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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第二章 塩の花を探して

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四十一食目 数値が出ないなら、鐘を鳴らせ

 泥の目が、俺を見た。


 その後ろでは、採取人の靴が小屋へ駆けていく。


 大将(たいしょう)も、二番も、もう戻している。


 今ここに立っている俺は、一人だ。


「ガドさん。小屋の鐘、一度だけ鳴らせますか」


「何を呼ぶ」


「こいつの顔を」


 ガドが口の端を上げた。


「おう」


     *


 泥の山は、さっき倒した沼殻蜥蜴(ぬまがらとかげ)より一回り小さい。


 小さいといっても、俺を丸ごと呑めそうな口をしている。


 目の上に《収支眼》(しゅうしがん)を向けた。


 見える部分へ薄い数字が浮く。けれど、草と泥に隠れた脚へ、数字は続かない。


 どの脚に力を溜めているのか。


 見えない物は、分からなかった。


 俺は目を細めるのをやめ、道全体を見た。


 右端には、さっき倒した大きい方。左には盛り上がった草の根。その手前の泥だけが、水を含んで光っている。


 そこへ足を置けば沈む。


 戻るなら、俺が今立っている固い道だ。


「レン!」


 小屋の前で、ガドが鉤を振った。


 かん、と澄んだ音が湿地へ抜ける。


 蜥蜴の目が、小屋へ向いた。


 長い頭が持ち上がる。


 泥の下から、短い前脚が一本出た。


 脚の付け根に、数字が走った。


 頭より先に、そっちが増える。


 来る。


 俺は鐘と蜥蜴を結ぶ線から、右へ外れた。


 泥が、腹の下から噴いた。


 大きな口が開く。


 さっきまで俺のいた場所へ、牙が突き刺さった。


 俺の足は、もう固い道を踏んでいた。


 小屋の鐘へ向いた首。その横で、前脚が伸び切っている。


 飛び込む幅は、二歩。


 朝、木剣で届いた距離だった。


 脚へ渡す。腰へ回す。最後に、剣を握る腕へ。


 余計に大きく振らない。


「《穿牙》(せんが)!」


 伸びた脚の後ろへ、刃が入った。


 手応えを両腕で受け、すぐ抜く。


 跳ね上がった尾が、俺の鼻先よりずっと後ろを通った。


 蜥蜴の前脚が折れた。


 大きい方の胴へ頭をぶつけ、そのまま泥へ沈む。


 俺は剣を構え直した。


 目も、脚も、もう動かなかった。


 小屋の鐘の余韻が、まだ残っていた。


     *


「……終わったのか?」


 扉の隙間から、ベックが顔を出した。


「はい。少し待ってください。近づくのは、俺が離れてから」


 血のついた剣を道の外へ向け、蜥蜴から距離を取る。


 肩へ入っていた力を抜くと、ようやく息が出た。


「呼び直す暇も、要らなかったな」


 戻ってきたガドが、俺の足元を見た。


「こっちへ逃げるのを決めてたか」


「さっき二番が沈んだ所は、避けました」


 あの時、盾の後ろから見た泥。


 回収して、自分の踵で踏んだ感覚も知った。


 同じ場所へ、もう一度沈まなくて済んだ。


「それに、朝の稽古が届きました」


 言ってから、少し笑ってしまった。


 朝は布を打った。


 今は、皆の帰り道を開けた。


 どちらも、俺が出した足だった。


 セラが小屋から出てきた。灰金の髪へ、戸口から射した光が乗る。


「怪我は」


「ありません。ちょっと腹が減りました」


「それは知ってる」


 緑の目が、ようやく緩んだ。


     *


 二頭目を倒したからといって、二頭を肩へ担いで帰れるわけではなかった。


 ベックが道の見張りを増やし、町から荷車を呼ぶ人を決める。


 俺は彼の隣へしゃがんだ。


「手伝います。皮を残す所、前に教わった線でいいですか」


「腹の薄い所からだ。こいつは鰐より脚の皮が硬い。そこで刃を捻るな」


 短い解体用の刃を借りる。


 皮を引き、刃を進める。


 鰐を処理した時、ベックが押さえた場所を覚えていた。引きすぎれば身が裂ける。刃だけで切ろうとすれば、硬い皮へ引っかかる。


 片方の手で、切る線を作った。


「そこまで。骨へ当たったら、こっちへ寝かせろ」


 教えられた通りに、薄く刃を返す。


 思っていたより、きれいな一枚が剥がれた。


「……あ」


《解体基礎》(かいたいきそ)を習得しました。


 浮いた文字の向こうで、ベックが頷いた。


