二食目 そのスキル、弱いと思っていた
村へ来て三日目、俺の薪割りはまだ、薪割りになっていなかった。
斧は刺さる。丸太は倒れる。二つまとめて持ち上げれば、引っ越しだけは出来る。
「……今日中に、この丸太と別れたいです」
「なら、手より先に足を置け」
ハルドは笑い、斧を受け取った。
ハルドが見本を見せる。
腰を落とし、斧を上げた。その腕へ淡い光が寄る。
まただ。
俺は斧より、その光を追っていた。
――2.4 kcal/分。
薪が割れると、浮いていた数字が1.3 kcal/分へ下がった。
「今の、見えました」
「当てた所か?」
「腕に、数字が出てました」
ハルドが腕を見下ろす。
「俺のステータスまで見えるってことか?」
「名前とかは出てないです。光が動いて、数字だけ」
「なら、お前のスキルかもしれんな。自分のは調べたか」
「……調べられるんですか」
ハルドは斧を切り株へ置いた。
「自分の名前を思い浮かべて、見るつもりになってみろ。誰にでも、自分のステータスはある」
俺は差し出しかけた手を引き、自分の掌へ目を落とした。
見よう、と意識した途端、視界の端へ文字が並ぶ。
レン 身体年齢18
攻撃力 8
防御力 8
速度 9
思考力 18
習得技能:暴食/余熱庫/収支眼/消費配分
[余熱庫/消費配分]
貯蓄 300/300 kcal
最大追加消費 1 kcal/分
空中へ指を伸ばす。何にも触れない。
「出ました。……十八?」
「どうした」
「いえ。ハルドさんも、こういう文字が?」
「自分の分ならな。俺にはお前のは見えん。何がある」
「スキルって、村で見た水の術みたいなものですか」
「あれもそうだが、俺には《追跡》(ついせき)や《弓術》がある。エナなら《調理》だ。生まれつき持ってるものも、練習して覚えるものもある。千差万別さ」
「みんな、違うんですね」
「同じ《弓術》を持つ奴もいるぞ。それで同じように当たるなら、苦労はせんがな」
ハルドが弓を掛けた壁へ目をやった。
俺も水を動かせたら、と思った。朝の水汲みで、もう肩がだるい。
期待しながら、並んだ名を読み上げる。
「《暴食》。《余熱庫》。《収支眼》。《消費配分》です」
「……全部、聞いたことがないな」
「珍しいんでしょうか」
「さあ。名だけじゃ分からん。そこへ意識を合わせてみろ。短い説明が出る」
言われたとおり、一つずつ調べた。
食材箱の札は読めないのに、こちらの文なら意味がすっと入ってくる。
暴食:満腹による制限を受けず、食物を摂取する。
余熱庫:消化した食事の余剰エネルギーを保管する。
収支眼:対象が消費するエネルギーの流れを観測する。
消費配分:貯めたエネルギーを指定先へ配る。
一行目で、昨日の空の鍋を思い出した。
若いから腹が減るのだと思っていた。太りにくい体になっただけでは、なかったらしい。
しかも、カロリーだ。
前の世界では弁当の裏に書いてあった数字が、俺の中へ入っている。
読めたことを順に話すと、ハルドは顎を掻いた。
「よく食って、余りをしまって、使う……か」
「あと、数字が見えます」
「正直、あんまり強くはなさそうだな」
「俺も、そう思いました」
炎も出ない。剣がうまくなるとも書いていない。
四つもあるのに、一番分かりやすい効果は、おかわりが出来ることだった。
「まあ、分からんまま使うよりはいい。まず、その眼で何が見えるか確かめるか」
ハルドが斧を取り直す。
俺は気を取り直して、その腕を見た。
「ちょっと、見せてもらっていいですか」
「よし。代わりに運ぶのは頼むぞ」
俺は椅子代わりの切り株へ腰を下ろし、眼の働きを確かめた。
薪を割る直前、ハルドの脚と腰へ光が集まる。腕だけに力が来るのではない。振り終えると数字は小さくなり、次を持ち上げる前にまた増えた。
斧より先に、腰が動く。
俺は足もとの土へ指で順番を書いた。次の一振りでは、斧が下りる前にその線をなぞれた。
村の鐘で手を止める。二十分の視認で、貯蓄は300から280 kcalへ減っていた。
