二十二食目 二十の力で、向こう岸へ
「その太いのは、後」
橋守に言われて、俺は持ち上げかけた材木を置いた。
翌朝、俺たちは町の外の渡し場へ出た。
橋は川の中央の石の橋脚を支えに、二つの区間へ分かれていた。壊れたのは町側の短い区間だ。向こう岸から橋脚までの半分は、まだ残っている。
そこへ一本、太い木を掛ければいい。そう思ったのだが、その木を支える場所から、先に直さなければいけなかった。
川は、見た目より速い。
濁った水が橋脚へ当たり、片側で大きな渦を作っていた。
「大工は舟で向こう岸へ回る。残った橋から橋脚へ来てもらうぞ。こっちは岸の支えからだ」
橋守が、短く切った木を示す。
俺は頷き、運ぶ順に並べた。
《消費配分》(しょうひはいぶん)で腕と脚、体幹へ合計5 kcal/分を通す。旅の間に、荷を上げ、下ろし、止めるのを何度も繰り返した。手首が痛くなるほどの強化は避け、働いた夜は食事を取り、よく眠った。
今朝の練習では、腕から脚まで強化を増やしても、体がぐらつかなかった。
最大追加消費 20 kcal/分
朝、宿の庭で少しずつ増やし、止めた後も手が震えないことをセラに見てもらっていた。橋の上で初めて試すつもりはない。
俺は画面を閉じ、木の端を橋守へ向けた。
セラは薬の箱を抱えて舟の乗り場へ向かった。対岸へ届けたら、昼には戻るという。俺は材運びを続けた。
*
舟で対岸へ渡った大工たちが、無事な半分の橋を戻ってきた。中央の橋脚から手が上がり、町側の橋守が応じる。
短い材で岸側の受け台を組み直す間に、細い角材が二本、岸と橋脚の間へ渡された。上へ板を固定すると、人一人が通る仮の板橋になる。本来の橋よりずっと細いが、材を渡す場所はできた。
太い材を出す頃には、日が川の上へ来ていた。
新しい橋を支える太い梁を、仮の板橋の横へ並べた。《収支眼》(しゅうしがん)と身体強化を合わせて20 kcal/分。俺は梁の岸側を抱え、板橋の付け根へ足を置いた。
足裏から、細い振動が伝わる。
川の上では、重さが同じでも、地面の上とまるで違った。腕を強くするほど、抱えた木ごと前へ引かれる。
腰を落とす。
《消費配分》で腹と脚へ回すと、その分、腕の強化は弱まった。抱えた梁を重く感じる。足場はまだ揺れているが、膝で揺れを受け、上体は振られずに済んだ。軽く持てることより、落とさず支える方が大事だ。
橋脚の二人が先端の縄を引く。俺は岸側を支えたまま、梁を少しずつ向こうへ滑らせた。
《収支眼》には二人の腕へ寄る流れが見える。それでも、下ろすのは声を待ってからだ。合図に合わせ、両端を岸と橋脚の受け台へ載せた。
橋守が留め具の穴へ指を当て、位置を確かめている。鞄の金具を扱うガドと同じ、慎重な手つきだった。
俺は梁を持ち直した。
「そこ、木を少し起こせます」
「待て。指が入ってる」
俺は止めた。
橋守が手を抜き、目を合わせる。
「今」
浮かす。
木が収まり、縄が張られた。
同じように二本目の梁も渡し、その上へ床板を並べ始めた。川音に混じって、板を踏む足音がする。
だが、何枚目かで作業が止まった。
新しい板だけ、隣より薄い。
俺は足を強め、下の梁がある位置だけを選んで渡った。問題なく歩けたので、次の板を取りに戻ろうとすると、大工に呼び止められた。
「お前さんの歩き方で、馬も渡るか?」
言われて、板の真ん中を見る。
大工が長い棒でそこを押すと、薄い一枚だけが大きくしなった。俺は丈夫な所を選び、知らずに弱い所を避けていたのだ。
強化を止め、地面へ戻る。自分が上手に渡れても、板が丈夫になったわけではない。
薄い板を外し、橋の外側へ回す。
「これは、手すりの方なら使える」
大工が言った。
置き直すと、さっきの板にも、ちゃんと場所があった。
俺は次の一枚を渡し、自分が速く歩けるかではなく、どこへ置けば普通に歩けるかを見た。
