三十四食目 二人目は、今の俺
俺の顔が、もう一つ増えた。
今度は、若い方だった。
隣の丸い腹を見てから、目の前の細い腰を見る。向こうの俺も、同じ順に見比べた。
「そっちは、似てるんだな」
ガドに言われ、返事が二つ揃った。
「俺なので」
*
ガドがサルナへ来てから二日後の朝。
荷を積む前に、宿の裏庭で分身を出した。
この二日も、清掃と剣の稽古は続けていた。分身が突き、本体が横から足を見る。戻した感覚を自分の身体へ合わせ、もう一度やる。
一人で繰り返していた時には分からなかった癖が、目の前へ立つ。
直した一回を、向こうの俺も覚える。
飯を食べて眠ると、翌朝にはその一歩が軽くなっていた。
今日は、そこへ通す力も増やせた。
最大追加消費 80 kcal/分
隣には、いつもの厚い掌の男が立っている。
けれど、技能欄にはもう一つ、空きが出来ていた。
《実体分身》(じったいぶんしん)。同時存在、二体。
「増やせるかもしれません」
「なら、俺の荷は三人で運べるな」
ガドは工具袋を下ろし、庭の真ん中を空けた。
俺は自分の手を見た。
布を折り直した指。木剣を握った角度。今の脚で踏み込み、戻ってきた時の感触。
一体目を変えるのではない。
空いている二つ目へ、今の俺を立たせる。
琥珀色の筋が、足から膝へ伸びた。
腰、胸、肩。輪郭を満たす光の向こうに、毎朝使っている手足が出来ていく。
先に出した男の袖口にも、淡い火種が残っている。《余熱庫》(よねつこ)からは、そちらを保つ分も流れ続けていた。
一分。
新しい足が土を踏む。
俺と同じ顔の、若い男が立った。
ここへ来てから鏡で見慣れた顔だ。黒髪の跳ね方まで同じで、つい自分の前髪へ手をやる。
向こうも、同じ所を触った。
「そっちは、似てるんだな」
そこで、さっきのガドの一言だった。
ミナは二人の間へ入らず、俺の方へ空の籠を渡した。
「レン、これを」
三人とも手を出した。
「……呼び方、考えようか」
それは、早急に必要だった。
*
若い方は、ひとまず二番と呼ぶことにした。
手首へ青い布を結ぶ。服まで同じなので、これがないと、俺が鏡の前で迷いそうだ。
最初の男には、いつもの籠を。
二番には、軽い横木を一本。
俺が順に場所を示すと、二人が違う物を持ち上げた。
「先に、籠を台へ。二番は、そのまま待って」
丸い腹の前で籠が下りる。俺が中を空け、次に二番へ横木を渡してもらう。
両手が空いた。
俺は自分の掌を、思わず裏返した。
持っていない。二人とも、ちゃんと持っている。
「これなら、片方が稽古をしてても、片方に仕事を頼める」
「本人は?」
ガドが訊く。
「もう一つ、出来ます」
「昼寝じゃなかったのか」
それも捨て難かった。
けれど、二人へ木剣を渡し、一人が突いている間に、もう一人の足を直せる。
料理と剣を同じ朝に覚え、夜には二つとも持ち帰れる。
やりたいことが、眠気より先に増えてしまった。
ミナが包みを荷車へ積んだ。
「じゃあ、食べる時間は三人とも空けておいてね。まだ、二人に食べさせていいかは分からないけど」
その時には、ぜひ増やしてもらいたかった。
*
町の西にあるルタレ湿地へは、俺とガドで荷車を押して行った。
二人の分身はいったん戻してある。道中で出しっぱなしにするより、仕事場で使う方がいい。今朝だけでも、二人分の維持が貯蓄を減らすのは見えた。
荷には金具と工具、昼飯、それから腰掛けが二つ。
「二人増えたので、椅子は足りませんね」
「荷車の縁にでも座れ。俺の席は取るなよ」
湿地へ着くと、空が水面へもう一つ続いていた。
葦の間を細い水路が曲がり、採取人が小舟から籠を上げている。
頭を務めるベックが、納品の札へ印をくれた。
「町の工房から、よく来てくれた。手すりが直れば、舟へ荷を渡しやすくなる」
俺は岸の固い所で、二人を呼んだ。
一分ごとに、土の上の影が増える。
ベックは厚い肩と俺と同じ顔を見比べ、口を開けた。
「手伝いは、三人か」
「はい。何をするかは、俺へお願いします」
「助かる。そっちの端から運ぼう」
それで、仕事は始まった。
*
最初の分身は、金具の籠を腿へ寄せて抱えた。
前の俺が、伝票の束や見本の箱を倉へ運んだ時の持ち方だった。
角を腕へ当てず、下ろす台を先に空ける。厚い掌の奥を光が通るのに、その手つきだけは、昔のままだ。
俺は受け台を空けた。
二番が次の横木を運ぶ。
ガドが留め金具を打つ音へ、別の金具が台へ置かれる音が続いた。
これまで俺が戻って取りに行っていた物が、もう手元へ来ている。
岸から出た細い足場には、ガドと最初の分身が乗る。横木を支える両腕へ力を渡し、留め終えたら引く。その間、二番が岸の俺へ次の一本を渡した。
「次、あるぞ」
「もう来てます」
ガドが振り返り、笑った。
横木が三本繋がる頃には、採取人が手すりを使って渡り始めた。
同じ時間へ、三人分の仕事が収まった。
俺は金槌の音を聞きながら、次は稽古場でもこれをやろうと思った。
*
昼にはミナとユルが小舟で来た。
魚の仕入れと、水路の図を作る仕事だ。セラは町の薬師の所へ薬を渡し、夕方に合流するという。
ミナが見せた魚は、細い腹が銀色に光っていた。
「粉を付けて焼けば、骨まで食べられるって」
俺が身を乗り出すと、二番も横から覗いた。
「食べたそうな顔まで、同じだね」
「俺なので」
また返事が重なり、ガドがパンを持ったまま笑った。
昼の包みには、炙った肉と酸果で漬けた葉が挟んである。
端の脂が香ばしく、噛んだ後へ軽い酸味が来た。水面を眺めながら、次はあの魚を食べたいと話す。
座る場所が足りないので、俺は荷車の縁を使った。
ガドは自分の椅子を守り切った顔で、足を伸ばしていた。
*
午後、二人を回収してから、最後の籠を自分で運んだ。
腿へ寄せる角度も、横木の端を支えた重みも、一緒に戻っている。
今の腕へ合わせて抱え、台へ置く。
《荷扱い》(にあつかい)。
技能欄へ名が残った時、俺は空になった床を見た。
向こうの二人が働いた分まで、こっちに使える。
掃除と木剣だけではなかった。
夕方も、明日の朝も、別の仕事を並べてみたい。強くなったら出来ることが、また増えそうだった。
道具を荷車へ積み、あとは魚を受け取るだけになった頃。
横木が、鳴った。
留めたばかりの杭が、下から大きく揺れる。
「岸から離れろ!」
ベックの声と同時に、水が膨れた。
杭へ白い歯が掛かる。
新しい木が、真ん中から砕けた。
俺はミナの椅子を岸から引き、ガドが笛を吹いた。ユルが舟の綱を解き、採取人が反対側へ漕ぎ出す。
水面へ出た二つの目が、こちらを向いた。
「葦牙鰐だ。船着き場へは、近づけるな!」
直した手すりが、牙の間で折れていた。
俺は荷車の工具袋と、ギルドへ戻る道を見た。
盾が要る。
それから、もう一本の剣も。




