↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹ペコ転生者〜前世で太っていた俺がカロリーで世界を救う〜  作者: 日向
第一章 腹ペコ冒険者、はじめました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/41

十一食目 初めての迷宮、ご飯は地産地消

 右手に茶色の茸。左手にも、茶色の茸。


「食えるのは、どっちだ」


 迷宮の入口でいきなり訊かれ、俺は二つの根元を見た。


「こっち。輪がない方ですか」

「正解。夕飯にしたいなら、そこをよく見ろよ」


 男は笑った。セラが、採取人のトマだと紹介してくれる。

 苔灯の穴(こけあかりのあな)へ入る、初めての朝だった。


 ギルドで借りた角灯と短い採取棒。自分の剣。それから薬材と茸を分ける袋。

 帰る時刻を入口の小屋で伝えると、トマが奥の道を指した。


「水音が低く響く所まで行くと、分かれ道がある。右へ上れば、奥の採取棚だ。お前たちは今日は、その手前で足りる」


 彼は奥で採るという。

 俺は礼を言い、セラと暗い口へ足を踏み入れた。


 トマは先に行く前、片方の茸を割って中を見せた。


「肉を焼いた後の脂があったら、これを入れな。洗って水を吸わせると、跳ねるぞ。土だけ落とせ」

「焼くと、どんな味ですか」

「帰ってからのお楽しみだ。こっちの悪い方は、楽しみにするなよ」


 彼は二種類を別の布へ包み、採取用の長い棒を肩へ掛けた。

 その背を見て、俺は夕飯へ肉の脂を少し残してもらおうと決めた。


     *


 十歩で、空気が変わった。

 冷えた石と湿った土。天井から落ちた水滴が、緑の点を一つ弾いた。

 苔が光っている。

 壁の割れ目に灯りが続き、水の上にも、薄い緑が揺れていた。


「綺麗だな」

「滑るから、足はこっち」


 セラも同じ光を見ていた。俺は乾いた石へ靴を置いた。

 《収支眼》(しゅうしがん)と、《消費配分》(しょうひはいぶん)で脚と防御を支える分を合わせて5 kcal/分。長く歩くので、全部は使わない。


 白い岩の角で、一度振り返る。

 行きには白い面が見えたが、帰る向きでは黒い石だ。

 その脇へ、外へ向けた小さな目印を残した。


 狭い梯子では、先に荷を受け渡す。

 ガドの留め具は、ここで便利だった。肩帯を全部外さなくても、必要な袋だけ取れる。


「帰りも、ここで分けましょう」

「助かる。私の薬材は、先に上げていい?」

「その次に、夕飯を」


 灯りの向こうで、彼女が笑った。


 手前の棚へ着くと、まず薬用の湿り葉を採った。

 葉に水の玉が付き、触れるとひやりとする。

 セラは布をきつく閉めず、風の通る包み方をした。採る量も、干せる場所と使う人数で決めるという。

 俺も、出入りの狭さに合わせて茸の袋を選んだ。

 帰ってから料理できる分を、潰さず持ち帰りたい。


 セラが灯りを寄せると、岩の奥に水の筋が光った。天井から落ちる雫が、小さな皿ほどの窪みに溜まっている。

 その縁に、まだ開ききっていない茸が並んでいた。


「ここは、残そう」


 俺が言うと、彼女が顔を上げる。


「次も、同じ所で採れますよね。道、覚えたので」

「うん。何度も来られる場所があると、診療所も助かる」


 セラは葉の状態を手帳へ短く書いた。俺も、曲がった石と茸の印を添える。

 帰りに見た時、自分の描いた鍋だけは消しておいた。茸を採る場所に猪がいると思われたら、ややこしい。

 彼女はそれを見て、しばらく笑っていた。


     *


 水の流れる筋に、丸い背中があった。

 頬の横だけが青い。


 脚の流れが太くなった。


「セラ。こっちへ来る」


 俺は半歩横へ寄った。

