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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

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17/41

十七食目 荷車は腹八分、俺は別

 雨はやんだ。

 道は、まだ泥だった。


 昨夜泊まった停車場で、オルンの荷車が一台、車輪を半分沈めていた。前の一台も片輪を取られ、ダンの荷車だけが固い所で止まっている。

 馬が踏み込むと、箱が鳴った。


「待って。引くほど車輪が掘ってます」


 俺が言うと、ダンが沈んだ荷車の御者へ声を掛け、馬を止めさせた。

 泥へ細い水が流れ込み、穴を埋め直している。

 先に、これを逃がしたい。


「荷を下ろす。お前は水の道を見てくれ」

「低い排水溝へ繋ぎます。板も、借りられますか」

「積んでる板なら貸せる。使った後に泥を落として戻せよ」


 ダンは沈んだ荷車から馬を外し、固い方の車輪へ木片を噛ませた。

 俺は皆と箱を下ろし、鍬を取った。


     *


 《消費配分》(しょうひはいぶん)で腕と脚、胴へ合わせて5 kcal/分。

 上限まで使わず、繰り返し掘れる分にする。

 車輪の穴から低い溝まで、細く土を切った。


 最後の土を払うと、濁った水が走った。

 沈んだ車輪の縁が見えてくる。


「よし。板の出番だ」


 ダンが固い道まで板を並べた。

 俺は荷台の下の梁(はり)へ肩を入れる。靴の下にも広い板を一枚。足が泥へ沈まないようにした。


 腰を落とし、持ち上げる。

 車輪を全部浮かせる必要はない。板の端が差し込める、それだけでいい。


「入った。下ろせ」


 ダンの声で重さを戻した。

 車輪が板に載る。木片を外し、皆で後ろから押した。

 ぎしり、と鳴る。

 一つ転がる。もう一つ。


 荷車が、固い道へ戻った。


 誰かが大きく息を吐いた。

 俺は肩を回して、もう一台を指した。


「こっちも、同じ順でいけます」

「分かった。次の板を持ってくるぞ」


 最初に決めた役割が、そのまま使えた。

 二台目は、待つ時間も短く済んだ。


 オルンの荷役が、俺の肩へ載った泥を払った。


「お前、前にも車を上げてたのか」

「レドへ来た日に一度。ダンの荷車の車輪が溝にはまっていて」

「一度で覚えるのかよ」


 いや、覚えたのは、置く所を決めずに持つと困ることだ。

 それなら昔、何度もやった。

 俺は濡れた箱を指し、次にどこへ移すかを彼と決めた。

 荷役はすぐ、もう一人へ声をかける。

 俺が抱えている間に、受け台が空いた。

 その方が、肩へ足す力よりずっと長く助かった。


     *


 セラは途中で、畑の向こうの家へ薬を届けに行った。

 診療所から聞いていた家で、ついでに軒先も借りられないか訊いてくるという。


「戻るまでに荷をまとめておきます。通り道も空けて」

「うん。薬を渡したら戻るね」


 積み直す箱の中に、底が濡れた物があった。

 無理に抱えず板へ載せ、先へ縄を掛ける。

 ダンと二人で引くと、泥の上をそのまま滑ってきた。


「そりか」

「前に教わりました。運ぶ人が疲れる前に、道具へ任せろって」

「いい先生だな」


 俺は頷いた。

 太っていた頃も、仕事を覚えた日はあった。覚えたことは、今の手でも使える。

 背中へ荷を増やすより、こうして並べてある箱が減る方が嬉しかった。


 セラが家の主人と一緒に戻ってきた。軒先を貸してもらえるという。

 薬の方も、次の巡回までに使う分を相談できたと教えてくれた。


「こっちが止まってる間に、そっちも進んだんですね」

「うん。レンたちも終わった?」


 俺は固い所へ並んだ二台を示した。

 二人で片付いた仕事を見比べ、少し笑った。

 逃がした水は畑脇の排水溝まで繋がっている。


 家の主人が排水溝を覗き、声を上げた。


「ここまで掘ってくれたのか。こっちも助かるよ」


 休憩の場所と水を分けてもらい、俺たちは午前の終わりに積み直しを済ませた。

 オルンが泥の箱を見て、苦笑する。


「一度に載せすぎたな」

「食べられる物なら、少し減らせます」

「頼もしいが、明日の分も載ってるんだ」


 開いた箱から、今日のパンと干し肉だけを受け取った。

 俺たちの分は、ちゃんと決まっていた。


 硬いパンを齧り、ダンの鍋を見る。


「本当に、漏るんですか」

「漏るから運んでる」

「皿の代わりなら」

「洗面台の大きさだぞ」


 諦めて、今日借りられる鍋を探すことにした。


     *


 道は午後も乾ききらず、出発は翌日の午後へ延びた。

 午前は近くの店へ卸す荷がある、とオルンが皆に伝える。護衛たちは停車場で交替して休む。

 薬を届けた家では、納屋脇の部屋を一晩貸してくれた。排水を掘った礼だという。


 小鍋も借り、セラが豆を浸す間、俺は薪を選んだ。

 乾いた分を先に、湿った分は離して積む。使う大きさごとに揃えると、ダンが横から覗いた。


「うちへ来たら、倉も頼むぞ」

「鍋が直ってたら、考えます」

「塩を持ってこい。沸かしとく」


 いい交換条件になった。


 昼の食事が落ち着いてから、水を飲み、《代謝加速》(たいしゃかそく)へ5 kcal/分を回した。

 冷えた足を拭き、布を掛け、じっくり休む。

 膝の裏の張りが和らいだ所で止めた。


「旅って、歩いてない時間もありますね」

「その方がいい。ずっと歩いてちゃお腹が減るよ」


 セラの返事を聞き、雨戸の隙間から畑を見た。

 朝は泥ばかり見ていた。今は緑が、少し眩しい。

 そのまま、目を閉じた。


     *


 起きると、薄い豆の汁が温まっていた。


「早いね」


「鍋の音がしたので」


 セラが笑い、椀を渡してくれた。


 干し肉を細かく裂いて落とす。


 最初は硬かった繊維が、汁を吸うとほろりと分かれた。噛んだところから煙の香りが戻り、豆の粉っぽさが肉の脂で丸くなる。


 硬いパンを端だけ浸す。


 汁を吸ったところは柔らかく、指で持った方は、まだぱりっと割れた。


「朝からこれがあれば、もっと掘れたのに」


「朝から食ってたら、日が暮れる」


 ダンが言って、椀を差し出した。


 おかわりだった。


「人のこと言えないじゃないですか」


「掘った分だ」


 それは俺も同じなので、遠慮なく椀を並べた。


 雨の後の空気は、澄みすぎるくらい澄んでいた。


 草を渡る風がひんやりして、椀を持つ指が気持ちいい。作業を終えた商隊の人たちも軒の下へ集まり、汁の入った椀を受け取っていた。


 塩の花を買えるサルナまでは、まだ遠い。


 足止めを食らった一日だったけれど、この豆の汁は覚えておきたい。


 食器を洗って伏せる頃、道の向こうで火が上がった。

 脂を鉄へ落とした、短い明るさ。

 焦がした油に、甘い匂いが混じる。


「……あの屋台、まだ何か売ってますかね」


 俺が訊くと、セラは向こうの店を見た。


「あ、終わりみたい」


 料理人が最後の包みを渡し、鉄板から火を落としていた。

 その前に布が掛かる。


「明日の朝、寄っていいですかね」

「出発は午後だから、聞いてみよう」


 俺は頷き、椀を片付けた。

 明日、最初にする用事は決まった。


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