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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第二章 塩の花を探して

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四十食目 昔の俺が、帰りの力をくれた

 帰り道に、泥の山が出来ていた。


 朝には、なかった。


「そこで、止まってください」


 先頭の採取人の足が止まる。


 泥の下で、目が開いた。


     *


 大将(たいしょう)の荷運びから三日、俺たちは湿地の道を直していた。


 朝は木剣と荷重。昼は仕事。夕方、回収した手つきを今の身体へ通してから、飯を食べる。


 二番と同じ型を繰り返すだけでも、前よりずっと早く、足が揃う。


 その上で、一人には重い物を、もう一人には軽い木剣を渡すと、同じ突きの違う所が分かった。


 二日前には、三人目が出来た。


 昨日は、四人目も立った。


 どちらも若い俺だ。青い布の二番に、赤い三番、白い四番。庭に並んだ同じ顔を見て、ユルが数え直した。


「レンさんが、五人」


「昼飯も、そこまで増やせますか」


「先に稼いできて」


 ミナの返事は早かった。


 今朝、木剣を構えると、ガドが昨日より遠くへ布を下げた。


 足を出す。


 木剣が真ん中を打ち、一息で戻る。


 鰐の脇へ入った時より、速い。もう一歩先まで行けそうな力が、腰に残った。


最大追加消費 240 kcal/分


 俺は息を吐き、思わず笑った。


「ずいぶん、伸びたな」


 ガドの言葉へ頷く。百回の稽古を、一人で終える日を待たなくていい。その百回を持ち帰った俺は、次の百回から始められる。


 昼前の仕事も、昨日より早く終わった。


 それなのに帰る道で、泥の山が待っていた。


     *


 泥の山は、短い脚で立ち上がった。


 平たい背へ、乾いた泥と草が張り付いている。頭を上げるまで、道の盛り上がりにしか見えなかった。


「沼殻蜥蜴(ぬまがらとかげ)だ!」


 ベックが声を飛ばす。


 右は水路、左は崩れた斜面。先頭の二人は、もう蜥蜴の鼻先にいる。


「大将、盾! 二番は俺と。三番、四番、人を後ろへ!」


 道具の籠が地面へ並んだ。


 ガドが補修した盾を渡す。大将が受け、厚い背中を二人と蜥蜴の間へ差し入れた。


 三番と四番は、落ちた籠を退けて道を空ける。


 俺は二番と左右へ分かれながら、《余熱庫》(よねつこ)を開いた。


 朝の稽古から、かなり使った。


 けれど、もう一つ使える取り置きがある。


 大将は早番の仕事を終え、俺たちより二時間以上前に食べていた。その分は、もう力へ変わっている。


 俺が目を向けると、大将が空いた掌を差し出した。


 食卓で、隣へ皿を寄せるような手だった。


「帰りの荷運びは終わりだ。今は、こっちへ回してくれ」


 男が頷く。


 先に食べた飯を、今の俺たちが使える。新しく増やしたのではなく、ちゃんと食べて残していた力だ。


 その分まで、四人へ渡した。


     *


 蜥蜴の頭が沈む。


 次の瞬間、泥が弾けた。


「流せ!」


 大将の両腕へ、琥珀の光が走る。


 盾が鳴った。斜めの板を長い口が滑り、牙が俺の右を通り抜ける。


 セラが採取人を呼び、三番が一人の肘を支える。四番はもう一人の籠を抱え、二人とも盾の後ろへ引き込んだ。


「全員、戻った!」


 よし。


 二番の剣が、蜥蜴の目の前を走った。


 刃は鱗を叩かず、その手前で引く。頭が二番を追い、尾が右の水路の杭へぶつかった。


 胴が半歩遅れる。


 今なら、と足へ力を渡しかけた。


 その前に、二番の踵が泥へ沈んだ。


「退け!」


 剣が引かれた所を、尾が薙いだ。


 道端の横木が折れ、湿った破片が水路へ飛ぶ。俺は踏み込むのをやめ、二番の肩を引いた。蜥蜴の頭が、その空いた側へ回る。


 大将が盾を向け直す。


 牙が板を擦り、今度は低い位置へ噛みついた。


「押し返さなくていい。頭を道の外へ!」


 厚い脚が、泥を踏んだ。


 盾の内側へ丸い腹が寄る。足首から腰へ走った光が、柄を握る両腕を照らす。


 板の角度が変わり、長い口が水路の側へずれた。