 低く跳んだ蛙が、さっきの足の位置へ着く。

 続いて、頬が膨らんだ。


「玉頬蛙(たまほおがえる)だよ。水を吐く」


 俺は壁へ背を寄せ、飛んだ水をやり過ごした。

 薄い光の中で、目の前の石が濡れる。

 剣を振る幅はない。セラも近い。

 採取棒を抜き、蛙と壁の間へ斜めに置いた。


「網を、俺の左へ。そっちへ出します」


 蛙がまた頬を膨らませる。

 棒の先で水の脇を叩くと、頭がその方へ向いた。

 俺は体を寄せず、棒を低く押し出す。

 逃げた脚が、自分で濡らした石を滑った。


 セラの網が閉じる。


「捕れた」


 俺は棒を引き、通路が空いたのを確かめた。

 葉舌蛙(はしたがえる)の時より、手を出す順が早かった。


「近づかないで捕まえるの、上手になったね」

「食べる時は近づきますけど」

「その前に解体屋。こっちも、ちゃんと処理してもらおう」


 俺は頷き、網を籠へ固定した。

 今日の晩飯が、一つ増えた。


     *


 帰りの梯子では、俺が上へ回った。

 下のセラから薬材、蛙、茸の順に受け取る。幅のある籠は一度横へ向けると、岩に当てずに上げられた。


「上の俺が、下の俺から受け取れれば、いつでも楽なんですけどね」

「今日は、私で足りる?」

「かなり助かってます」


 差し出された手を取り、彼女が上がる時だけ支えた。

 その後は配分を変え、腕と胴の支えへ多く残す。視認と合わせた5 kcal/分は、行きと同じだ。


 目印は、帰る向きからよく見えた。

 白い岩を曲がった先で、入口の光が差してくる。

 俺は、つい歩幅を広げた。


「戻った」


 崖の下へ座ると、空気が妙に乾いて感じられた。

 手も足も重い。往復それぞれ一時間ほど、初めての岩場を歩いたせいだ。

 それでも袋を開くと、茸はほとんど潰れていない。


「晩飯まで、無傷です」

「こっちの葉も、いい状態。今日は当たりだね」


 セラが籠を置き、俺の横へ座った。

 迷宮へ入って、獲って、ちゃんと出てきた。


 入口の小屋で帰還を告げると、係の人が名を消した。トマはまだ奥へいるが、俺たちは予定どおりだ。

 薬材を傷めず持ち帰れたことを伝えると、セラは葉の包みを少し開いて見せた。


「こっちの子、段取りがいいよ。帰りの荷を、先に分けてくれた」


 俺は少し照れ、茸の口を結び直した。

 欲張るなら、また来ればいい。自分で帰って来られた道が、今日一つ増えたのだから。

 俺は袋を抱え直した。


     *


 町では薬材を納め、蛙を解体屋へ預けた。茸は、そのままマルタの所へ持ち込んだ。


 マルタは茸を広げ、土の付いた根元を切った。


 油へ入れると、強い音がする。


 水分が抜け、傘の端が少し縮んだところで塩。


 肉を焼いた汁を少し加えて、パンの横へ盛る。


 茸は、噛むとふっくらしていた。


 端だけに焼き目が付き、中から温かい汁が出る。森の土に似た匂いはあるのに、口へ入れると木の実みたいに甘い。


 俺はゆっくり噛んだ。


 持ち帰るのには、かなり苦労した。


 だが、それを引いても余るくらい、うまかった。


「また、採りに行きたいです」


「次も、あの焼き方で食べようね」


 セラも自分の皿へ手を伸ばした。


 俺は頷き、次はどの茸がこの焼き方に合うか、トマにも聞いてみたくなった。


 食後、片付けを手伝っている間に、夕飯の余りが《余熱庫》(よねつこ)へ落ち着いて入ってきた。

 俺は二階へ戻り、寝台へ横になった。

 腿の奥が、少し引きつった。


 明日は、あの茸を汁にするのもいい。

 そう考えながら脚を伸ばした。

 翌朝、その脚が伸ばしたままでは済まないと知ることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。