十食目 剣を握る、十の力
鼠を捕まえた翌朝、俺はギルドで木剣を借りた。
初めて握ったのは、セラと薬草を採って帰った日の夕方だ。
裏庭の新人稽古で、突いた剣を同じ道へ引き戻す動きを教わった。今日は、その続きを身につけたい。
網と棒で捕まえられる相手ばかりとは限らない。
力を足せても、剣を狙った所へ出せなければ、頼れる武器にはならないと思った。
「朝も自分で練習したいんですが、これを借りられますか」
「夕方の稽古に持ってこい。動きはそこで見てやる」
あの時と同じ指導役に頷き、木剣を受け取った。
ガドの工房へ寄り、昨日頼んでおいた裏の空き地を、今朝から使っていいか確かめた。
「戸口と荷の通り道は空けとけよ」
「はい。終わったら片付けます」
壁から離れた所を選び、木剣の先へ小さく布を巻いた。
速く振るためではない。どこを通って戻ったか、見えるようにするためだ。
地面へ二本の線を引く。踏み込む足と、戻す足の印。
二度ほど突いて足もとを見ると、腕を急ぐほど、その印からずれていた。
当たっても、そこへ体が残れば、次を避けられない。
まず、戻れる形を覚える。
「いい所を、狙ってるじゃないか」
道具を取りに出てきたガドが、木剣の先の布を見た。
「自分の切っ先が、どこへ行ったか分からなくなるので」
「剣まで迷子にするなよ。朝飯はそっちか」
「そのためにも、終わらせます」
その日から、朝は工房裏で短い自主練習。夕方はギルドの裏庭へ通い、指導役に崩れた所を見てもらった。
《消費配分》(しょうひはいぶん)の強化を使うのは、形を確かめる短い時間にした。思考で動きを整理し、必要な時だけ《収支眼》(しゅうしがん)へ切り替えて自分の腕を見る。
合計5 kcal/分の中で、先に足、次に胴、最後に腕。
食べて眠った翌朝、同じ線へ戻れるかを確かめた。
*
三日目の夕方、指導役が短い棒を持った。
「今日は、こいつの横を抜いてみろ」
木剣を出すと、棒が先を押さえた。
力の強い相手なら、このまま押し戻される。俺は足を引き、構えを作り直した。
「外から回すか?」
指導役の男が言う。
俺は返事の代わりに、彼の肘を見た。棒を左へ動かせる幅は大きい。右の脇は、狭い。
目で追うより、先にその隙間へ剣を置きたい。
一度、わざと同じ高さへ出した。棒が受ける。
受けた場所を覚え、俺はすぐ引いた。今度は肩を上げず、握った柄を少しだけ内へ寄せる。
「そうだ。腕の大きい方へ、付き合うな」
男が棒を動かした。
俺も足を置いた。
棒の届く幅は、今度こそ分かった。
次は、腰を送る。
棒が動いた時には、切っ先はもうその横を通っていた。
的へ触れる。深追いせず、同じ線を引き戻す。
「よし。今のを、もう一度」
また出来た。
三度目も、腕だけ前へ残らなかった。
画面の下へ、新しい名が増えた。
習得技能:剣術基礎
初めて木剣を握った日から、一週間ほど。
誰もが知る、ありふれた名前だ。
それが今は、自分の所にある。
「覚えました」
「入口だぞ。次は、相手も動く」
「はい」
返事をしながら、口が緩んだ。
言われる前から分かっている。それでも、嬉しいものは嬉しかった。
帰りに中古の道具屋へ寄り、短い剣を選んだ。
見栄えのいい長い物は、鞘から出す途中で肘が開く。短い方なら、習った構えへすぐ収まった。
店主に頼んで何度か抜き、帯の位置を直してから買った。
財布は軽くなった。
腰に触れる鞘へ、何度も手を添えてしまった。
食堂へ戻ると、テオが階段の下で立ち止まった。
「それ、自分の?」
「うん。抜かない方なら、触っていいよ」
少年が、古い鞘を指でそっと撫でる。
「かっこいいな」
俺も同じことを考えていたので、否定しなかった。
村で使っていた小刀とも、借りた木剣とも違う。守るために使えるよう、自分で選んだ一本だ。
部屋へ上げる前に、刃を拭いて鞘へ戻した。
*
