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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第四章】世界が動き出す

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第59段階:魔導王、降臨

結界管理室。


魔導宮全域を包んだ白銀の光と、外から次々と響いてくる天地を揺るがすほどの魔力の奔流に、フェイは何が起きているのか分からず、大きな瞳を瞬かせていた。

その傍らで、ルシウスだけが静かに歩き出す。



「閣下」



カシアンの呼びかけに、ルシウスは足を止めることなく答えた。



「ここは任せる」



そして、すぐ後ろにいるフェイへ視線を向ける。



「私から離れるな」



フェイは緊張した面持ちのまま、しっかりと頷いた。



「……うん」



ルシウスはフェイを自分のすぐ傍らへ置いたまま、魔導盤が示した侵入者の反応を追って回廊へ向かった。




春の陽光が窓から差し込む、人気のない長い回廊。

その中央に、一人の見知らぬ青年が立っていた。


年の頃は二十代前半ほどだろうか。

月光を溶かしたような淡い銀髪は無造作に波打ち、陶器を思わせる白い肌に、細く整った顔立ち。

長い睫毛の奥には淡い青灰色の瞳が覗き、男とも女ともつかない中性的な美貌には、どこか現実離れした妖しさがあった。


身に纏っているのは、白を基調とした奇妙な衣装だった。

金糸や宝石で華美に飾られていながら、その形は王侯貴族の礼装とも魔導師のローブとも違う。

頭には道化師を思わせる帽子を被り、細い指先では一枚のカードを弄んでいる。


まるで、これから命を奪い合う場所ではなく、退屈しのぎの遊び場へでもやって来たかのようだった。


初対面だった。

名も知らない。


しかし、ルシウスはその青年を見た瞬間、本能で直感した。


(……人間ではない)


かつてオーディンをはじめとする神々をその手で殺した男だからこそ分かる。


だが、神でもない。


神々が必ず纏っていた神聖さも、威厳も、崇高さも、この青年からは微塵も感じられなかった。

それでいて、存在の質だけは明らかに人間の領域から外れている。


限りなく、神に近い。

だが、神ではない。


何より不気味なのは、目の前の青年からほとんど殺気を感じないことだった。


青年はルシウスではなく、その背後に庇われているフェイへちらりと視線を向けると、楽しそうに目を細めた。



「へぇ……」



その視線を遮るように、ルシウスが一歩前へ出る。



「……何者だ」



青年は答えない。

ただ、口元に無邪気な笑みを浮かべた。


その瞬間、ルシウスは間髪入れずに無属性魔法を叩き込んだ。


詠唱すらない。

ルシウスが右手を振り抜くと同時に、何も存在しない空間へ白銀の亀裂が走った。

炎でも、雷でも、風でもない。

純粋な魔力だけを極限まで圧縮し、空間そのものを断ち切る不可視の斬撃。


青年が首を傾けるように身体を逸らした、その直後。


ズガァァァンッ!!


