↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/44

十八食目 旅の料理人は勘定が苦手

 翌朝、出発が午後なのを確かめてから、セラと道向かいの屋台へ行った。

 朝の鉄板から、昨夜逃した匂いがする。


「ごめん、この屋台を動かすの、手伝ってもらえる?」


 赤茶色の髪を布でまとめた女が、屋台の下を指した。琥珀色の目がこちらを見ている。明るい顔立ちの美人で、前掛けの上へ捲った袖から、よく働く腕が覗いていた。

 二輪の荷車へ焼き台と食材箱を載せた、小さな店だった。片側の車輪が車軸の端までずれている。


「焼いてる場合ですか」

「動かないから、焼いてるの」


 女は笑い、肉を返した。

 いい焼き目だった。助ける前から、礼に何を頼むか決まりそうだ。


「ミナ。料理人。性格は車輪を、見ての通り」

「レンです。料理は、匂いでかなり分かりました」

「じゃあ、直るまでは匂いで待てる?」


 それは、難しかった。


     *


 ダンに声をかけて車軸を見てもらい、先に重い鉄板と食材箱を下ろした。

 抜け止めの木の楔(くさび)が緩んでいるという。

 俺は《消費配分》(しょうひはいぶん)を腕と脚と胴へ、合計10 kcal/分。梁(はり)へ肩を入れた。


「台、入ります」


 ダンが下へ木の台を差し込み、俺はそこへ重さを預けた。

 支え続ける必要がなくなると、二人で車輪を戻せる。

 応急の楔を打ち、停車場奥の車大工へ運ぶ段取りも決めた。職人は昼に戻るので、午後の出発前に留め直してもらう。


 セラが軒へ寄せた箱から、油の瓶が出てきた。


「この瓶、ずいぶん立派だね」

「気をつけて! そこ、いちばんいい脂!」

「車輪のお礼より先に返事が来ましたね」

「車輪は、舐めてもおいしくないでしょ」


 それは、確かにそうだった。

 修理と運ぶ手伝いのお礼に、ミナが食事を作ってくれることになった。

 彼女は地面へ焼き台を据え直した。

 まず朝の分を食べて、と言われて、俺は素直に座った。


     *


 肉の端が、狐色というより濃い茶色になっていた。


 硬そうだと思った。


 噛むと、最初に薄い膜が割れた。そのすぐ下へ歯が入る。肉汁は鉄板へ流れず、噛んだ所からじわりと舌へ広がった。


 塩が効いている。


 表面だけでなく、中の甘い脂にも、かすかに塩気がある。


「……中まで、うまい」


「昨夜から休ませたの。今朝焼く分だけ、薄く塩して」


 ミナは、俺の皿を見ていた。


 次の肉を鉄板へ置く手が、少し軽くなる。


「その酸っぱい実、知ってる?」


「村で教わりました。肉を漬けると」


「今日は汁を飛ばして、焼いた後。焦げたところと合わせるの」


 小鍋から落とした汁が、茶色い肉へ薄く絡む。


 二口目は、先に鼻が喜んだ。


 酸っぱい香りが脂を軽くして、後に肉だけが残る。次を急いで噛むのが惜しいのに、口が勝手に開いた。


 皿が空いた。

 ミナは鉄板へ次の一枚を置いた。


「もう一つ、食べてみる?」


 断る理由がない。けれど、お礼の一皿は食べ終えたので、先に代金を訊いた。


「追加の分は、いくらですか」

「お礼だから、いいよ。普通の一人前に、もう少し足すだけ」


 ミナは俺の皿を、また鉄板の脇へ寄せた。


「お客さんにも、こんなふうに足すんですか」

「おいしそうに食べてくれると、つい」


 味を喜ぶ顔を見て、肉を増やす。

 うまい料理が途切れたら困る俺としては、放っておきにくい話だった。


     *


「その皿、いつもの一人前か?」


 午前の取引に来たオルンが、俺の皿を見た。

 ミナは肉を足す手を止める。


「この人、うまそうに食べるんだもの」

「気持ちは分かるが、売る人間まで同じなら儲けが消えるぞ」


 俺は箸代わりの串を置き、紙を一枚出した。


「今夜の商隊の注文、まとめませんか。肉は一皿何枚か決めて、厚い端は別に。俺が食べた礼の分は、こっちへ書きます」


