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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

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15/43

十五食目 勝利の味は、塩ひとつ

 翌朝の工房裏で、木剣が布の的を揺らした。

 踏み込み、戻す。力を抜いても、足は同じ位置へ着く。

 昨日の動きを短く繰り返してから、俺は画面を閉じた。


 最大追加消費は、15 kcal/分。


 昨日は、剣を引いた後の一歩が遅れた。今朝はその一歩が戻り、まだ次へ出る力が残っている。稽古と荷重を重ね、食べて眠った手足が、ようやく昨日の先へ届いた。


「昨日の合図で、いきましょう」


 俺が言うと、セラは頷いた。

 ガドが補修用の板を肩へ掛ける。

 借りた採取棒は、俺が持った。


     *


 水場では、三本の橋を確かめ直した。

 入口の大岩、真ん中の平石、右の岩。ガドが割れた上板を替え、綱を締める。

 俺は横の岩と水面の小岩の間へ、採取棒を斜めに渡した。

 人が歩く道からは外す。蛙が橋へ寄った時にだけ、前脚が触れる高さだ。


 押し返すための棒ではない。

 脚を持ち上げ直す、一瞬が欲しい。


 大釜蛙(おおがまがえる)が、俺を見た。

 《収支眼》(しゅうしがん)に、袋へ寄る流れが映る。


 俺は手を上げた。

 セラが平石から、橋とは遠い側の前脚へ冷水を浴びせた。

 蛙が脚を引き、こちらへ体を寄せる。


 まだ、出ない。


 棒の手前で、爪が石を掴んでいる。今なら体を支えて踏み直せる。

 俺は大岩を指し、セラと戻った。

 白い息が、橋の上を走る。


 焦らなかった分だけ、次を見る余裕があった。

 蛙は吐き終えると棒を跨ぎ、中央へ戻った。

 どの脚を上げるか、覚えておく。


     *


 次の溜めで、同じように寄せた。

 今度は、袋を膨らませながら前脚が棒へ触れる。

 跨ぎ直そうと、爪が石を離れた。


 脚の流れが細い。

 重い体が、一瞬止まる。


 手を下ろした。


 《消費配分》(しょうひはいぶん)。脚と防御を残し、腕へ5 kcal/分を渡す。


攻撃力 13 + 5


 橋を二歩。

 横の岩へ足を置く。

 正面へ回らず、昨日つけた袋の下の傷へ刃を入れた。


「――そこだ」


 腰から引く。

 厚い皮が裂けた。


 白い息が、袋の底から下へ噴き出す。

 俺は両足を岩へ移し、顔を伏せた。熱い飛沫が顎を撫でる。

 蛙が体を振った。

 前脚が橋を叩く。


 板が、ずれた。


 入口でガドの鉤が綱を引く。留め具が閉じ、張った縄が板を引き止めた。

 両端は、まだ岩の上だ。

 戻る道は残っている。


 蛙の脚へ、流れが戻りかける。

 だが、裂けた袋へも力を送り続けている。下へ漏れる蒸気が、途切れない。

 今なら、間に合う。


 俺は体を起こし、両手で柄を握った。

 切り開いた袋の奥、首へ続く柔らかい所へ剣先を向ける。

 足を置き、腰を送る。


 突いた。


 刃が、袋の奥へ通る。


 膨れ上がっていた皮が、下から一気にしぼんだ。漏れた蒸気が水面を走り、巨体が片側へがくりと落ちる。


 俺は柄を引き、岩を蹴って退いた。


 次の爪は、来なかった。


 水面が揺れる。

 前脚が一度、石を掻いた。

 それが、最後だった。


     *


 平石を渡り、大岩の陰へ戻った。

 《収支眼》と強化を切る。

 肩は重い。手も少し震えている。

 それでも、剣を鞘へ収めることは出来た。


「倒せた」


 声にすると、笑いが込み上げた。

 昨日は届いた傷一つ。今日は、その先まで通った。


 セラが平石の上で、大きく手を振った。


「通れた! あの棚まで、もう通れるよ!」


 彼女が指した先で、霧が薄れていく。救助の時には近づけなかった岸が、入口から見えた。


 ガドは綱を外す前に、親指を立てた。

 俺も同じ形で返した。


