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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第二章 塩の花を探して

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四十三食目 料理人の閉めた店

 ミナが、パンを一つ割った。


 まだ何も挟んでいない、試作用の丸パンだった。


「前の店でね。これに肉を挟んで出してた」


 指で示した厚さは、ずいぶん立派だった。


「客が喜ぶと、もう一枚。疲れた顔をしてたら、汁もつけて。子供が来たら、甘い芋を足した」


「……食べたいです」


「うん。皆、そう言ってくれた」


 ミナは笑った。


 その笑顔が、少しだけ、卓の上へ落ちた。


「店は、続かなかった」


     *


 水路へ仕入れに出る、三日前の話だ。


 粉屋の知人が来てから、ミナは夜に帳面を開くことが増えていた。


 俺は向かいの椅子へ座り、彼女が話すのを聞いた。


 皿の評判は悪くなかった。


 客も来た。


 けれど、売れば売るほど、次に買う肉の金が足りなくなった。


 料理を減らすのが怖くて、薪や自分の食事を後へ回した。


 最後には借りた分まで残り、店を閉めた。


「屋台なら、やり直せると思ったんだ。でも、また帳面が合わない日があるとさ」


 ミナの指が、パンの端を押した。


「おいしいって言われた分まで、間違いだった気がする」


 俺は、丸パンを見た。


 ミナが焼いたこれも、まだ温かい。


 初めて会った時の肉と、潮葉(しおば)の焼ける匂いを思い出した。


「俺は、ミナさんの料理を食べて、一緒に行きたくなりました」


 彼女の指が止まる。


「喜んだ客は、本当にうまかったんだと思います。俺も、そうだったので」


 前世の仕事でも、忙しくなるほど一人で抱え込む人を見た。


 俺自身にも、覚えがある。


 だからといって、ここで彼女の店を俺が決めたくはなかった。


「今、客へ出したいのは、どれですか」


 ミナがパンから目を上げた。


 棚には魚を包む葉。籠には芋と豆。肉の保存箱は、壁際にある。


 彼女は一つずつ見て、それから丸パンを持ち直した。


「皮を、ぱりっと焼いた魚。熱いうちに挟む。汁は、別の小椀で」


「うまそうです」


「それと、今度は、私も座って食べられる店」


 俺は、空いている紙を彼女の方へ寄せた。


「そこから、数えましょう」


     *


 試作の日、大将(たいしょう)は俺と同じ端からパンを食べた。


 皮の焼き目が、一番濃い所だ。


 同時に頷く。


「そこ、二票としていいの?」


 ミナに訊かれ、俺は口の中の物を飲み込んだ。


「好みは、一票分かもしれません」


「だよね」


 そこで、普通に昼飯を食べに来たセラにも渡した。


 彼女は、魚の間へ挟んだ柔らかい芋を先に食べた。


「こっちが好き。これなら、汁を別にしなくても食べやすい」


「あ。そうか」


 ミナが、俺と大将の皿を並べる。


 同じ形に残ったパンを見て、笑った。


「大食い三人を基準にしたら、また店を閉めるところだった」


 魚を少し薄くし、パンの端まで届くように切る。


 芋を挟み、塩と酸果(さんか)を最後へ足す。


 一口ごとに魚がある。


 さっきより小さいのに、最後までうまかった。


「これを、料理市に出す」


 ミナは自分で値を紙へ書いた。


 俺たちの賄いと、薪の分まで数えた後の数字だった。


     *


 試食の片付けが終わると、セラが隣へ来た。


 今日は、入口で止めるだけではない。


 彼女が選んだ、ほんの少しを受け取る。


 ユルが紙と筆を置いた。


「途中で止めたくなったら、すぐ止めてください」


「うん。指先へ集めるくらい。届いたら、教えて」


 掌が重なる。


 細い温かさが、皮膚の奥へ触れた。


 今度は、その先を開いた。


 俺の庫へ、少しだけ力が入る。


「送り出している分が四、俺へ届いたのは三です。受け取れました」


「少し、途中で散ったね」


 セラが手を離した。


 彼女の頭の中や、見ている物が伝わることはなかった。ただ、託された燃料が俺へ届いた。


 試しに木片を持ち上げても、いつもの上限までしか力は出ない。


「通せる太さは、同じです。使える分が増えました」


 ユルが、そのまま紙へ書く。


 セラは茶を飲み、自分の掌を見た。


「これくらいなら、午後の仕事も平気」


「今日は、ここまでにしましょう」


 俺は、残しておいた試食の皿を彼女へ寄せた。


