十六食目 塩ひとつのための旅支度
レン・アスタ
本作の主人公。前世は食べることが大好きな、太めの二十九歳・梶原蓮かじわら れん。異世界で若く健康な身体と、食事の余剰カロリーを貯めて使う不思議な力を得た。目標は、うまい飯と気楽な暮らし。魔物を見ると、倒し方と一緒に食べ方も考えてしまう。
ハルド
リゼ村の猟師。森で出会ったレンを家へ迎え、狩りや道具の扱い、この世界で暮らすための知恵を教える。口数は多くないが、面倒見がよく、冗談も言う。
エナ
ハルドの妻。料理上手で、レンに食材の扱いや文字を教えてくれた。底なしの食欲にも動じず、温かな食事と歯切れのよい言葉で、新しい暮らしを支える。
ダン
薪や板を荷車で運ぶ、気さくな御者。レドで荷車を助けてもらったことから、レンと知り合う。荷運びの知恵が豊富で、何かと食べ物へ話を戻すレンに、軽快な突っ込みを入れる。
マルタ
レドの「渡し場食堂」を切り盛りする女主人。料理も商売も手際がよく、レンに食事と仕事、泊まる部屋を提供する。面倒見はよいが、勘定と食材の扱いにはきっちりしている。
テオ
渡し場食堂の給仕を手伝う、元気な少年。よく働き、思ったことを素直に口にする。レンの食欲を面白がり、ときには注文に余計な一言まで添えてしまう。
セラ
レドの診療所で働く治療師。薬草や怪我の手当に詳しく、採取や魔物との戦いでレンと行動を共にする。落ち着いた判断が頼もしい一方、食卓ではレンとの軽妙なやり取りも見せる。
ハンナ
レドの町外れで畑を営む女性。畑を荒らす泥猪に困っていた。日々の観察で知った猪の習性を伝え、レンの作戦に力を貸す。
ガド
レドで道具の修理や足場作りを引き受ける石工。右腕の鉤と左手を器用に使い、頑丈で使いやすい道具を作る。ぶっきらぼうだが、道具を使う人のことまでよく見ている。
ヨハン
河岸の穀倉を管理する倉番。麦を荒らす魔物の被害を止めるため、レンたちへ仕事を頼む。倉の構造や荷の置き方を知り尽くした、現場の頼れる協力者。
トマ
迷宮で茸や薬草を集める採取人。道や食材に詳しく、初めて迷宮へ入るレンにも気さくに助言する。仕事道具と採取の知恵を大切にする、親しみやすい職人。
オルン
各地の品を運ぶ商人。珍しい「塩の花」を紹介し、レンが旅へ出るきっかけを作った。商売上手で、利益だけでなく荷物や旅の安全にも目を配る。
大釜蛙を倒した翌日は、昼まで寝た。
起きて食べ、手首を診てもらい、また眠った。
まことに、よい休日だった。
塩の花が気にならなければ、もう一日続けたいくらいだ。
そこで、もう一日休む。その午後、旅の相談だけしに、オルンの倉を訪ねた。
「塩を買う。それだけでサルナまで?」
「はい。あの揚げ肉が、もう一段うまくなるので」
「うちの客にも、そういう顔で説明してほしいねえ」
商隊には二人の護衛がいる。俺は積み下ろしと道中の補助を引き受け、旅費の一部を働いて賄うことにした。
オルンが地図を広げる。晴れなら五日か六日。最初の停車場には、火を使える場所もある。
「途中で獲った魔物の、食べられる所は?」
「働きに来たんだよな」
「食べる方にも、かなり働けます」
彼は笑い、取り分は助けた分に応じて相談だと言った。明朝、飯の後にこの倉へ。俺は集合場所を写し、厚革の仕事着を借りた。
*
倉を出てから診療所へ寄り、明日の予定をセラにも伝えた。彼女は薬の配達と仕入れを控えていて、同じ便に入れるか相談してみると言った。
夕方、診療所の仕事を終えたセラが来た。
「私も明日から、同じ商隊へ入れる」
途中の村へ薬を届け、サルナで仕入れをする。彼女は診療所と相談し、棚の不足も書き出してきていた。
俺は自分の紙と並べた。
「こっちは、泊まる所と食べたい物です」
「食べたい物の方が、ずっと多いね」
「十通りくらい、考えました」
セラは笑い、最初の停車場を指した。
「この近くへ薬を届けるの。翌朝、荷を下ろす前に寄りたい」
「その間に、俺は積み荷を見ておきます」
彼女はその少し先へ、もう一つ丸を付けた。
「ここのパン。仕事の帰り、焼きたてを逃したことがあるの」
「なら、今回は俺が買っておきます」
「自分の分と一緒に食べないでね」
薬の届け先と、俺の食べたい店が同じ道へ並んだ。荷車が止まる間に出来る用事を分けると、彼女の紙にもパンの印が一つ増えた。
