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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第二章 塩の花を探して

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二十五食目 引き返すための目印

 洞窟へ持っていく物は、鍋だけでは済まなかった。


 飲み水、乾いた薪、灯り、替えの布。柄付きの丸い網と、小さな採取用の刃。海岸を調べた翌日を、丸一日支度に使った。借りた薄板を鞄の外へ括り、さらに一晩眠って迎えた出発の朝だ。荷は、最初に海を見に行った日より増えている。


「食料なら、今食べて荷を軽くできるんですけど」


「明日食べる分は、明日まで残して」


 ミナはそう言って、自分の袋へパンを移した。


 採取棚が乾く翌朝の引き潮に合わせ、高い棚で一泊する計画だった。ユルが潮の時刻を確かめ、俺たちは前に見つけた石段から低い入口へ下りた。今日は壁の下半分まで乾いている。磯の匂いへ、冷えた石の匂いが混ざった。


 入口のそばには、古い杭があった。


 俺がそこへ布を結ぼうとすると、ユルが待って、と手を出した。


「その杭、外から来たら見えます。でも、戻る時は岩の裏です」


 中へ回ってみる。


 本当だった。


 岩に隠れる杭はやめ、洞内からも見える柱状の岩へ布を結び直した。すぐ横へ、出口を指す矢印も刻む。布が落ちても、こちらは残る。


「先の印が見つからなくなったら?」


「最後に確かめた印の所へ戻って、皆で道を確かめよう。一人で探しに行かないでね」


 セラが答えた。


 ユルが頷き、地図へ同じ印を写した。


 引き返すときに迷わないよう、全員で矢印の位置を確かめた。


     *


 床は、平らではなかった。


 低い所に水が残り、白い粉の浮いた所ほど滑る。《消費配分》(しょうひはいぶん)で脚と腰、腕を支え、《収支眼》(しゅうしがん)と合わせて10 kcal/分。岩間を走る虫を避け、乾いた場所まで一人ずつ進んだ。大きな荷をいったんまとめて置き、寝床にできる棚を探す。


