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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第二章 塩の花を探して

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三十六食目 昔の俺と、同じ鍋を囲む

「肉は、逃げないよ」


 ミナが言った。


「それは、俺たちが頑張ったので」


 俺は卓へ額を付けたまま答えた。


 鰐を倒した午後、町へ戻る前に、採取人の小屋で遅い昼飯を作ってもらっている。


 脚が重い。肩も重い。


 盾を支えた分まで戻ってきて、今の俺には、あの鰐が二度重かった。


 セラが水の杯を置く。


「水。あと、少し寝て。起きてから食べよう」


「出来たら、呼んでください」


「匂いで起きそうだけどね」


 否定する前に、瞼が落ちた。


     *


 目が開いた時、空はまだ明るかった。


 代わりに小屋の中が、香草と蒸した肉の匂いでいっぱいになっている。


 ミナは大きな鍋へ潮葉(しおば)を敷き、叩いて薄くした尾肉を重ねていた。水は底へ少し。蓋をすると、葉の隙間から細い湯気が上がった。


「起こす前だったのに」


 セラが笑う。


「五感で一番鼻が優れてるので」


 腹が鳴った。


 皆に聞かれたので、もう説明はいらなかった。


 水を飲んで起き上がる。鍋の匂いへ引かれる俺の背を、セラが笑って支えてくれた。


 食事の前に《代謝加速》(たいしゃかそく)を急いで掛けるのはやめた。先に食べて、栄養を取ってから休めばいい。


 その時、ミナが鍋の横へ布を置いた。


「鍋を運ぶの、もう一人頼める?」


「今度は、食べる席まで増やしてもらえますか」


 ミナは頷き、二人分の鍋つかみを渡してくれた。


 二番は戻したまま、最初の一人を呼んだ。今は鍋を一緒に運び、同じ席へ座りたかった。


 呼び直しても、姿は同じだった。


 掌へ布を重ね、二人で鍋の持ち手を取る。ミナが蓋を押さえ、すぐ横の台へ下ろす。


 大鍋が卓へ来ると、採取人たちが嬉しそうに椀を寄せた。


     *


 食卓には、同じ椀が二つ並んだ。


 セラが片方を俺へ、もう片方を分身の前へ置く。


「今日は、食べてみる?」


 俺は男を見た。


 顔も、手も、身体もある。疲れもある。


 皿を持つ所から始めたのだから、次は匙でもいい。


「少しずつ。何か変なら、そこで止めます」


 ミナが小さい肉を二枚、先に分けてくれた。


 俺は分身に匙を渡し、俺と同じように食べてみてくれ、と伝えた。男は椀を手元へ寄せ、肉の端へ匙を入れた。


 俺も、同じ所から食べようとしていた。


 顔を見合わせ、手が一瞬止まる。


「どっちかが、先に食べてもいいんだよ」


 ミナに言われ、俺は笑った。


 俺が先に食べた。


 鰐の尾肉は、見た目ほど硬くなかった。


 叩いて開いた薄い繊維へ、葉の香りが入り込んでいる。噛むと、鶏に少し似た淡い味の後から、濃い脂が出てきた。


 汁を飲む。


 酸果(さんか)の汁が利いていて、舌に残った脂が軽くなる。


 もう一口、今度は肉の真ん中を食べた。


 隣の男も、同じ順に食べていた。


 俺は二杯目の汁を先によそい、椀を卓の端へ寄せた。熱すぎると、食べたい時に飲めない。

 隣でも、同じ椀がもう一つ置かれた。


「そっちも、冷ましておくのか」


 男が頷く。

 同じ癖を横から見ると、少しおかしい。俺は二つの椀をぶつからないように並べ、先に肉へ戻った。


     *


「味、分かるか」


 俺が訊くと、分身は頷いた。


「うまい」


 光の残る指で、匙の柄を持ち直す。飲み込んだ肉が光になって消えるようなことはなかった。頬がゆっくり動き、俺と同じだけ、噛む時間があった。


 聞き慣れた言い方だった。


 それ以上、別の感想は出てこない。俺が旨いと思うものを、俺の記憶を持つ身体が食べている。