四日目の朝、強化をいつもの所まで回しても、まだ余裕があった。
最大追加消費 10 kcal/分
村を出た頃の、倍だ。
朝飯を食べ、普通に仕事を済ませてから、工房裏で試すことにした。
ガドに布を吊るす場所を借り、診療所の帰りのセラにも見てもらう。
昨日の稽古で使った二本の線は、まだ地面に残っていた。
「最初は、いつもの速さでいきます」
木剣を握った。
踏み込む。布へ触れる。戻る。
そこから少しずつ、手足へ回す量を増やす。
足が着く。腰が送り出され、腕が続く。
何度も遅く通した順番へ、少しずつ速さを重ねた。
《収支眼》を含め、全体で10 kcal/分。布の真ん中を突き、元の線へ引き戻す。
「右、二つ目」
ガドの鉤が、並べて吊った布を指す。俺は足を置き直した。次も胸の前へ剣を戻してから入る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
風のない庭で、三枚の布だけが揺れていた。
俺の切っ先は、もう構えへ戻っている。
「今の、速かったね」
セラの声がした。
俺も、そう思った。
見てから動かすまでに、少し余裕がある。その余裕で、足を置く先まで確かめられる。
最後の布へは、少し遠い所から入った。
踏み込む。布が鳴る。
引いた木剣が胸へ戻る頃には、両足も元の線へ揃っていた。顔を上げると、三枚の布がまだ違う向きへ揺れている。
「前は、一本目の所で腕が残ってたな」
ガドが言った。
俺は三枚を見比べ、笑った。戻る足が早くなった分、次へ行ける。それが今は自分で分かった。
短く区切った試行は、合わせて五分ほどで終えた。水を飲んでから、木剣の届いた場所をもう一度見る。
「これなら、採取の帰り道でも役立ちそうです」
「使う前に、狭い所で剣を振るなよ」
ガドは木剣の通った幅を、鉤で示した。
「分かりました。そこは道を選びます」
今なら、選べる方の手も増えていた。
眼を使いながら、走れる。腕へ回しても、足の支えを残せる。
眼で狙いを選び、その足で届く。次の採取には、この一本も持っていける。
自分で買った剣の重さを思い出すと、早く明日になってほしかった。
セラが水筒を片付ける間、俺は地面の線を消した。次に工房の人が来ても、迷わず歩ける。
朝に何度も踏んだ場所は、消しても足が覚えていた。
「次の採取でも、危ない時に退くために使えそうです」
「うん。戦わずに採って帰れるなら、それが一番」
「じゃあ、そのためにも練習します」
彼女が頷いた。今日の練習を、次の仕事に持っていける。その手応えが、串焼きの前から少し嬉しかった。
*
工房には、明日、川上へ送る荷があった。
俺はハルドとエナへ手紙を書き、リゼ村まで届けてもらえないか頼んだ。
炒り麦の粥。猪は焼いてから煮るといいこと。薄パンに混ぜる濃い粉。
料理だけで終わりそうになり、最後へ、剣を買いました、と足した。
使い方は練習中。でも、今日は教わった所へ戻せた。
そう書くと、町へ来てからの暮らしが、本当に自分のものになった気がした。
「返事は、こっちへ届くようにしていいぞ」
ガドが荷紐を寄せてくれた。
俺は礼を言い、手紙を括った。
その足で、三人で串焼き屋へ寄った。
セラへ手伝いの礼を渡す。ガドは自分の分の財布を出した。
「俺の串まで数えるな」
「いえ。自分の二本目を考えてました」
甘い煙が上がり、店主が肉を返す。
焼けた表へ果実のたれ。齧ると、かりっとした端の奥から熱い汁が出た。
あとに酸味が残り、次の一口が欲しくなる。
「明日、苔灯の穴へ行くの」
セラが串を持ち替えた。
「薬草と茸を採る。レンも、一緒に来る?」
「茸は、食べる方ですか」
「半分は。もう半分は塗り薬」
「袋は、分けておきます」
俺は頷き、店主へもう一本と指を立てた。
明日の迷宮も楽しみだが、今、焼けている肉も逃したくなかった。