 鍋の蓋が鳴る。


 誰も何も言わなかったが、俺は黙って歩幅を小さくした。


 奥で、天井が急に高くなる。


 入口から進むと、主通路の右へ上る細道が分かれ、その先の岩棚に、火を焚いた跡があった。黒い煤と、割れた土器。壁へ古い採塩人の印が刻まれている。


「ここなら、泊まれそうです」


 ユルが声を弾ませた。


 俺もほっとして、荷を下ろしかけた。


 セラは、壁に残る線を見ていた。


「あの色、何だろう」


 棚の奥の壁に、薄茶色の筋が横に続いている。


 俺は近づき、指で筋をなぞった。今立っている棚の床から、膝ほどの高さだ。水の跡なら、この寝床まで浸かったことになる。


 ユルが測り棒と紐で段差を確かめ、入口の印から測った高さを地図へ書き足した。彼の口が細くなる。


「古い図の満潮より、高い」


「雨や風でも、変わるんだよね」


 セラに訊かれ、ユルは頷いた。


「今日は穏やかです。でも、ここまで来たことがあるなら、そこを基準にした方が」


 言いながら、彼は予定していた進路の線へ、短い横線を引いた。


 低い入口を使える時刻を書き直し、別の出口を確かめてから泊まると決めた。


 俺たちは煤の残る棚の、さらに一段上へ登った。毛布を四枚広げられる広さがあり、水の跡も足の下だ。今夜の寝床にする前に、ユルと俺で脇の裂け目を確かめた。


 人が一列で通ると、岬の上の岩棚へ出られた。潮が上がって低い入口を使えなくても、こちらからなら外へ戻れる。大きな荷物は難しいが、皆と荷を分ければ通れそうだ。


 ユルが、その幅も地図へ残した。


 高い裂け目から寝床へ戻り、さらに低い主通路まで下りた。入口へ続く床には、水が細く入り始めていた。


 俺は入口の布の印まで歩いた。まだ靴の底も濡れない。だが、同じ所を帰るつもりで見直すと、足を置ける岩がさっきより一つ少なかった。


 ユルに声をかける。


 彼は灯りを床へ下げ、セラは水の筋の横へ、小さな石を三つ並べた。


「水がこの石へ触れたら、荷運びも終わり。この低い床には下りず、上の寝床へ戻ろう」


 全員で同じ場所を見る。


 俺は、先ほどまで運んでいた飲み水を高い棚へ移し直した。道具を一つ取りに下りる間に潮が変わったら、今度はそれを取りに行きたくなる。


 先に上へ揃えておけば、迷わずに済む。


 最後の袋を下ろすと、背中がずいぶん軽くなった。夕飯の前に、寝る場所まで運び終えられたのが、少し嬉しかった。


     *


 俺は一番高い所へ、食材の袋を置いた。


 次に飲み水。


 それから毛布を広げようとして、置く場所がなくなった。


「……寝床が、減りました」


 ミナが袋を持ち上げる。


「食材の袋は、寝返りを打たないからね」


 岩の横の狭い棚へ、食材を寄せた。さらに紐で留め、落ちないことを確かめる。


 俺の毛布が、その下へ収まった。


「上からパンが降ってきたら」


「袋が落ちたって、すぐ分かる」


 便利なようで、そうでもなかった。


 セラが毛布を触ってみて、下へ乾いた板を挟んだ。表面は乾いて見えた岩にも、しばらく置くと布へ湿り気が来るらしい。


 俺は板をもう一枚運び、ユルの分も敷いた。


 彼は新しい地図を膝に広げたまま、こくりと頭を揺らしていた。


「眠るなら、地図は畳んでおきませんか」


「寝ません。まだ書くことが」


「じゃあ、先に食べません?」


 その誘いには、彼も筆を止めた。


     *


 寝床の端、高い裂け目へ風が抜ける側で火を焚いた。


 煙が奥へ溜まらないのを確かめ、持ってきた薪を少しずつ入れる。水を注いだ鍋へ干し肉を裂いて落とすと、石ばかりの景色へ急に台所の匂いがした。


 ミナは、細い葉を一枚見せた。


 今日、途中の岩場で少し採った潮葉(しおば)だった。昨日は採塩小屋で見本を見せてもらい、葉の裏や折った茎の色、採っていい場所を確かめてきたという。


 彼女は葉を拭き、ほんの端を切った。


「塩を、今日はまだ足さないで」


 鍋へ落とす。


 煮立つ手前で、青い香りが湯気へ乗った。


 一口、飲む。


 最初は薄いと思った。だが、干し肉を噛んだ後に汁を飲むと、舌の端へ柔らかい塩気が残る。葉そのものは少し厚く、噛むと海藻に似た匂いが抜けた。


「おいしい?」


 ミナが訊く。


「パンを、もう少し浸したい味です」


 彼女の顔が明るくなった。


「じゃあ、最後の一口は、葉も一緒に食べてみて」


 俺は言われた通り、葉と一緒にパンを食べた。


 汁を吸ったパンと葉を一緒に噛むと、さっきより青い香りがはっきりした。


 ユルも黙って食べていた。匙を置いてから、地図の空いた隅へ、何か書く。


「味まで測るんですか」


「ここ、水を持ってこないと泊まれないので。その近くに、食べられる葉もあると」


 俺は、彼の地図を覗いた。


 最初は道の線だけだった紙に、火を焚ける場所が増えていた。人が寝られる棚も、濡れる床も、さっき鍋を囲んだ場所も、印で描き分けられている。


「その地図、俺も欲しいです」


 ユルは顔を上げ、小さく頷いた。


     *


 灯りを落とすと、水の音が大きくなった。


 潮は、俺たちが鍋を洗っている間にも上がっていた。岩へ当たる音が、昼より近い。


 最初の見張りは俺だ。棚の端へ座り、低い通路と、高い出口へ続く裂け目を交互に見た。


 《消費配分》で思考の加速へ1 kcal/分を回すと、一つ一つの音を追いやすくなる。どの岩で反響したか考える余裕もあった。


 しばらく聴いても、波と風以外の音はしなかった。


 俺は思考への配分を止め、横に置いた水を飲んだ。


 セラが毛布から顔を出した。


「考え事?」


「見張りの交替まで、何か考えようかと」


「明日の朝ご飯は?」


「それなら、もう考えました」


「じゃあ、一つ終わってる」


 言って、また目を閉じる。


 俺も笑い、静かに座り直した。


 焚き火の明るさが消えると、採取棚へ続く奥は真っ黒だった。確かめに下りる気はない。手元の灯りを寝床へ上がる段へ向け、そこへ何か近づかないかを見た。


 岩を擦るような音がした。


 俺は灯りを持ち直した。


 寝床から主通路へ下りる段の先に、掌ほどの丸い石が一つある。


 荷を運んだとき、あそこを通った。


 石なんて、あっただろうか。


 俺は剣を引き寄せ、寝床との間へ灯りを置いた。


 丸い石の下で、細いものが、一度だけ動いた。


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