足もとには薪の山。俺の方にも、振り方が一つ残った。
*
「昨日から、どのくらい食べてましたっけ」
台所で訊くと、エナは包丁を止めた。
「今日の朝はパン三枚」
「二枚では」
「端の一枚も数えるんだよ」
申告を訂正し、画面で読んだことを話した。
エナも知らない名だと言ったが、昨日の俺の食べ方には合点がいったらしい。
「私の《調理》や《保存食作り》とは、ずいぶん違うね。体はつらくないの?」
「それは、平気です。食べるのをやめられないわけでもなくて」
「じゃあ、まず熱いうちに食べよう。具合を見るなら、その後」
昼は麦粥だった。炒めた根菜が細かく入り、鍋を開けた途端、甘い湯気が立つ。
匙で底を掬うと、小さな干肉が二つ転がった。
食べたら、数字も増えるのだろうか。
ひと口ごとに確かめたが、二百八十のままだった。
「食べる方、忙しそうだね」
「いえ、見る方が」
「それじゃ、冷めるわけだ」
粥の表に薄い膜が張りかけていた。
俺は画面を閉じた。食べた物を消化して貯める、と説明にあった。飲み込んだだけで変わるとは限らない。
温かいうちに二杯食べ、器を洗った。
エナに布を畳む場所を教わり、干していた袖を揃える。ハルドが道具を研ぎ終わり、庭の日陰が家の壁へかかり始めたころだった。
ふと思い出して開いた数字が、二百八十四になっていた。
「エナさん。増えてます」
「そう。じゃあ、あんたの粥、無駄じゃなかったね」
「無駄とは思ってませんけど」
「分かってる。あの顔で食べてればね」
数字はゆっくり増え、三百で止まった。
昼食から、二時間以上たっていた。
取り置きの粥も食べて待ったが、三百で止まった。入れ物には限りがあるらしい。
空の器を片付ける。朝に使った分は、昼飯で戻せた。
うまい物を食べる理由なら、もう一つ増えた。
*
夕方、朝の約束どおり、割った薪を納屋へ運んだ。
ここで、もう一つの《消費配分》を試す。
眼と腕を同時に指定すると、力は通らなかった。
貯蓄は300 kcal。だが、一度に通せるのは1 kcal/分だ。
桶に水があっても、細い口からは一滴ずつしか出ない。なら、今いちばん欲しい所へ通そう。
俺は眼への指定を外し、腕へ一を回した。
攻撃力 8 + 1
「……足せるんだ」
初めてのプラスを見てから、籠を持ち直した。
指が柄をしっかり押さえる。さっきより軽く扱える。それでも肩には重さが残り、山ほど詰められるわけではない。
止めると、プラスが消えた。
「どうだ」
「少し、持ちやすいです」
「それなら、一往復助かる」
ハルドは納屋の台を空けてくれた。
俺は籠へ入れる向きを変えた。太い薪は下、細い薪は隙間へ。持つ距離を短くすれば、腕が楽なうちに運べる。
往復の合間に力を止め、最後の籠を納めた。
使った時間を合わせると、二十分ほど。残高はまた280 kcalになっていた。
庭へ戻ると、朝、割れなかった丸太が残っている。
俺はハルドに、もう一度だけ頼んだ。
斧を上げる。腕を急がせず、足の位置を決める。
さっき光で見た、腰から腕への順番を思い出した。
強化は切ったまま。狙いは真ん中、もともと入っている細い割れ目だ。
振り下ろす。
乾いた音がして、丸太が二つになった。
「……割れた」
「ああ。今のは、お前が割った」
ハルドが半分を拾う。俺は斧を下ろしてから、もう一度切り口を見た。
炎も出ない。剣の技もない。四つの技能で出来ることは、まだずいぶん小さい。
けれど、さっきまで出来なかったことが、一つ出来た。
「明日は、罠を見に行きませんか」
俺から言うと、ハルドは頷いた。
「足もとを見て歩けるならな」
「食材の名前も、覚えたいです」
「そっちはエナに聞いたほうがいい。俺より教え方怖いぞ」
台所から、よく通る声がした。
「何か聞こえたけど。晩飯、いらない人がいる?」
二人で、そろって首を振った。
俺の技能の中では、今のところ、食べる力が一番立派だ。
せっかくだから、そっちもちゃんと働かせよう。