その晩、村へも手紙を書いた。
塩を探しに東へ行く。帰る時には、肉に合う物を持って帰りたい。
封をして、鞄の上へ置いた。
*
翌朝、出発の支度をした。
蛙肉は今日食べる分だけ焼き、残りはマルタに買ってもらう。長い道用には干し肉。着替えと薬は、汁の出る食べ物から離した。
荷をまとめると、マルタが俺の袋を覗く。
「ずいぶん、パンを入れたね」
「道でも買います。これは、買えなかった時の分です」
「安心して食べきらないようにね」
「……分けて包みます」
最後のひと包みだけは、底へしまった。
テオが台所を覗き、俺の大きな包みを見て首を傾げる。
「帰って来る分、残ってる?」
「帰りは、向こうで買うよ」
「違うよ。帰って来たら、ここの粥も食べるでしょ」
俺は笑って、財布を叩いた。
「そっちの分は、別にしてある」
マルタは鍋を混ぜたまま、ちゃんと便りを寄越すんだよ、と言った。
帰って来られる場所が決まっているだけで、ずいぶん気楽に遠くへ行けるものらしかった。
セラが迎えに来た所で、荷紐を締める。
戸口にガドが現れたのは、最後の紐を締めたときだった。昨日、出発することを伝えておいたのだ。
「紐を見せろ」
鉤の付いた右腕で端を押さえ、左手で留め具を回す。外すのは一瞬、戻すのも一瞬だった。
「噛み込んでないな。泥へ置いたら、ここを払え」
「旅の前に見てくれるんですね」
「作った物が途中で壊れる方が、面倒だ」
言いながら、緩んでいた別の紐も締めてくれた。
「俺も来月、サルナへ杭の金具を届けに行く。向こうでまだ塩を探してたら、手を貸せよ」
「食べる方なら、いつでも」
「運ぶ方だ。手紙を出した村の二人へも、土産を残しとけ」
「そこは、先に包みを分けます」
ガドが頷いた。
昨夜の手紙をマルタへ預け、帰りもここへ泊まれるか訊いた。
「部屋が空いてたらね。帰る日が決まったら、便りをおくれ」
村を出たときには、町のどこへ泊まるかも知らなかった。
今は、旅から戻ってきたら上りたい階段がある。
帰りたい場所は、増えてもいいらしい。
セラと二人、鞄を背負って食堂を出た。
*
倉にはオルンの荷車が二台。もう一台、板を積む荷台から、ダンが顔を出した。
「今度は、荷台ごと食いに来たのか」
「働きに来ました。食べる方も、ありますけど」
彼はレドで薪を売り、帰り荷の板をサルナまで運ぶという。自宅はサルナの町外れにあるらしかった。
荷台の端には、妙に立派な鍋がある。
「そいつは俺のだ。底が漏る。向こうで直す」
「まだ、何も言ってません」
「期待した顔はしてたぞ」
先に下ろす箱を手前へ寄せ、重い板は下へ。ダンが留める横で、俺は次の荷を揃えた。二人が町で一度組んだ時より、ずっと早く済んだ。
「帰りは、塩の包みを先に見せろよ」
「味見も頼みます」
「倉を片付ける手もな」
いい取引になった。
三台の荷車が揃い、東門を抜ける。
最後の荷紐を確かめる停車の間に、朝の屋台へ寄った。
肉の串から落ちる脂を、薄い麦餅が吸っていた。
一本買う。
熱い肉を噛み、柔らかく透けた麦餅も齧る。
「まだ門が見えるぞ」
ダンが振り返った。
「見えてる間にしか買えないので」
セラも一本受け取り、焦げた端から食べた。
紐の確認が終わる頃には、二人とも列へ戻っていた。
*
水場へ向かう坂で荷車へ肩を添えた。轍を越えれば手を離す。馬と御者の歩調へ乗ると、同じ道でもずいぶん楽に進めた。
「塩、買ったら何に使うんですか」
俺が訊くと、セラは少し考えた。
「まず、いつものパンで試したい」
「俺は焼き肉。揚げ物。茸も」
「やっぱり、お金が足りなさそう」
二人で笑った。
先に食べたい物があり、横に歩く人がいる。
森で目を覚ました日に、こんな道まで続いているとは思わなかった。
昼は予定どおり、水場で休んだ。
午後、畑が増えた頃に雨が来た。
俺は紙をしまい、道脇の停車場へ目を向ける。
昨日、オルンの地図で場所を確かめた広場だ。
「あそこまでなら、荷は濡れずに済みそうです」
「今日は、そこまでにする。先に箱へ布を掛けろ」
オルンの声が返った。
俺はダンから覆い布を受け、列の後ろへ走った。
セラも薬袋を包み直し、同じ広場へ入る。
雨宿りを済ませたら、火の使える場所を借りよう。
今夜の豆の汁には、まだ間に合う。