 その間に、三番と四番が採取人を小屋へ運ぶ。セラも後ろへ下がり、帰ってきた二人だけが、道端の籠をもう一度退けた。


 守る人は、もう後ろだ。


 今度は、俺たちが動く幅を作れる。


「二番、頭を右へ。俺は、まだ入らない」


 剣が目の前を横切る。


 蜥蜴は追わず、腹を低くして盾へ押し寄せた。さっきと同じ隙を、もう一度見せてはくれないらしい。


 大将の靴が、少し下がる。


 俺は三番へ手を振り、道の固い側にある短い横木を渡させた。四番が籠を引き、戻る道へ転がった金具を退ける。


 大将が支えている間に、三人の手で、次に動ける場所が出来た。


 鰐の時は、受ける手と剣だけだった。


 今日は、そこへ道を作る手がある。


 蜥蜴が一度頭を引いた。


 次の突進で盾を倒すつもりだ。


 俺は泥を見た。二番の踵が沈んだ所を避け、横木の先から先へ足を運ぶ。


「左の二歩先、固いです!」


 ユルの声へ足を置いた。


 俺はもう、そこから入れる。


 ガドの長柄の鉤が、道端の横木を引いた。


 右前脚のすぐ前へ、一本。


 蜥蜴が跨ごうと頭を上げる。


「大将、下から!」


 盾が顎の下へ入った。


 足首から腰、両腕へ、光が駆け上がる。大将が立ち上がるように押し、泥の鎧を載せた頭を持ち上げた。


 二番は、もう刃を引いている。


 空いた一本の道へ、俺が踏み込んだ。


 大将の腕の光が細くなる。その力を脚へ、腰へ、最後に剣を握る腕へ。


「――《穿牙》(せんが)!」


 下顎の柔らかい縁へ、剣が通った。


 両腕へ、確かな手応えが返る。


 抜いて退く。


 牙が空を噛み、前脚から力が抜けた。


 大将が盾を傾ける。重い胴が道端へ滑り、泥を跳ね上げて倒れた。


 道の真ん中が、開いた。


「八分です!」


 砂時計を持つユルの声に、俺は大きく息を吐いた。


 逃がす手も、引きつける剣も、決める力も足りた。


 人数が増えた分だけ、守れる場所まで増えていた。


     *


 大将が盾を下ろす。


 俺は空いた掌へ、自分の掌を打ち合わせた。


 ぱん、と乾いた音がした。


「助かった」


 誰かが聞いていても、気にならなかった。


 二番も剣を下ろし、三番と四番が荷を持って戻る。


「全員へ言うと、手が足りませんね」


「足りてるだろ。五人もいるんだから」


 ガドに笑われ、俺も笑った。


「飯の方は、五人分要ります」


「そっちは、さっきも聞いた」


     *


 ベックが討伐を告げ、人を近くの休憩小屋へ戻した。


 蜥蜴を道端へ寄せ、見張りを頼む。大将と二番に道具を運んでもらい、三番と四番はここで戻した。


 ミナは町で仕込みをしている。


 持たせてくれた包みには、鰐の保存肉とパンが多めに入っていた。人数が増えたから、遅れた時も食べられる物を足したのだという。


 小鍋で肉を温めると、脂が薄く広がり、塩漬けの香りが湯気へ戻った。


 大将にも二番にも、椀を一つずつ。


 パンを浸せば、硬い端から柔らかくなった。鰐の脂は量の割に力になると、ベックが教えてくれた部位だ。


 朝は稽古、昼は仕事と討伐。


 その合間に、皆とこうして食べられる。


 分身を増やしたら忙しくなると思っていたが、増えた手で早く終わらせることも出来るようになってきた。


「次は何人にするんだ」


 ガドが訊いた。


「今の四人を、もっと使えるようにしてから。八人いたら、狩りと仕込みも分けられそうです」


「先に鍋を相談してくれ」


 俺は大きく頷いた。


 食事が力になるまで休み、戻った腕の疲れも落ち着かせる。帰り支度の前に二人も回収すると、さっきとは違う場所から見た戦いが俺の中へ重なった。


 盾の向こうの牙。剣を引いた先を駆ける自分。


 明日の稽古で、もう一つ直せる所まで分かった。


     *


 午後の遅い光の中、荷を小屋へ置いて帰り道を見に出た。


 倒した蜥蜴は、右端にある。


 俺は朝の道と比べ、左の草が根ごと持ち上がっている所へ目を留めた。


「そっちも、近づかないで」


 その泥が動いた。


 下から、小さい目が開く。


 ガドが鉤を取り、俺の隣へ来た。


 俺は剣を抜き、皆へ声を掛ける。


「小屋へ。今度は、出てくる場所が分かってます」


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