「やっと、自分の手になってきたな」


 名前がついても、知らない獣の食べられる場所まで分かるわけじゃない。


 こいつの肉についても、俺はベックに訊いた。


「背の身はいい。内臓と泥に触れた所は分ける。汁を混ぜるなよ」


「分かりました」


 食べる所と、売る所と、捨てる所。


 分け終わった籠を見て、ちょっとだけ誇らしくなった。


 討伐の報酬だけでなく、夕飯へ繋がる仕事まで、自分で出来た。


 その夕飯が何になるかは、町の料理人に任せよう。


     *


「今日は、葉包み」


 宿の台所で、ミナがそう言った。


 俺は荷物を下ろす途中で止まった。


「何を包むんですか」


「白身魚。買っておいた分。それと、持って帰った肉は明日から使う。今夜は、もう仕込んである方を食べて」


「賛成です」


「まだ中身を言い終わってないけど」


 赤茶の髪を結び直しながら、ミナが笑った。


 鍋の蓋の向こうで、葉が膨らんでいる。


 そこから漏れる湯気が、魚より先に酸っぱい果実の匂いを運んできた。


「大将と二番も、呼んでいいですか。皿運びと片付けまでやります」


「二人分は取ってある。食べる席もね」


 俺は、空いた壁際へ手を向けた。


 力を外へ出し、輪郭を保つ。


 一分の間に、二つの身体が厚みを持った。


 丸い頬と、若い頬。


 二人が並んで立つと、袖の下の琥珀色が、ゆっくり落ち着いていく。


 さっき戦った分も、呼ぶための分も、庫から減った。


 けれど、台所に皿を並べる手が四本増えた。


 大将へ深皿を渡す。


 厚い掌が、縁を下から支えた。


「俺たちの分は最後でいい。ミナさんの席も空けてくれ」


 大将が頷き、椅子を一脚、鍋の近くから卓へ寄せた。


     *


 葉の結び目を解くと、湯気が顔へぶつかった。


 白い身へ、刻んだ葱と酸果(さんか)の皮が乗っている。


 匙の先を入れる。


 魚が厚いまま、ほろりと割れた。


 口へ運べば、まず葱の甘み。その後から、熱い汁が舌へ広がった。果実は酸っぱすぎず、魚の脂をもう一口欲しくする。


 パンを浸した。


 これは、葉の隅に残った汁まで食べるためのパンだ。


「うま……」


 隣から、同じタイミングで息が漏れた。


 大将が匙を持ち直す。


 二番も、葉の端へパンを寄せていた。


「三人とも、同じ所から食べるんだね」


 ユルが面白そうに見ている。


 卓の真ん中に、試食用の一切れが残っていた。


 俺は大将の皿へ寄せた。


 その手前で、大将の皿が俺へ寄ってきた。


 二番も、同じ切り身をこっちへ向ける。


 三枚の皿が、卓の上で止まった。


「……俺、そんなに遠慮する方だったか?」


「自分の分だと思うと、後回しにするね」


 セラの言葉に、返事が遅れた。


 ミナが、真ん中へ手を伸ばす。


「はい。じゃ、三つ」


 切り身を分け、三枚へ乗せた。


「同じ顔で我慢比べしない。食べるために呼んだんでしょ」


 俺は大将を見た。


 昔の顔が、ちょっと困ったように笑った。


「……いただきます」


 今度は二人とも、すぐ匙を上げた。


     *


 洗い物が終わると、大将が布巾を絞り、二番が戸口へ椅子を戻した。


 食べた力が届くまで、皆で卓を囲む。


 ガドは明日の修理を、ユルは帰り道に直した印を話した。ミナは自分の魚を一口食べ、次は葉をもう少し柔らかくしようと言った。


 二人を戻す時には、外の空がすっかり暗くなっていた。


 皿の温かさと、パンへ染みた汁の味が重なる。


 腹は一つのままなのに、うまいと思った回数が増えた。


 これは、かなり得な能力だと思う。


 寝る前、宿の主人から折った紙を渡された。


 ギルドを通して、騎士から稽古の誘いが来たのだという。


「四日後の朝。町の北の練習場、だそうだ」


 湿地の話を聞いたらしい。


 剣と盾を使う分身を、見せてほしいとある。


 俺は、今日蜥蜴へ踏み込んだ足を見た。


 前より届くようになった。


 教われば、もっと届くかもしれない。


「お願いします、と伝えてください」


 紙を畳むと、ミナが隣から覗いた。


「その日は、朝ご飯、多め?」


「はい」


 俺は迷わず頷いた。


「練習の後も、お願いします」


「そこまで聞いてない」


 笑い声を聞きながら、剣を寝台の脇へ立てた。


 四日後が、楽しみだった。


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