ。何をするつもりかは、見た動きから考えます」
男は登録板へ書き込んだ。
「今は討伐の主戦力に数えられんな。採取の同行からでどうだ」
登録料は銅十枚。マルタに教わった薬草採取なら六十枚。
飯と寝床のための、最初の一件には十分だ。
セラという治療師が巡回から戻る、五日後の朝に来るよう言われた。
待つ間は河岸と食堂で働き、町の道を覚えた。マルタが二階の空き部屋を同じ一泊銅八枚で貸してくれたので、宿の荷も移した。
階段を下りれば飯。都合のいい拠点が出来た。
*
「レン?」
約束の朝、ギルドの前で呼ばれた。
灰金の短い髪が、頬の横で揺れた。澄んだ緑の目と、涼しげに整った顔立ち。綺麗な人だ、と思ってから、腰の小瓶と布の袋に目がいく。籠を背負った彼女は、俺より少し年上に見えた。
「セラさんですか」
「セラでいい。薬草、分かる?」
「村で三種類。食べる草なら、もう少し」
「今日は食べない方がメインになるかな、お願いね」
彼女の籠の半分には、白い包帯が入っていた。
採った薬草を戻すだけでなく、帰りに川沿いの家へこれを届けるという。
「じゃあ、薬草と食べる草は別の袋にします。渡す物は、出しやすい方へ」
「助かる。さっき、一番下へ入れかけた」
二人で包帯の位置を直し、林へ向かった。
斜面では脚と姿勢を支え、視認と合わせて4 kcal/分を使う。草の正体は《収支眼》では読めないので、見本はセラに教わった。
「私は《薬草識別》(やくそうしきべつ)があるけど、葉を裏返すして確認すると識別しやすいよ」
彼女は見本を一株残し、俺にも見える所へ置いてくれた。
白紐草。葉裏の細い毛。根も使うから、土ごと浮かせる。
袋へ入れる前に見本と照らし、採った半分を残して穴を埋めた。
「それなら早いね」
「箱を取り違えると、あとで困る仕事をしてたので」
隣に生えていた青香草は、豆を煮るときに使えるという。
そちらを摘む俺の手を、セラが見た。
「食べ物に使える草のほうが手の動き早くない?」
「夕飯に関わると、つい」
彼女が笑い、次の白い花へ手を伸ばした。
*
風がないのに、その横の葉が動いた。
葉の下から、短い脚が一本出ている。
《収支眼》の流れが、ぐっと太くなった。
「手を止めて」
自分でも驚くほど、短い声が出た。セラの指が止まる。俺はもう、腰の空袋へ手を掛けていた。
草に似た背。覗いている喉へ、光が寄る。
「何か、吐きます」
「葉舌蛙だ。下がって」
腰の空の袋を抜き、セラと草の間へ出す。
細い舌が、飛んだ。
袋の持ち手へ巻き付く。肩が引かれる。
俺は《消費配分》を脚と防御と思考へ組み替え、体を低くした。眼を含めて4 kcal/分。引き合えば、向こうが勝つ。
袋を離す。
蛙の口へ布が飛び込んだ。舌を引き戻した勢いで、袋を抱え込んでしまっている。
「口が塞がりました。網、いけますか」
「右から掛ける。レンは棒で左を塞いで」
セラの渡した採取棒を、地面すれすれに出す。
蛙の後脚が光った。
俺は跳ぶ先を追わず、棒の端を先に置いた。
蛙が横へ跳ねる。
棒へぶつかり、浮いた体へセラの網が被さった。
柄を下から支え、足を止める。
セラが網の口を絞るまで、今度は離さなかった。
「いいよ。捕まえた」
声を聞いて、力を切った。
さっき彼女の指があった葉の上を、舌が通っている。
一瞬早く分かった。それだけで、間に合った。
「先に気づいてくれて助かった。あの眼、採取にはかなり頼れるね」
セラは網を結び直してから、俺を見た。
俺も少し笑った。受付で聞いた評価とは、ずいぶん違う。
「ちなみに、食べられるんですか」
「そこは、もう気にするんだ」
彼女も笑ったが、濡れた袋は素手で取らせなかった。
「口の横に毒の袋があるの。解体屋に処理してもらおう。舌の付いた布も、包んで運ぶ」
毒があることは、聞くまで知らなかった。
俺は彼女の説明する口と脚の形を覚え、包んだ網を薬草から離した。
見つける仕事は俺。見分けて扱う仕事は彼女。
組めると、さっきよりずっと出来ることが多い。
*
昼は、川の見える石へ座った。
セラが包みを開き、薄パンの焼けた方を取った。
「そっち、焦げてませんか」
「このくらいが好き。そっちがいいなら替えるけど」
「じゃあ、次に焼けた方を食べ比べます」
「次の分も、採取で稼いでからね」
薄パンに柔らかい豆が挟まっていた。確認してもらった青香草を一枚足すと、噛んだ途端、青い香りが立った。
豆の甘さが、さっきよりはっきりする。
俺は口を閉じたまま頷いた。
「そっちは、覚えたね」
セラが笑い、俺も笑った。
昼食のあと、川沿いの家へ包帯を届けた。
戸口の女の人が布を受け取り、奥へ声をかける。片手を吊った男が出てきた。
「今日は、畑へ出た?」
セラが訊くと、男は途中まで、と答えた。彼女は椅子を借り、巻いた布を確かめる。俺が積んだ包帯の使い先が、目の前にいた。
「次の巡回までに、ここまで動かせるか見ておこう。痛むなら、先に町へ知らせて」
セラは短く伝え、家の人と次に来る日を確かめた。
帰り際、女の人が、二人ともありがとう、と言った。
道へ戻ってから、俺は空になった籠を見た。
「届ける物があると、道を覚えるのも早いですね」
「うん。次は、曲がる家を間違えなくて済む」
彼女にも間違えることはあるらしい。俺が笑うと、少しだけ肩を竦めた。
町では診療所へ薬草を運んだ。蛙はセラと一緒に解体屋へ渡した。売れる部分と処理代を調べてもらい、清算は後日だ。
ギルドで受け取った報酬は、銅六十枚だった。
数え終えた硬貨を革袋へ入れる。来るときに払った登録料より、ずっといい音がした。
帰り支度をするセラが、隣の掲示を見た。
「明日は、こっちの畑へ行くの。怪我人が出てるから」
泥猪の被害だった。
俺は覚えたばかりの文字を拾って読み、最後の行で止まった。
討伐者には、可食部の取り分あり。
「……読めた所が、顔に出てる」
「猪って、大きいですよね」
「うん。大きいし、速い。詳しく聞くなら受付へ」
夕方、依頼を終えた足で、裏庭の新人稽古に加わった。
木剣を握る。指導役は俺の足の前へ線を引いた。
「突いたら、その線まで戻る。力を足すのは、同じ所へ戻せるようになってからだ」
ゆっくり突き、ゆっくり引く。
三度目で、切っ先が同じ道を戻った。
派手さはない。だが、蛙の前へ置いた棒も、狙った場所に届いたから役に立ったのだ。
木剣を返し、猪の掲示をもう一度見た。
空腹だけで引き受けるつもりはない。どこに出て、何に困っているか。まずは、そこからだ。
「この畑の話、詳しく教えてください」
受付へ向けた俺の声は、朝より少し弾んでいた。