 彼の口の中まで、今の俺に味が届くわけではない。


 それでも、噛み終わってから汁へ手を伸ばす間に、見覚えがあった。


 昔、熱い物を急いで食べると口を焼いた。だから最初の汁は、肉を二口食べてから。


 その癖まで、同じだ。


 向かいのガドが、パンを割った。


「二人で食うと、肉が減るのも早いな」


「まだ、皆の分はあります」


 ミナは笑い、先にベックと採取人の椀を満たした。売る分を残し、皆で食べる分を決めて、その中から俺の追加も作ってくれる。


 俺と分身は、同じ時にパンを汁へ浸した。


 同じ時に、汁を吸った所を上へ持ち上げる。


 隣を見ていたら、俺の方が先に一滴こぼした。


「隣ばかり見てると、またこぼすよ」


 セラが布を差し出した。


「今、向こうもそう思ってそうで」


 俺は受け取り、二人の間を拭いた。


 ふと、椅子を少しだけ外へずらしかけた。


 昔は、人の通り道へ自分の身体がはみ出していないか、食べている途中でも気になった。


 隣の男も同じように膝を引いたので、俺は足を止めた。


 ここには、二人分の場所が空けてある。


「そこ、狭い?」


 セラに訊かれ、俺は首を振った。


「ちょうどいいです」


 椅子を動かす代わりに、二つの椀を少し離した。


 ミナが新しい肉を置き、俺は分身の方にも、同じ大きさの一片を分けた。


 次に箸代わりの細い串を使う時は、手がぶつからなかった。


 妙な相席でも、こうやって自分たちの場所を作っていけるらしい。


     *


 食事を終え、すぐには分身を戻さなかった。


 食べた物が力になるまで、隣で同じ午後を過ごすことにした。


 鍋を片付け、道具を洗い、俺と彼は日陰で休んだ。


 ミナは保管する肉へ塩をし、ベックは買い手へ渡す量を帳面へ書く。ユルは朝の水位と、戻れる道を図に足している。


 誰の仕事にも、片付けの時間がある。


 俺はその横で、自分が食べた分が力になるのを待った。


 二時間以上たってから、画面にある「分身の活動用」の欄が、ゆっくり増え始めた。


 《余熱庫》(よねつこ)の中で、彼に回す分として取り置いていた力だ。


 さっきまで、存在と作業の分だけ減っていた所へ、食事から吸収した力が入っていく。


「食べた分で、明日も手伝ってもらえる」


 声へ出すと、ミナが手を止めた。


「じゃあ、これからは二人分、予定に入れるね」


 俺は頷いた。


 勝手に料理が増えたわけではない。今日みたいに食材を獲って、ミナが仕上げて、実際に二人で食べた分だ。


 分身も食事で力を補える。二番にも弁当を持たせれば、稽古を長く続けられる。二人の覚えた分を持ち帰って、また次の朝へ進める。


 面白い使い道が、いくつも頭へ浮かんだ。


 けれど、その前に隣の椀を見た。


 底まできれいに、パンで拭ってあった。


     *


 帰り支度をする前に、分身を戻した。


 昼の疲れは残っている。食事をしたから、全部が消えるわけではなかった。


 その代わり、もう一度、肉の柔らかい端を噛んだ記憶が来た。


 今度は、彼の身体が味わった方だ。


 隣に座る若い俺の横顔まで、少しだけ覚えている。


 変な相席だった。


 昔の自分へ、今の俺が獲った肉を出したようでもあった。


 前の俺は、こういう料理をきっと喜んだ。


 それは自分で食べれば、分かることだった。


 吸収を確かめた後は、自分の張った腕へ《代謝加速》を少しずつ回した。水も飲み、もう一度座って待つ。向こうの手で働いた疲れも、一緒に落ち着くのを待った。


 俺は空になった二つの椀を重ね、ミナへ運んだ。


「次は、二人で仕込みも出来るようにします」


「助かる。どっちへ頼んだか、分かる呼び方も欲しいな」


 そこで、足が止まった。


 俺、と呼べば俺が返事をする。


 そっち、と呼べば、二人とも振り向く。


 名前を付けるということを、俺はまだ、ちゃんと考えていなかった。


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