 受け取った力は少しでも、誰かが自分で渡してくれた、初めての分だった。


     *


 その後の二日も、朝は稽古をした。


 四人から返る突きと受け流し(うけながし)を、俺の足で繰り返す。


 昼は仕込み、夜は試作。


 大将は芋を潰し、二番は俺と薪を割った。三番と四番が皿を洗っている間に、ミナは魚の焼き加減を二通り試した。


 増えた手で、試せる料理も増える。


 その分、全員の飯も要った。


 蜥蜴の素材代を受け取った時、俺は真っ先に、保存の利くパンと脂の多い肉を買い足した。


 訓練を続けられる分と、市で働く分。


 これで、腹を減らしたまま開店しなくて済む。


 ミナは帳面を閉じ、次に仕入れる魚の数を決めた。


 あの粉屋にも、自分で注文を伝えに行った。


     *


 仕入れの日、水路の風は涼しかった。


 午前の荷を積んだ平底舟が、町へ向かって並んでいる。


 俺は魚屋の箱へ目を向けていた。


「この大きさなら、一尾で何人前ですか」


「レンを数に入れるなら、先にそう言って」


 ミナが、箱の前へ立つ。


 その時だった。


 水門の方から、木が割れる音がした。


 舟が一隻、横へ押される。


 積んだ袋が崩れ、人の声が上がった。


 水面に、平たい背が出た。


 荷舟の横幅より大きい。


 その後ろへ、小さい背が何本も浮く。


「堰顎獣(せきあごじゅう)だ! 上がれ、舟から上がれ!」


 魚屋の男が、岸へ走った。


 巨体は水路の狭い出口へ腹を据えた。流れが堰き止められ、上流の舟が、横向きの一隻へ次々と寄っていく。


 岸と舟の間へ、小さい獣が頭を出した。


 船縁へかけた船頭の手が、引っ込む。


 飛び降りられない。


「ミナさん、買った物と人を、あっちの石段へ!」


 ミナは箱から顔を上げた。


 俺が見た先を、すぐ確かめる。


「分かった。火を使える場所も空ける!」


「セラさんは岸で、怪我人をお願いします。ユル、渡れる所を!」


 ガドが、もう係留索を肩から下ろしていた。


「俺は、こっちだな」


「はい。舟を、岸へ寄せたいです」


 剣を抜く前に、空いた石畳へ力を出した。


 二つの輪郭が立ち上がる。


 一分。


 大将へ盾を、二番へ剣を渡す。


 大将の足首から、琥珀色が上がった。


「近い舟を守ってくれ。二番は、その横を通す」


 二人が走り出した後も、俺は力を外へ保った。


 次の二つが、厚みを持つ。


 三番へ索の端。


 四番へ、舟へ渡す長い板。


 四人を立たせるだけで、庫の力が減っていく。


 今から働く分は、その先だ。


 だが、人が降りる道が、四つの手で出来始めた。


     *


 小さい堰顎獣が、岸へ上がった。


 大将の盾を避け、板へ向かう。


 二番の剣が横から入った。


 頭の前で止めず、首の付け根まで振り抜く。


 獣が石畳へ転がった。


 次の一匹を、俺が受け流す。


 剣へ当たった爪が、外へ滑った。


 イリスさんに教わった角度だ。


 残った剣先を、柔らかい脇へ入れる。


 目の前が開く。


「今、渡れます!」


 四番が板を押さえ、船頭を支えた。


 籠を抱えた女が続く。


 最後の一人は膝が震えていたが、三番が舟と岸を結んだ索を手すりにすると、自分で渡ってきた。


「三人、こっちへ!」


 ミナの声が、石段から届く。


 一隻、空いた。


 人のいなくなった舟を、ガドと岸の男たちが引き上げる。


 次へ渡す板を、四番が持ち直した。


 その前に、水路が盛り上がった。


 大きな顎が、二隻目の船縁を押す。


 大将の盾が、舟との間へ入った。


 鈍い音。


 盾の裏を、太い光が走る。


「押すな、流して! 人が乗ってる!」


 大将の腰が沈んだ。


 盾が斜めになり、口が舟の横へ逸れる。


 二番が短い前脚を狙うと、巨体はようやく頭を引いた。


 水が、足場の板を叩く。


 俺は三番へ索を送らせ、次の舟の先端へ結んだ。


 この一隻も、岸へ寄せられる。


 そう思った瞬間、向こうで縄が弾けた。


 ぱん、と乾いた音がした。


 さらに奥の舟が、横へ回る。


 船頭が竿へしがみついたまま、崩れた荷の間へ消えた。


 浮いた袋の向こうに、片腕だけが見える。


「まだ、一人!」


 ユルが岸の印を指した。


「あの杭まで行ければ、裏へ回れます!」


 俺は助けた人たちを、ミナへ向けた。


 彼女が頷き、両手で道を開ける。


 剣を握り直した。


「次へ行きます。あの人を、出す」


 大将の盾が、もう一度、水の方へ向いた。


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