川面に板の影が並び始めた。
あそこは、子供も老人も、荷物を抱えた人も通る。俺のように丈夫な所を選ばなくても渡れるように、残りの板も確かめた。
*
最初に通すのは空荷だった。
俺が何度渡っても、馬や荷車の揺れ方とは違う。橋守が車輪を押し、大工が途中で止める。下へ屈み、材の合わせ目を見直した。
対岸には、荷車を引いて待つ人たちがいた。橋守は、継ぎ目の補強が済むまで待ってくれと声を張った。
俺は次の板を抱え、まだ留めていない場所へ運んだ。
橋守が、次の小さな材を渡してきた。
「こっちは、お前さんがいて助かってる。まだ頼むぞ」
「はい」
継ぎ目へ板を当てると、大工が留め具を打った。馬も通れるようになれば、塩を積んだ荷車も戻ってこられる。
*
仕事が一段落した頃、セラが戻ってきた。
セラは薬を届けて軽くなった鞄から、俺の分の弁当も出してくれた。材運びの邪魔にならないよう、朝、彼女に預けてあった。
ミナが宿で作ってくれた弁当だ。長い木を運んでばかりいた俺には、その包みが妙に小さく見えた。
「一包みじゃ足りないです」
「中に、分かれてる」
開くと、小さい包みがいくつも出てきた。
麦餅。豆と肉の煮詰めたもの。酸果を混ぜた玉菜。
汁がこぼれないように、具は濃く煮てある。それでも餅へ挟むと、かすかに温かい脂が滲んだ。
噛むと、甘さの後から酸味が来る。
冷めた肉には、朝の鉄板とは違う、落ち着いた塩気があった。
「これ、冷たくてもいいですね」
「ミナが、冷めてもおいしく食べられるようにしたって」
セラが自分の包みを開く。
同じ具が入っていた。彼女は川へ落とさないよう、膝の上で餅を折った。
「薬、渡せました?」
「うん。向こうの薬師さん、包みを開けたら、すぐ薬ごとの棚へ分けてたよ。前に教えた使い方も覚えてくれてた」
「いつも届けてるんですか」
「何度か。あっちでも、自分で揃えられる物を増やしてるから」
嬉しそうだった。
俺が木を渡している間にも、彼女の旅はちゃんと進んでいた。
川辺の草へ背を預ける。向こうで、空の荷車がゆっくり橋を渡り切った。
拍手が聞こえた。
俺は、餅を持っていない方の手を上げた。
セラの鞄は、行きより薄くなっていた。
空いた所へ弁当の包みを畳み、彼女は診療の覚え書きを一枚差し込む。向こうの薬師から教わったこともあるらしい。
「薬を届けて、新しい草のことも教わったんですね」
「うん。私の知らない草もあった」
「食べられる方ですか」
「まだ聞いてない」
セラは笑い、紙の端へ小さな丸を付けた。
「次に、聞いとく」
その草の話を聞きに、セラはまた向こうの薬師を訪ねるのだろう。
俺はその丸を見てから、残りの餅を食べた。最後に残していた肉の端が、冷えた汁を吸って柔らかくなっている。包みの紙に付いた脂まで、つい惜しくなった。
*
夕方までに、軽い荷を通せるところまで直った。
橋守から作業賃を受け取り、借りた道具を返す。予定より早く材が揃ったので、残りは大工たちだけで続けられるという。
「若いの、また明日も来るか?」
「塩の洞窟へ、行こうと思ってるんです」
「そっちか。橋は戻ったが、海の方の道は崩れてるぞ」
俺は、もう一度川を見た。
ようやく直したのに、まだ先があった。
橋守は笑って、向こう岸の小屋を指した。
「昔の測量図がある。案内を頼めるやつもいるだろう。俺よりは、その先を知っとる」
礼を言うと、彼は材木へ戻っていった。
町へ帰る足は、朝より重かった。
でも、鞄の中には作業賃がある。道も、行き止まりのままではなくなった。
宿の前で、ミナが手を振った。
「明日の朝も、ここにいる?」
「います。弁当、うまかったです」
彼女は少しだけ頬を緩めた。
「じゃあ、明日、話がある。ご飯の前にね」
今度は何を作るのか訊きかけて、俺は口を閉じた。
ご飯の前なら、きっと、ほかの大事な話だった。