背後の石壁が、音を立てて斜めに滑り落ちた。

切断面は砕けても焦げてもいない。ただ巨大な刃物で空間ごと切り取られたかのように、異様なほど滑らかだった。



「わっ」



青年が楽しそうに笑う。

だが、ルシウスは止まらない。


指先を弾けば、青年の周囲に白銀の光点が無数に出現する。

次の瞬間、それらは細い光の槍へと姿を変え、逃げ道そのものを塞ぐように全方位から一斉に襲いかかった。


青年は正面から受け止めようとはしなかった。


一歩。


半歩。


時には僅かに首を傾けるだけ。


ひらり、ひらりと舞うように身体を翻し、頬のすぐ横を白銀の槍が掠めても、表情一つ変えない。

必要最低限の動きだけで、ルシウスの攻撃を紙一重でかわしていく。


白銀の槍が床へ突き刺さるたび、大理石が爆ぜる。

ルシウスが掌を握る。


直後、青年の立つ空間そのものが歪んだ。

圧縮された魔力によって四方から凄まじい圧力が襲いかかり、逃げ場ごと押し潰そうとする。

それでも青年は笑っていた。



「すごいね」



身体が掻き消える。


次の瞬間、青年はルシウスの頭上にいた。

細い指先が軽く振られる。


何の魔法陣もない。

何の詠唱もない。


それなのに、見えない何かが凄まじい速度でルシウスの首筋を薙いだ。


ルシウスが僅かに上体を逸らした、その直後。

背後の柱が音もなく斜めにずれ、そのまま轟音を立てて崩れ落ちた。

青年の攻撃もまた、尋常ではなかった。



二撃目。

今度は床そのものが抉れ、巨大な爪痕のような亀裂が回廊を走る。


三撃目。

ルシウスの頬を狙った一閃を、彼は首を傾けるだけでかわした。


互いの攻撃が、紙一重で交錯する。


しかし、決定的に違うものがあった。


ルシウスには一切の遊びがない。

フェイの傍に正体不明の存在が侵入した以上、一秒でも早く排除する。

そのためだけに、最初から殺すつもりで攻撃している。


対して青年は


……明らかに、遊んでいた。



ルシウスの魔法を避け、時折自分からも攻撃を返しながら、その威力も速度も少しずつ変えている。


まるで

どこまでなら避けられる?

これは?

じゃあ、これは?

そう問いかけるように、魔導王の力量そのものを測っている。



「……貴様、人間ではないな」



ルシウスの低い声に、青年の笑みが僅かに深くなった。



「分かるんだ?」



次の瞬間、その姿が消えた。

気配すらない。

フェイが目を見開いた時には、青年は既にルシウスの背後へ回り込んでいた。

その白い指先が、ルシウスの背中へ触れようとする。



「甘い」



青年の動きが止まった。

いつ振り返ったのかすら分からない。

ルシウスの指先から伸びた白銀の刃が、既に青年の喉元へ突きつけられていた。


あと数ミリ。

それだけ動けば、首が落ちる。

青年は自分の喉元にある刃を見下ろし、それからルシウスを見た。


しばらく瞬きをしたあと。

ふっと、嬉しそうに笑った。


「君、強いね」


両手を軽く上げる。


「僕の負け」


ルシウスは刃を下ろさなかった。

紫水晶の瞳が、青年の奥底を暴こうとするように鋭く細められる。


「……貴様、まだ本気も出していないだろう」


青年は答えず、ただ楽しそうに微笑んだ。


「そんな顔しないで」


そして、どこか再会を約束するような軽い口調で告げる。


「また、会えるから」


次の瞬間、少年の姿が蜃気楼のように揺らいだ。


「またね、魔導王」


楽しげな声だけを残し、その姿は完全に空間から消え去る。

魔力の残滓も、転移魔法の痕跡もない。

最初からそこには誰もいなかったかのように、気配のすべてが消えていた。


暗い回廊に静寂が戻る。


ルシウスはフェイを背後に庇ったまま、白銀の刃を解かなかった。

少年が消えた場所を見据え、僅かに眉を寄せる。


最後に喉元を捉えた。

あのまま刃を振り抜けば、確実に首を落とせる距離だった。


それなのに


「……逃げた、か」


違う。


あれは逃げたのではない。自分から戦いを終わらせたのだ。

ルシウスの脳裏に、少年の楽しそうな笑顔が蘇る。


『僕の負け』


負けを認めた者の顔ではなかった。


最初から最後まで、あの少年は自分との戦いを楽しんでいただけだ。

攻撃をかわし、時折こちらへ返しながら、まるで何かを確かめるように。


そして、知りたいことを知ったから帰った。


ルシウスは白銀の刃を消し、無言で拳を握った。


神々と戦った時とは違う。

オーディンと対峙した時とも違う。


強さが分からないのではない。

どこまでが本気だったのかすら、分からない。


「……何者だ、あいつは」


ルシウスの問いに答える者はいなかった。

ただ一つだけ確かなことがある。

魔導王は、少年の喉元へ刃を突きつけた。

それでも最後まで、自分が勝ったという感覚だけはなかった。

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