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腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

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十四食目 その一瞬、俺には見える

 トマを助けた日の昼過ぎ、町へ知らせに行っていた採取人が、ギルドの書付を持って戻った。大釜蛙(おおがまがえる)の討伐が、正式な依頼になったのだ。

 採取人たちも道具代を一部出してくれる。

 俺はガドの図へ、さっき見た袋と脚の向きを書き足した。


「右へ渡る板を、もう一本足す」


 ガドが図を指す。救助に使った平石から、蛙の横の岩へ。その二歩があれば、俺の剣が袋へ届く。


「重ねて二枚。上が割れても一枚は残る。ただし、割れたら戻れ」

「はい。帰る方も、その二歩ですね」


 セラは手桶の水を冷やしていた。治療で使う小さな術だ。蛙を凍らせる量はないが、熱い蒸気の横へ出る俺には、これだけでも心強い。


 昼飯を済ませてから、水場へ戻った。


     *


 蛙が寄るたび大岩へ隠れ、蒸気が晴れた所へ板を延ばした。俺が両端を支え、ガドが綱を張る。一時間ほどで、救助に使った道から右の岩までが繋がった。


 剣を構えて渡り、同じ二歩で戻る。


 足の下の木はしならなかった。次は、この道であの袋へ届く。


「合図は、手を上げたら水。下ろしたら俺が出ます」

「引く時は、私も一緒に大岩へ」


 セラと確かめた。

 彼女は平石、ガドは入口の大岩。俺は右へ渡る。

 短い呼びかけだけで、動けるようにした。


     *


 《収支眼》(しゅうしがん)を使い、全体で10 kcal/分へ。

 袋へ力が寄る。俺はすぐ追わず、まず蒸気を一度吐かせた。


 大岩の向こうが、白く消える。

 熱い滴が袖を打った。

 蒸気が薄くなってから、岩の脇を覗いた。息を吐き切った袋は、小さくしぼんでいる。


 だが、後脚の光は太い。


「まだ、待って」


 剣を出しかけた手を戻した。

 蛙が跳んだ。平石の横を、水が叩く。

 袋が空なら、足を使える。救助の時も、そうだった。


 俺は着地した体を見た。

 蛙が水を吸うように袋を動かす。見える皮の上へ流れが集まり、前脚の爪が一度だけ石を掻いた。

 その動きが弱くなった時、袋の方の光は太い。


 俺は指先で、岩のざらつきを確かめた。出るなら、ここへ片足。剣を戻したら、同じ場所へ引く。

 相手が速くても、動き始める前に立てる所がある。昨日までの稽古が、ようやく本物の相手に繋がり始めていた。

 次の袋が膨らみ始めると、今度は脚の流れが細くなる。


 全部を、同時には使っていない。

 俺が腕へ回すと脚を減らすのに、少し似ている。


 似ているだけかもしれない。

 もう一度、岩陰で確かめた。


「次、溜める途中に出ます」


 セラが頷き、冷水の桶を構えた。

 俺は平石へ戻り、手を上げる。


 彼女が、橋から遠い方の前脚へ水を掛けた。

 蛙がその脚を引き、こちらへ体重を寄せる。

 袋も、横の岩へ近づいた。


 脚へ寄る流れが細くなる。

 手を下ろした。


 橋を二歩で渡り、岩へ足を置く。

 膨れた袋の下端へ、横から刃を入れた。


 重い皮が切れ、白い息が一筋漏れる。


 届いた。


 蛙が体を捻った。

 前脚が、俺の後ろにある橋板を叩く。

 乾いた音がした。


 上の板が割れた。

 足裏が沈む。下の一枚が、まだ受けている。


 俺は剣を引き、岩から橋へ戻った。

 二歩で平石へ。セラも退き始めている。

 ガドが綱を張る間に、大岩の陰へ滑り込んだ。


 白い蒸気が背中を追い、岩の反対側を叩いた。


 俺は膝をついた。

 逃げた道を、ちゃんと覚えていた。剣も、まだ手の中にある。


     *


「袖、少しめくるね」


 セラが手首を見た。

 蒸気を掠めた所に、浅い赤い線が出来ていた。

 冷水を当てると、熱い線が少しずつ鎮まった。俺は桶を受け、まだ白い息を吐いている水場へ顔を向けた。


 セラの手が、俺の手首へ触れた。


 ひやりとした後で、違うものが動いた。


 食べた力が自分の中へ入るときとは、向きが違う。


 指先から、彼女の呼吸に沿う細い流れが触れている。


 俺は思わず顔を上げた。


「どうしたの」


「今、流れが」


「痛む?」


「いえ。痛いのとは、別で」


 彼女が手を離すと、その感覚も消えた。


 《余熱庫》(よねつこ)の貯蓄が増えたわけではなかった。


 最大追加消費も、10 kcal/分のまま。


 ただ、自分の外の力にも、向いている先があるのだと思った。


 ガドが、右の橋の手前へ立入禁止の布を結んだ。

 俺たちは、そのまま一度町へ戻った。


「蛙の喉の袋には、切り傷が残っていました」


 帰り道、俺は見えた順をセラへ話した。

 膨れる途中は脚が薄く、吐いた後はすぐ跳べる。狙うなら前者だ。

 ただ、今の速さでは、切った後に前脚が間に合う。


「一瞬、足を踏み直させたいです」

「体重をどちらへ寄せるかは、さっきの水で変えられたね」


 俺は頷いた。

 勝つための話が、前より具体的になっていた。


     *


 トマは診療所で足を高くしていた。

 報告を聞くと、壁へ立てた長い採取棒を指す。


「それも使え。近づかずに触れる物が、一つ増える」

「借りていいんですか」

「俺を運んだんだ。棒まで遠慮するな」


 俺は礼を言い、受け取った。

 押さえ込むのには細いが、脚を跨ぎ直させるくらいなら使えるかもしれない。


「倒したら、肉も持って帰ります」

「食うのか。硬いぞ、あれ」

「マルタに相談します」

「だったら、俺の席も頼む。匙なら持てる」


 セラが声を立てて笑った。

 明日の食卓に、もう一人分の約束が出来た。


 診療所を出る時、セラはもう一度、トマの部屋へ戻った。枕の位置を変えた方が脚が楽だと、さっき本人が言っていたからだ。

 俺は廊下の端で採取棒を受け替え、少し待った。


 布の向こうから、トマの礼と、セラの短い返事が聞こえる。

 剣が届いた所ばかり考えていたが、彼女はここへ戻ってからも働いていた。

 食堂へ寄るという診療所の手伝いに、夕飯の伝言を頼んだ。俺とセラには店で二人分、トマには包みにして届けてほしい、と。

 戻った彼女へ伝えると、意外そうな顔をした。


「私の分も?」

「はい。パンの焦げた端は、取り分けてもらいます」


 彼女の顔が緩んだ。

 相手の好きな物を覚えるのも、役に立つ仕事だった。


 夜はよく食べ、水を飲み、肩と脚を休めた。

 上限が十になってからの稽古と迷宮歩きで、力を通して止める動きは、ずいぶん馴染んできた。

 今日はそこへ、敵も使い分けているという発見が加わった。


 俺が片手を上げると、セラは水を掛ける真似をした。

 昼に決めた合図をもう一度合わせ、二人で少し笑った。


 明日は、その一瞬を取りに行く。


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