 人数の列を作り、店で売る分と、お礼にもらう分を分けた。

 肉の仕入れ値、薪と酸果(さんか)。ミナに聞き、皿ごとに使う量を並べる。

 彼女が紙を見て、鼻の頭を掻いた。


「味は大丈夫。勘定はこれから」

「そこも、うまくいってほしいです。明日も食べに来たいので」


 ミナは一瞬黙り、それから笑った。


「じゃあ、その紙、書き方教えて」


 オルンと値段を決め、今夜は次の停車場で全員分を頼むことになった。

 薄い端肉は、ミナが鍋へ回すという。


「焼くのと、煮るの、両方見たいです」

「見たいだけ?」

「味見もします」


 ダンが後ろで、最初からそう言え、と笑った。


     *


 昼、屋台を車大工の小屋へ押していった。

 修理の手が入る横で、ミナは夕飯の鍋を出した。

 俺も空いた軒を掃き、包丁と器の置き場を決める。


 端肉を切る仕事には《消費配分》を3 kcal/分。急がせるより、同じ厚さを揃える方へ思考を残した。

 エナに教わった切り方を見せると、ミナが太い筋の所だけを指した。


「そこを先に外すと、噛む時に残らないよ」


 刃先で筋を浮かせ、薄く切り離す。

 鍋に入る物の形が、さっきより揃った。


 脂で肉の端を焼き、刻んだ玉菜(たまな)を入れる。

 混ぜようとすると、ミナが匙の先を止めた。


「今は、焼かせて」


 水っぽい音が減り、縁が茶色くなる。

 そこで返した途端、甘い香りが上がった。

 水を注ぐと、鍋底の色まで汁へほどける。


 味見の一匙が、驚くほど濃かった。

 肉を増やしたわけではないのに、最初から全部が汁に馴染んでいる。


「これ、俺にも作れますか」

「今、作ってる」


 言われて、自分の匙を見た。

 次に一人で鍋を出す時も、今日の匂いを思い出せそうだった。


「いつかね、今日おいしかったって人が、明日も来られる店にしたい」


 ミナは鍋へ向けて言った。


「明日は、違う料理ですか」

「同じのが食べたい人にも出す。まず、ちゃんと値段を付ける所から」


 俺は人数を書いた紙を、もう一度彼女へ渡した。


「そこなら、俺も手伝えます」


 彼女は紙を受け、次の鍋の火を弱めた。

 大工が車輪を叩く音の横で、玉菜が静かに煮え始めた。


 昼の取り分を食べた後、道具を洗い、直った屋台へ戻した。


 午後、直った屋台を道へ押し出した。


 ミナはサルナの知り合いに屋台を預け、塩花洞(えんかどう)の近くで新しい食材を探すのだという。


「サルナが、故郷なんですか」


「うん。帰るたび、知らない店が増えてるけど」


「いいですね、それ」


 ミナは少し驚いて、それから笑った。


「そう。だから、まだ食べに帰れる」


 屋台の隅に、古い札が一枚あった。裏返して縛ってあり、店の名前は見えなかった。


 彼女はそれを道具の下へしまい、車輪を押した。


「サルナへ帰るなら、うちの列で来ればいい。夕飯も頼んだことだしな」


 オルンの申し出に、ミナは頷いて屋台を商隊の最後尾へ付けた。今夜の停車場までは、まだ明るいうちに着ける。


 俺が歩き出そうとすると、ミナに包みを渡された。


 朝、うまいと言った焼き目の端だった。


「これは、朝の手伝いのお礼の残り。冷めた時の味も教えて」


 肉が冷めても、縁の香りは残っていた。


 噛む前から、次の飯が楽しみになる。


 日暮れ前、次の停車場へ向かう途中で、屋台の脇の草が擦れた。


 俺の口が止まった。


 道の先には誰もいない。


 それなのに、斜面の上で、足音がもう一つ重なった。


 俺が護衛へ伝えると、彼は列を止めず、馬を道の内側へ寄せさせた。影がついてきているらしい。


 停車場へ着いても、護衛たちは火の周りへ荷車を集め、槍を手の届く所へ置いた。今夜は見張りを増やす、とオルンが皆へ告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。