第6段階:有限の証明
それから1ヶ月後。
「観察対象」であるフェイは、魔導宮の庭も含めて、完全な自由行動を許されていた。
子供らしく、彼女は毎日好き勝手に遊び回った。
晴れの日は花を追いかけ、雨の日でさえ「傘にお水が落ちる音が好き」と言って、使用人が止めるのも聞かずに外を走り回った。
図書室で絵本を読み漁り、厨房に入り込んでは料理長からこっそりおやつをもらい、城中の人間にすっかり可愛がられていた。
ルシウスは、そんな彼女の姿を書斎の窓から見下ろし、相変わらず「観察」と称して見守り続けていた。
ある日の午後。
庭でエマと散歩をしていたフェイが、ふいにピタリと立ち止まった。
「……エマ。なんだか、お腹痛い」
少し不安そうにうずくまるフェイに、エマが慌てて近付く。
フェイは不思議そうに首を傾げ、小さな声で言った。
「なんか、お股から出てきたかも」
書斎の窓際からその様子を見ていたルシウスの眉が、怪訝そうに寄せられる。
「……?」
横で執務書類を整理していたカシアンも、主の視線の先を追って顔を上げた。
庭では、エマが一瞬だけ驚いたように目を見開いたが
すぐに安堵したように、極めて優しく、慈しむような微笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。
女の子なら皆さん通る道です。
大人になった証拠ですよ。さ、お部屋へ参りましょう」
エマの落ち着いた声に、フェイはほっと息を吐いた。
「病気じゃない?」
「違いますよ」
「よかった」
フェイは安心したように笑い、そのままエマに手を引かれて城の中へと入っていく。
二人の姿が見えなくなり、再び静けさを取り戻した庭。
ルシウスは窓から目を離さず、数秒の沈黙の後、抑揚のない声で呟いた。
「……カシアン」
「はい」
「成長速度が想定より早い」
魔導王の頭脳は、フェイの身体に起きた現象をあくまで「生物学的なデータ推移」として処理しようとしていた。未知の魔力を持つ彼女の生態が、予想外のフェーズに移行したのだと。
しかし、カシアンは書類から手を止め、静かに、そしてはっきりと告げた。
「お嬢様は、順調に成長しておられます」
「……」
「いずれ成人し、子を授かる身体になります。当たり前の、人間の歩みです」
その言葉が書斎に落ちた瞬間。
ルシウスの思考が、またしても完全に停止した。
(成人し、子を授かる……)
それは、フェイが「不変の存在」ではないという決定的な証明だった。
このまま少女から大人の女性へと成長し、やがて老い、そして――。
何百年も生き、時の流れから切り離された絶対者であるルシウスにとって、「時間」とはただ消費されるだけの無意味な概念だった。
しかし今、彼の脳裏に初めて「有限」という二文字が突きつけられたのだ。
フェイは、人間だ。
魔導で不老不死を得た自分とは違う。
あっという間に駆け抜け、いなくなってしまう、限られた命。
(彼女は、永遠ではないのか)
窓辺に立つルシウスの背中は、微かに、だが確かに強張っていた。
死にゆく世界を何百年も冷徹に見つめ続けてきた神殺しの瞳に
初めて「喪失の予感」という名の、得体の知れない恐怖が過ぎった瞬間だった。