 剣だけでは届かなかった。

 彼の道具と彼女の合図を借り、俺が見つけた瞬間へ、自分の足で踏み込んだ。


 勝った。

 入口を塞いでいた巨体の向こうに、採取棚へ続く道が見える。

 もう、誰かを置いて戻る必要はない。今は遠慮せず、俺が開けた道だと思えた。


     *


 大釜蛙を、そのまま台所へ持ち込んだりはしなかった。


 解体屋の人が来て、袋と毒のある部分を分けた。


 俺は持って帰ってよい肉の場所を聞き、取り分の腿を包んでもらう。


 報酬の清算と、道具代の分担も済ませた。


 ギルドの受付で、最初に技能便覧を開いた男が、討伐の記録を見ていた。


「主戦力には数えられんと、言ったな」


 俺は頷いた。


「俺が袋の溜めを見て、セラが向きを変えてくれました。ガドの板で横へ入り、俺の剣で仕留めました」

「その三人で、あれを倒したんだろう」


 男は、俺の名の横へ印を付けた。


「名前の知らん技能でも、何が出来るかは仕事で分かった。次は、もう少し任せる」


 礼を言う時、口元がどうしても緩んだ。

 帰り道に食べたい物が、また一つ増えそうだった。


 手元には銅貨が増えた。


 背中には、肉がある。


 帰り道は、かなりいい気分だった。


 ただし、もう強化して急ぐことはしない。


 今日は、足を揃えて戻るだけで十分だった。


 食堂には、トマの席も作ってもらった。


 包帯を巻いた足を伸ばし、彼は肉の包みを見た途端に笑った。


「本当に持ってきたのか」


「相談したら、揚げるそうです」


「それは、俺の知らんやり方だ」


 マルタは薄く切った肉へ塩を揉み、しばらく置いた。


 表の水気を拭き、粉を薄く付ける。


 油へ入れると、軽い音が広がった。


 白っぽい肉の端が、少しずつ金色へ変わる。


 俺は黙って待った。


 せっかく勝ったのだから、最後のところで急ぎたくなかった。


 皿へ上がった肉へ、酸果(さんか)を少し絞る。


 熱いうちに、齧った。


 衣が、ぱりっと鳴った。


 中は硬いどころか、押すと跳ね返すように柔らかい。細かい筋に沿って温かい汁が出て、酸果の香りが脂の後を追った。


 俺は目を閉じた。


「……うまい」


 隣のセラも、向かいのガドも、すぐには返事をしなかった。


 トマだけが二口目の後で、硬かった頃の蛙へ悪かったな、と言った。


 俺は笑って、もう一つ取った。


     *


「その肉なら、こいつも合う」


 マルタへ荷を届けに来た商人が、小さな包みを開いた。


 中には、薄い花びらみたいな結晶が入っている。


 塩だという。


 普通の塩ではないのかと訊くと、男はオルンと名乗り、指先へ少しだけ乗せた。


「サルナの塩の花。味見分だ。一度で全部振るなよ」


 俺は揚げた肉を二切れ取り、片方へほんの少し付けた。


 口へ入れる。


 先に、細い塩気がほどけた。


 その後で肉の甘みが、さっきよりはっきり残る。


 ひと口ずつ交互に齧ると、塩を付けた方は、冷めかけても肉の甘さが残った。


「……これ、町で買えますか」


「少しならな。採る場所で買えば、もっと選べる」


「遠いんですか」


「東へ五日か六日。俺も、今度そっちへ出る」


 俺は包みを見た。


 小さな塩だった。


 それだけで、今食べた肉の先へ、知らない料理が続いている気がした。


 魔物を狩って、うまく作る。


 食べた分を貯めて、次の場所へ行く。


 時々、昼に眠る。


 俺の二度目の人生は、ずいぶんいい形になり始めていた。


 食後、借りた道具を洗い、返す分と自分の荷を分けた。


 料理がゆっくり吸収される頃には、眠気も来た。


「旅に出るとしても、明日は休んでいきな」


 マルタが言った。


「そのつもりです。たっぷり寝て、それから塩の相談をします」


 俺は頷き、最後に一つだけ、残しておいた肉を食べた。


 次は、もっといい塩で食べてみたい。


 新しい旅の理由としては、それで十分だった。


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