十二食目 筋肉痛にも、朝飯が要る
朝飯へ行くには、階段を下りなければならない。
その当然の事実が、今朝は重かった。
腿も、ふくらはぎも痛い。
昨日、迷宮を歩いた脚が、一晩かけて苦情をまとめてきたらしい。
「寝ぼけて虫でも食べちゃったみたいな顔してるよ」
ようやく椅子へ着くと、マルタが粥を置いた。
「いくらなんでも、虫は食べませんよ、多分」
「とりあえず、ここへ座ってな。」
俺は匙を取り、先に水を飲んだ。
痛い所を無理に強化する気にはならなかったが、気になることはあった。
《収支眼》(しゅうしがん)へ1 kcal/分。
裾を少し上げた脚に、細い流れが続いている。
椅子へ座って動かしていないのに、昨日より多い。
傷んだ所を直すのにも、体は働く。
前に筋トレを調べた時、食べて眠るまでが大事だと読んだ。
その働きへ、貯めた力を回せないだろうか。
視認を切り、《消費配分》(しょうひはいぶん)の行き先を探る。
脚を動かす方へ押すと、痛みが増した。すぐ止める。
力ませず、内側の働きが続く方へ、5 kcal/分だけ。
少し温かくなった。
それ以上は、まだ分からない。
「何か試してる?」
入口からセラが来た。
俺は思いついたことと、今止めたことを話した。
*
彼女は足首と膝を確かめ、どこを動かすと痛むか聞いた。
「昨日、捻った感じは?」
「ありません。岩場を歩いたあと、全体に来てます」
「強くする方へ回すと痛いんだね。そこはやめよう。戻す働きを助けるなら、体の材料も要ると思う」
「食事と、水と、休む時間ですね」
セラが頷いた。
俺は卵と干し肉を足してもらい、粥へ匙を入れた。
黄身が溶けると、麦の汁が丸くなる。
干し肉は細かいのに、噛むたび燻した匂いが出た。昨日の茸の汁も少し残っていて、焼き目の甘さまで粥へ移る。
「治すために食べてるのかい、楽しんでるのかい」
「両方で」
俺が答えると、マルタは二杯目を置いた。
具合の悪い朝にも、飯をうまいと思えるのはありがたかった。
食べた直後に立っても、脚は同じように痛い。
今日は、急ぐ仕事を入れないことにした。
窓際へ移り、セラの薬草帳を見せてもらった。分からない字を教わりながら、俺も自分の食材帳へ、青香草の使い方を書き足す。
「そっちは、料理の覚え書き?」
「はい。作り方と、次に要る材料です」
手順の下へ材料を並べ、手元にある物には丸を付けた。
セラが、その欄へ目を落とす。
「丸がある方は、買わなくていいんだ」
「ええ。残りだけ買えば済むので」
彼女は自分の帳面を見て、少し考えた。
「薬の補充も、こうして書いておくとよさそう。今は、何を注文したか、私に聞かないと分からないことがあるの」
「それなら、注文した日と、届いた印も分けておきましょうか」
料理の覚え書きとは別の紙を出し、三つの欄を作った。
薬の名前。頼んだ日。受け取った印。
セラが一番上へ「薬の補充分」と書く。
「これを薬棚の横へ置けば、私が採取に出ている間も、他の人に確かめてもらえるね」
「見本の包みも一緒なら、名前だけより探しやすいと思います」
「うん。帰ったら、今頼んでいる物から書いてみる。休む日にも、一々聞きに来てもらわずに済みそう」
注文が終わったか、荷が届いたか。
見れば分かるようにする所は、前の仕事と案外変わらない。
「なら、休む日の分も任せられるようにしておきましょう」
俺が紙を寄せると、セラは丁寧に折り、自分の薬草帳へ挟んだ。
セラがそこで笑った。
「今日、どっちが診てもらってるのか分からなくなるね」
「脚は、引き続きお願いします」
返すと、彼女は遠慮なくもう一度足首を確かめた。
話しているうち、午前の影が卓を離れた。
食事も落ち着いたので、もう一度だけ確かめる。
*
今回は、視認をしながら、内側の回復を助ける方へ配分した。
合わせて6 kcal/分。
セラの治癒術は重ねない。何が変わったか、俺の働きだけで確かめる。
腿が温まる。
すぐ痛みが消えるわけではなかった。
椅子の下で踵を上げると、さっき引っかかっていた所まで動く。
少し続け、止めて休んだ。
「朝より、曲がります」
「こっちも見せて。左右で違いは?」
セラと確かめ、もう一度繰り返す。
硬く張っていた奥が、ゆっくりほどけてきた。
技能欄に、名前が増えた。
習得技能:代謝加速
「……出来たみたいです」
俺はその名を読み上げた。
「聞いたことはない。でも、足首の動きは変わったね」
セラは画面を覗くのでなく、俺の脚へ目を落とした。
俺も力を切り、ゆっくり立つ。
重さは残る。けれど、朝の一歩とは違った。
窓まで歩き、椅子へ戻った。
「これ、修業の後にも使えますね」
「今日の修業は、ここまでだよ」
「今日は、休む練習にします」
彼女が少し笑った。
俺は座り、基礎の数字も確かめた。
攻撃力は十三。朝から変わっていない。
回復が早くなっても、剣がうまくなる時間までは飛ばせないらしい。
なら、練習して、食べて、こうして戻す。
次にまた練習できる。それは、かなり都合がいい。
前の世界で、体を変えたいと思って無理をしたことがある。休みの日に急に歩きすぎ、次の日の階段を見てやめた。
あの時も、少しずつなら続いたのかもしれない。
ここでは、明日の足まで考えて使おう。
俺は今日の欄へ、剣の稽古は休み、と書いた。空いた所に、昼飯、と足す。
そっちは、一日も休む気にならなかった。
*
昼には、卵を落とした粥をもう一度食べた。
午後は体を休めた。村から広げてきた庫の縁も、前より落ち着いて感じられる。
《余熱庫》(よねつこ)の容量は4,000 kcalで落ち着いていた。
空きを埋める食事は、やっぱり要る。
「この技能、俺向きですね」
「食べる方も含めて?」
「かなり」
隣へ座ったセラが、冷めた茶に手を伸ばす。
俺は立ち、彼女のパンを火の近くへ寄せた。
「今度は、そっちも休んでください。ずっと見てもらったので」
「うん。私の方は、普通に食べて寝る」
温まった端を齧り、彼女は背もたれへ肩を預けた。
今日はそれが、一番よさそうだった。
*
夕方、ガドが食堂へ入ってきた。
「トマが戻らん。今帰った捜索組も、見つけられなかったそうだ」
俺は手を止めた。
昨日、二つの茸を見せてくれた人だ。
「水音が低くなる所から、右へ上る棚に行くって言ってました」
思い出した言葉を、先に伝えた。
セラが立ち、診療所へ戻って捜索人に確かめると言う。
昨夜は増水と熱い霧で奥へ入れず、今朝から別の組も道を探しているらしかった。
「俺も行きます。明日の朝まで、脚は休めます」
ガドは俺の足を見てから、頷いた。
「担架と板を用意する。今夜の交代組へも、その話を届けよう」
俺は椅子を戻した。
今日覚えた力で、明日は自分の足で動ける。
あの人にも、温かい飯を食べに戻ってきてもらいたかった。




